それから一ヶ月……。
入院中の朝子は、元々朝子が持っていたというスマートフォンと呼ばれる機材を使い情報を収集し続けた。
どうやら自分は愛知県という都市の在住で、ここ光之市まで旅行に来ていたところ観光バスが謎の爆発……。
両親に庇われて奇跡的に生き残ったらしい。
悲惨な事件の中にあった奇跡の出来事は、かなりの話題になっているようだ。
まあそれはさておき……。
「やっぱりここ、異世界だよなあ……オレの見ていた小説と同じだ! 機械って文明が発達してて、神・悪魔・人の3すくみ戦争がない! そんな世界は有ったんだ!」
嬉しそうにガッツポーズをする朝子。
この世界ならきっと、思う存分百合を楽しめるだろう。
外に出たら、毎日百合ウォッチングだと決意する。
だが……そこまで考えて胸に刺さるものがあった。
毎日眺める百合……そこまで考えて浮かぶのは勿論……。
「……リス・アムールのみんな……もうお別れなのか……オレが帰ってこなくなっても、皆オレが設定したルーチンで動き続けるのかな……」
息を吐き、切なさを感じる朝子。
もう彼らに会えないのは中々に辛い。
自分が創造し、設定から見た目まで一から作り上げた存在……。
かつて土着神だった身からすれば、彼らは愛しい子のようなものだ。
(思えば……オレは神であった頃の創造を思い出して彼らを作り上げていたのかもしれない、芸術の神として、女性の同性愛を司る神として生きていた頃を……ああ、彼らに会いたいなあ……)
どうにかして再会したいが、それはきっと不可能だろう。
この世界でも、ただの人間になった自分が彼らを何かしらの形で再現することはできるのだろうか?
しかし、もしそれができたとしても彼らは同一の存在ではないだろう。
そう考えていると……病室のドアが開いた。
「六道さん、退院した後のことだけど……ようやく親族と連絡がついたの、今来て下さったわ」
「あ、はい……ありがとうございます」
辛い気持ちを堪え、朝子は顔を上げる。
そんな彼女の目に入ったのは……きらびやかな銀髪の女性だった。
なんだかどこかで見た覚えがあるような気がする……。
そわそわするような……不思議なデジャビュを思える女性だ。
「ええと……何も覚えてないのよね、私は麗蘭望海……あなたの叔母で、諸星学園という高校の教師をしているの」
「そうですね、すいません……オレ全部忘れちゃって、えっと望海さん……あなたが保護者になってくれるんですか?」
「ええ、それで諸星学園に転入する形になるわ、大丈夫?」
「はい、よろしくお願いします!」
元の世界への未練は殆ど無い、それでもリス・アムールの皆にまた会いたいという気持ちは有る。
だが……いつまでも引きずっていては何も出来ない。
朝子はそう考えて無理矢理前を向くと……なんとかなんとか未練を断ち切ろうとするのだった。
そうすることで、きっとこの世界で幸せに生きられる……そう信じて……。
でも本当にそんな都合の良いことが有ると思っていたのか?
「……あれ? うとうとしてたか……」
退院数日前、リハビリの一環に病院の外へ出ることを許可された朝子は、病院近くの公園を散策していた。
転生の興奮も一ヶ月経てば抑えめになるものだ。
なので女の子達を眺めながらのんびり歩き、今後の事を考えていたのだが……。
その最中にベンチで休憩をしたところ、どうもうとうとしてしまったらしい。
既に時間は夕暮れ時、面会時間もとっくに過ぎて周りに人は見当たらず……こりゃ病院に帰ったら大目玉だなと息を吐く。
陽光の中のんびり歩くなど千年単位で久々のため、どうも気が抜けてしまったようだ。
常に気を張り続ける必要が無い世界というのは甘い毒だな……などと考えながら、朝子は夕焼けの中で伸びをする。
だがその瞬間……彼女の頬の横を冷たく鋭い何かが通った。
剣だ……暗に動くなと言わんばかりに、剣が突きつけられている。
それに気付いた朝子は、静かに息を呑んだ。
「見つけたぞ、死すべき定めの者よ……死から逃げられると思ったか」
「……なんだ、あなたは……誰だ?」
「振り向くな、お前は我が敵、我が障害……今度こそ死んで貰う」
自らに死を与えようとする存在、自らを障害と呼ぶ存在。
それが誰なのかは全く分からない。
脳裏に浮かんだのは勇者だが……彼女は別に自分を標的にしていたわけではない。
ならば勇者が同じように転生していて、殺しに来たというのはあり得ないだろう。
いずれにせよ、ピンチである事は確かだ……このままでは死ぬ、確実に。
試していないので分からないが、幼い少女である今の自分に悪魔の力は使えない……かもしれない。
いずれにせよ魔術に必要なのは、自分がどのような力を行使するかのイマジネーションを集中して固めることだ、この状況でそれは不可能。
最早ここまでか……そう思ったときだ。
突如空から光が迸る、そして朝子の後ろで着弾した。
「……!?」
「チャンス……!」
剣がぶれ、後ろの誰かがよろめく。
これを好機とせず何を好機とするのか、そう言いたくなるほどのチャンスに顔をほころばせながら朝子は距離を取る。
そして、土煙の中にいる声の主を見ようと試みた。
だが、土煙が失せると同時に……その姿は消えてしまう。
後には男とも女ともつかない声だけが残された。
「南無三、口惜しや……次は必ず討つ……」
「くっ、逃げたか……!」
「大丈夫でしたか? ベリアード様」
「……! この声は……」
謎の声と入れ替わるようにして、懐かしい声が上から聞こえてくる……。
それに反応して天を仰ぐと、そこには真っ黒な戦艦が浮かんでいた。
この戦艦に朝子は見覚えがある。
流線型ボディ、反重力浮遊システム、前部レーザーキャノン……これはまさしく……。
「……ネビュラ号……オレの作った、リス・アムールのアジトだ!」
「そうです、ああ……ずっと探しておりました、ようやくお会いできた……」
「もしかして、その声はローザなのか……? でもどうして……」
何故ローザがこの世界に、ネビュラ号に乗って存在しているのか。
そして、何故明らかに設定を超えた範囲で喋っているのか……謎が多い。
朝子は混乱するも、なんとか平静を保つべく深呼吸する。
そして設定をゆっくり思い返し始めた。
「たぶん、魔の者以外に認識できなくなるステルスで見えなくしてるんだよな? だったら入りに行ってもいいか……オレをトラクタービームでそっちに」
「ええ、今すぐ!」
トラクタービームにより吸引され、朝子は中へ入っていく。
ちなみにこの最中も周囲から見えなくなるようにしてある……そういう設定で作り上げたはずだ。
そうだったよな……と内心そわそわしながら昇っていく朝子。
その視界が真っ白な光に覆われ……そして、勝手知ったるネビュラ号のエントランスに辿り着いた。
「マスター……ベリアード様!!! ああ、そのような人間のお姿になられて……!」
「ローザ! もう君達には会えないと思っていた……しかし、これはどういうことなんだ?」
問いかける朝子にローザが抱きつく。
やはりこれもルーチンを越えた行動……確実な自我だ。
まるで疑問がラインダンスを踊っているかのような状況に戸惑いが隠せない。
いや……実際に子供達の数名はラインダンスを踊っている、やはりこれもルーチンを凌駕した行動だ。
「ベリアード様、現在の時系列はあなたがお亡くなりになって17年……我々はずっとあなたを探し続けていたのです、並列宇宙の波間をさまよい……ずっとあなたの魂を追いかけていました」
「それはとても嬉しい……だけどその自我は?」
「これは……私達にも分からないのです、私達はあなたの組んだ御意向に従うだけの存在だったはずなのに、あなたの死を認識した瞬間、何故かこうなって……」
どうやら、自我のきっかけはアスセナエルの死のようだが、何故それで自我が確立されたかは分からないらしい。
何故なのだろうか、そう朝子が考えていると……ローザは朝子をより強く抱きしめてきた。
胸が顔に当たり、思わず赤くなってしまう。
「きっとこれも、我々からベリアード様への愛ゆえに芽生えた気持ち……なのでしょう!」
「わ、わわっ! あのさあ……気持ちは凄く嬉しいんだけど、オレは百合に挟まるのは嫌なんだって、オレに抱きつくの禁止!」
「はて……ですが、ベリアード様は今、人間の女の子になっているとお見受けしますが」
「でも中身は男なの! だからダーメ!」
残念そうなローザと距離を取り、両腕でバッテンを作る朝子。
思えばそうだ、今の自分は少女の肉体……。
気を抜けば女の子が近付いてきて、百合の間に挟まる展開になってしまうかもしれないのだ。
しかし、イエスリリー・ノーサンドこそが朝子のポリシー、そして性自認が男であればそれは女の子ではないというのも彼のポリシー。
百合の間に挟まることだけは、絶対に避けねばならないだろう。
「……ゴホン、気を取り直して……兎に角再会できて嬉しいよ、君達が自我を持ったのも創造主として心から誇らしい」
「ああ……! 被造物として最高の褒め言葉です!」
「え、ええと……尊敬されるのって調子狂うな……ゴホン、でも君達が自我を持ったからこそ聞かないといけないな、君達はどう生きたい? オレを探してくれたのは嬉しいよ、でも君達に自我が有る以上、これからは君達の自由なんだ、どうする?」
朝子の問いに、ローザは他の子供達の方を向く。
そして頷き合うと……ゆっくりと朝子の顔を見返した。
先ほどまでのとろけた顔ではない、キリッとした顔だ。
「決まっておりますベリアード様、私達はみな……あなた様の望む存在になります! 悪の組織でも、正義の味方でも、下等生物……人間共に傅く存在にでも」
「……それでいいの?」
「ええ、だってあなたは親なのですから、子である我らは従うのみです」
「……親子ってそういうものなのかなあ」
悪魔であり、かつては神でもあったアスセナエルは出産型で誕生した存在ではなく、人のイマジネーションからこぼれ落ちたタイプの存在。
朝子になった今も、親子という関係に一切触れることなく孤児となってしまった。
それ故に親子の概念はよく知らないのだが……それでも少し間違っている気がする。
だが気持ちを切り替えると、彼女達の気持ちをしっかり受け止めることにした。
「よし……じゃあオレはこの世界で平和に百合を楽しみながら暮らしたい、だがこの世界にはどうやらオレの命を脅かそうとする輩がいるようだ、君達には平和に暮らしながら、必要な時には彼らと戦って欲しい、良いかな?」
「はい、全てはお望みのままに!」
「……かたいなあ、まあいいか……じゃあオレはそろそろ地上に戻るよ、また遊びに来るからね」
手を振り、ウインクをする朝子。
しかしその瞬間……さっきまで黙っていた子供達の一人が立ち上がった。
狼獣人の姿をした子供だ。
「わー、もう我慢できない! ベリアード様可愛い! ほっぺぷにぷにしてる!」
「あ、ダリアずるい! 私も!」
「ひいいぃぃぃ!? ノー! ノータッチ! ドント・タッチ・ミー!!!」
ネビュラ号に響き渡る絶叫。
しかし、それでも朝子を愛でる子供達。
ジーッと百合を見守ることこそ至上のはずなのに……ドーしてこうなったのか!?
女の子を好むという設定を組み上げたせいなのだろうか、それとも……。
朝子はそう考えながら逃げ出すと、必死の顔で「オレへのハグは絶対禁止! これをリス・アムールの規則とする! 返事は!?」と叫ぶのだった。
次回予告
土の中から現れ、全てを喰らわんとする神話獣コウゴウグモラ。
はた迷惑な地震でオレの百合ウォッチングを邪魔されちゃたまったもんじゃない!
行くぞ皆……リス・アムール初出撃!
街の平和と百合の安穏を守るんだ!
次回 オレが百合してどーすんの 花一輪 可能性は無限大だ!
えっ、なんでオレ達罵られてんの……?
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