二つの未来

杜都醍醐
杜都醍醐

三十五年後 その七

公開日時: 2020年9月5日(土) 18:00
文字数:2,655

 無言で頷く平祁。そこに濃子はある提案をした。


「もし私がテロで…テロじゃなくても平祁たちが生まれてくる十年以内に死んだら、どう?」

「どうって、何がだ?」

「私は瑠瀬に、幸せになって欲しい。麻林ちゃんとくっつくなら、それが瑠瀬の幸せ。平祁は源治の未来を知らないだろうけど、あなたの未来は私がいないだけで、とても光り輝いているわ。だったら…」

「だったら、ここで殺してとでも言いたいのか?」


 先を平祁に言われた。濃子はゆっくりと首を縦に振った。


「駄目だな…」

「どうして?」

「濃子…。オマエには一つだけ、わかっていないことがある」


 今までの話を全て理解していたつもりだった濃子に、ここで頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。


「オレが生まれたのは、濃子がどこかで勝手に死んだ未来じゃない。オリンピックテロで死んだ未来だ。だからさっきオマエのことを殺せなかった。今ここで他の方法を採っても、きっと手にかけることは叶わない。だからオレにはもう、オマエの命を奪えない」

「なら自分で死ねば…」


 平祁の顔を見ていて、濃子は気がついた。


「未来が、変わっちゃうのね…。ここで私が行動に出ると。平祁の未来では、私はテロで死なないといけない。そうじゃないと平祁は生まれない」

「その通りだ。気の毒なこととは思っているが、オレの未来は、オマエがテロで死んだ未来であって他のことで死んだ未来ではない」


 自分の命は、あと二カ月か十年か。長く生きたいのなら十年を迷わず選ぶだろう。でもそうすると、瑠瀬は幸せにはなれない。彼の幸せを考えるなら、選ぶべきなのは二カ月。残された時間が、もっと短くなった。


「一つ、聞いてもいい?」


 平祁は許可をくれた。


「瑠瀬が悪夢を見るって言っていたけど、本当?」

「好きな人に目の前で死なれたら、誰だってトラウマになるだろう?」

「そういう意味じゃなくて!」


 事情をわかっていない平祁に、濃子はあることを教えた。


「瑠瀬は寝ている間に、ほとんど夢を見ないの。見るとしたら近い将来に起きる出来事…予知夢なの。未来の瑠瀬は、過去に起きたことを夢で見ることができるの?」

「な、何のことだ?」


 今度は平祁の頭の上に、疑問符が見える。


「私、十年前に事故で死ぬところだったけれど、瑠瀬の予知夢のおかげで免れたの。その手の話は、聞いていない?」

「瑠瀬はそんな話、オレにはしたことがない…」


 そう呟いた次の瞬間、平祁はハッとなった。


「そういうことか…。そんな昔から、未来が二つ存在する影響で歪みが生じていたのか…」


 意味深なことを言った。もちろん濃子は聞き逃さない。


「その歪みが原因で、平祁も源治も過去に干渉できないってこと?」


 濃子の意見を平祁は肯定した。


「ならばオレがやるべきことは一つ…違うな、何もやるべきじゃない」

「えぇ?」

「この過去がどっちの未来を選ぶのか、ただ見守るだけだ」


 平祁の出した結論は、傍観者になることだった。何かした方がマシと思えるが、平祁がそれをしても無意味であることは既にわかっている。

 しかし濃子も黙っていられない。


「でもそれで、平祁の未来が選ばれなかったら…?」


 源治の未来が実現する可能性がある。だが平祁は、


「そしたらそれが、この過去が出した答え。オレはそれに逆らうつもりはない」


 平祁に何を言っても、もう通じそうにない。それは態度からではなく、会話の内容から十分理解できた。


「濃子。オレはオマエに、死んでくれとは言わない。生き残ってくれとも言わない。二つある未来の内、片方だけを選んでくれ。選ばれなかった未来は消えてしまうのだから、オレも源治のことも、考える必要はない」


 濃子は、わかったと言った。


「ただし、だ。オレの未来は瑠瀬には教えないでくれ」

「他の未来が生まれてしまう可能性を、少しでも下げるのね、わかった」


 たとえ教えたとしても、瑠瀬の選ぶ未来は源治の方だろう。


 平祁との話が終わると、濃子は、


「教えてくれて、ありがとう」


 と感謝の意を伝えた。平祁も言いたいことがあるようだ。


「最後に…。オレは何か、不思議な感情だ。濃子はオレの未来には既に存在していないのに、いやだからこそ、会えて良かったと思う」


 最初こそ怖かったが、濃子も会えたことを嬉しく思った。消えてしまうかもしれない平祁とその未来。彼が母から受け継いだ言葉を、時を越えて自分に教えてくれた。


 そして椅子から立ち上がり、玄関で一度振り向いて言った。


「自分の感情に素直になって良い。それが濃子の幸せなのなら、オレに邪魔をする権利などないのだから」


 そしてドアを開けて、平祁は夜道に去っていった。



「抜け駆けとは、許せない。平祁、アナタは手段を選ばないつもりなのか?」


 源治が平祁に問いただした。源治は平祁が、濃子の家から出てくるところを目撃しており、遊水地に差し掛かったところでその前に姿を現した。


「ああ。もう選ぶのはやめだ。だが安心しろ、濃子は生きている」

「だろうな。でなければワタシが未だに存在しているのがおかしい」


 源治は拳を構えているが、対峙している平祁は無防備だ。


「源治、話がある」

「アナタの作戦に、そう簡単にワタシが乗るとでも?」


 平祁は無言で、短剣を取り出した。とは言っても柄の部分しかない。


「それは…?」

「これが、濃子に突き刺さらなかった。何にも当たってないのに、根元から折れた。刃は床に落ちただけで、バラバラに砕け散った。どうしてか、わかるか?」


 数秒考えて源治が口を開く。


「なるほど。ワタシたちには、過去に干渉できないと?」

「そうだ。話が早くて助かる」


 源治は手を広げて、腕を下ろした。


「聞こう。ワタシもワタシで、アナタの未来には興味がある」

「それは、オレもだ」


 お互いに、相手の未来は気になる。濃子の命と瑠瀬の行動によって、どのように変わるのか…?


「その前に、聞いておきたいことがある」

「何だ?」

「オマエの未来での瑠瀬は、予知夢を見ることができるのか?」


 首を傾げて源治は答える。


「そのような話は、一切存じ上げないが?」


 平祁は濃子から聞いた瑠瀬の予知夢について説明した。


「そんなことが、あったのか…」


 静かに驚く源治。そこで平祁は意見を述べる。


「おかしいと思わないか?」


 何を、と源治が聞き返す。


「濃子ははっきり、予知夢のおかげで事故に遭わずに済んだと言っていた。何が予知夢の条件になるかはわからないが、同じように大事故が起き濃子が巻き込まれるのなら、もう見ていてもいいはず」

「言えてるな。まだ早いからという考えもあるが…。いや違うな」


 二人とも同時に発言した。


「テロは回避できないからか」

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