二つの未来

杜都醍醐
杜都醍醐

五月下旬 その四

公開日時: 2020年9月2日(水) 15:00
文字数:1,954

 濃子はまだ言いたいことがあるようだが、耐え切れずに瑠瀬が叫んだ。


「そ、そ、そ、そんなはず、ない!」


 驚いた濃子が一旦口を閉じ、再び開く。


「な、何で?」


 瑠瀬は答えた。濃子と同じく動揺しており、上手く喋り出せなかった。


「だ、だって平祁は、濃子の親戚だろう?」



 二人は放課後のデータ解析が終わると、瑠瀬の実家の喫茶店にやって来た。思ったよりももたついて作業が長引いてしまったので、いつもの下校時刻よりも大分遅い時間帯になった。


「…いただきます」


 まずは夜ご飯を食べた。濃子と向かい合って食べるのは、もう何年ぶりだろうか…。


 瑠瀬は父に頼み、閉店後も濃子を店に残した。

 そして本格的に話し合うことになった。


「まず…なんだけど。濃子の親戚に、鉄平祁って人は本当にいないんだね?」

「いないよ。瑠瀬の方は?」

「俺も。濃子の話が正しければ、今、俺の家に泊まっているん…でしょう? 家には家族以外、誰も住んでないけど…」


 鉄平祁…。一体何者なんだろうか? 瑠瀬の親戚でないなら、瑠瀬が恋で困っているというのは嘘。濃子の親戚でもないなら…。


「濃子って、病気とかないよね?」

「うん。お母さんからもそんな事言われたことないし、中学生になってからは予防接種ぐらいでしか病院にすら行かない。最近瑠瀬とはあまり話せてなかったけど、それぐらい瑠瀬もわかるよね?」


 濃子の返事で瑠瀬は、はっきりとわかった。平祁の話は、嘘だ。根も葉もない、質の悪い作り話だ。そもそも濃子に病気があるなら、もっと幼い時に気付けてないとおかしい。濃子もそんな具合の悪い素振りを見せたこともない。


「でも…。何でそんな話をわざわざ私たちに言いにきたのかな?」


 そこが疑問である。


「麻林さんからのスパイ…? でもだったら、濃子と話せばすぐにわかる嘘をどうして俺に言うんだ? もしかしたら、通じないかもしれないのに」


 瑠瀬はそう考える。


「麻林ちゃんがどういう子かはよく知らないけど、手下だったら麻林ちゃんの名前は私に言わないと思うよ?」


 濃子も自分の意見を言った。言う通りだ。そんな事をすれば、麻林について悪い噂が確実に広まる。


 しかし、最大の謎が二人の前に立ちはだかる。


「だいいち、鉄平祁は何者なんだ? 俺たちに嘘を吐いてまで引き離そうとすることが、平祁に何のメリットになるんだ? 俺も濃子も、平祁のことなんて遭遇するまで知らなかったのに…」


 しばらく話し合ってお互いの意見を言い合ったが、心当たりもない人物のことはいくら考えても、何もわかるはずがなかった。



 気がつくと、時計の針が九時半を回っている。もう流石に遅いので、濃子を帰らせなければいけない。


「まだ何も答えが出てないのに…。私一人で考えても…」


 濃子が帰りたくなさそうなことを言った。我儘に聞こえなくもないが、濃子は瑠瀬と、こんなに長く話したのは本当に久しぶりなので無理もない。


「なら、気分転換しよう。遊水地をちょっと散歩。それぐらい、いいだろう? 夜道は危ないかもしれないけど、どうせ濃子は家に帰らないといけないんだし」


 そう言って連れ出した。この辺りで不審者の目撃情報は聞いたことがないので、瑠瀬は一人で家に帰ることになっても大丈夫。濃子を家に送ってあげるだけだ。


 扉の鍵を閉めると、二人で喫茶店を出た。

 まずは谷中湖の周辺を歩く。


「こんなことをするのは、いつぶりかな?」

「中学に上がってからは一度もなかった。それより前だと、ちょっと怪しいな…」


 瑠瀬はあまり覚えていなかったが、濃子はどうやら違うらしい。


「確か…。小学校の卒業式の日。あの時一緒に歩いたよ。その時は亜呼たちも一緒だったけど」


 まだ三年も経っていないのに、遠い昔のことのように感じる。交流がなくなるとは、残酷なことだ。


 気持ちいい夜風が吹いている。濃子が池を見渡して言った。


「静まり返っていて、綺麗だね」


 瑠瀬が防波堤を降りようとすると、


「流石に夜はやめた方がいいよ」


 と止めた。そして第三調節池の方へ向かった。


「濃子。写真撮ろうよ?」


 瑠瀬がポケットからスマートフォンを取り出した。


「え、どうして?」

「だってさ…。俺ら、きっとツーショットってないだろ? 寂しいじゃんかそんなの」


 オートシャッターをセットすると瑠瀬は近くの木にスマートフォンを丁度良い高さに置いた。


「濃子、あと五秒でシャッターだ」

「ポーズどうしよう?」

「ピースで十分だよ。ほら!」


 瑠瀬と濃子が共にピースサインをすると、良いタイミングでフラッシュが光った。瑠瀬がスマートフォンを取って写真を確認する。


「どう? 良く撮れてない?」


 濃子も画面を覗く。濃子としてはもっと可愛いポーズで写りたかったが、二人だけで写真に写れて幸せだった。


「すっごくいいよ! 私のスマホにも送って!」


 すぐに濃子にメールを送った。


「ありがとう! コレ、一生大事にするね、私」

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