完。
としたいのはやまやまだが、社長直々にこのSONYの最新型ビデオカメラを使い録音係を命じられてしまった。引き続きSONYの最新型ビデオカメラを回すことにしよう。
※ここからは音声のみでお届けします。
「いったいどういうことだ!!」
「まあまあ、落ち着いてー。どうぞ、座ってくださいな」
「これが落ち着いていられるか! 君は俺を裏切ったんだぞ! 返答によっては起訴も辞さない!」
「唾飛ばさないでよ。今から話しますからー、お茶飲む? 緑茶? 麦茶? あ、コーヒーにしましょー」
「俺を馬鹿にしているのか!」
「まさか。はい、コーヒー」
「要らん!」
パリィーン!
コップが床に落ち割れる音。
「あーあーあー、怒らないでよ。ユキヒロさん。っていうかこの溢れたコーヒー、誰が片付けるの? まさかわたし? えーやだぁー。あ、ミチオさんに頼もう」
「貴様、ふざけるのも大概にしろ!」
「はーい、注目。この契約書読んでー」
静寂。
「あなたの依頼を受けた際、当社と結んだ契約の内容。まさか、社長のわたしがわざわざ懇切丁寧に説明した重要説明事項、忘れたわけじゃないよねー? 納得したからここにサインして印鑑押したんじゃないのー?」
「妻を尾行していたことが、本人にばれたんだぞ! 君たちの失態じゃないか。逃げるつもりか?」
「あと、もう1枚」
再び静寂。
「隅から隅までちゃんと読んだー? ……読んでないから、こんなにたくさんやらかしたんだよねー、ユキヒロさん」
コツコツコツコツ
机を指先で叩いているのであろう音。
コツコツコツコツ、コツコツコツコツ–––
力強いノック音、イノウエ氏だろう。
「今のユキヒロさんは難しい言葉、頭に入らないだろうから簡略すると、『店を継続する間、夫婦で共に歩み続けること』。ユキヒロさんもマサコさんも、しっかり了承の上でサインと印鑑くれたから、わたしお金貸したんだけどなー。で、どうしたの? この状況」
「金は全額返したはずだ」
「約款を破ったらどんな対処があなたに下されるのか、覚えてない?」
「そ、それは……」
「女囲いすぎ。16人もいるんだもん。びっくりしちゃったー。あ、ユキヒロさんの罪は女たちに放蕩したことじゃないよ。ひとりとんでもないアバズレがいたから、その子の対処はしてもらうけど」
「アカリのことか?」
「うん。正確にはアカリじゃないけどー」
「なにが言いたい」
「さっき、私に『俺のことを馬鹿にしてるのか』って聞いたよねー」
僅かなうさぎの笑い声。
表向きはふたりしかいない事務所に思いの外高く響く。
「わたしの『株式会社 動物園』に馬と鹿がいない理由は、馬鹿に付ける薬はないからだよ」
「金は既に返している! あの店は俺のものだ! 赤坂の2号店も! こんな契約書に効力はない!」
「2号店、どうやってオープンするつもり?」
うさぎの声がぽつんと浮かぶ。
「アカリは逃げたよ」
またもや静寂。
暫しの後、カサカサ–––
指先で乾いた髪を掻き毟るときの音に似ている。
「ユキヒロさんはアカリと一緒になるために、マサコさんとなるべく穏便に離婚したかった。相当アカリに入れ込んでたみたいだね。アカリがあなたになにを言ったかまではわからないけど、大方『一緒に2号店を出そう。そのためにアタシ、キャバクラのお仕事頑張る! 応援して!』とかなんとか、嘯かれたんでしょー。アカリと結ばれたい。けれど、自分の行いが自分の首を絞める。しかもマサコさんが自分に探偵を雇って身辺調査をはじめた。策を講じなければ、自分の不貞が丸裸にされてしまう。–––焦ったユキヒロさんはマサコさんの暗部を暴こうとうちに依頼をした。わたしたちこそがマサコさんに雇われ、あなたの尾行をしていると知らずに」
「マサコはいつから、気づいていたんだ」
「そりゃ、色気づいて服装にこだわったりやたら自信満々な態度をとりだしたり–––挙げるときりがない。ま、決定打はユキヒロさんが日曜日にしか帰らなくなったことだろうね。妻も娘もほっぽって、若い女の体に溺れるにあきたらず誑かされているとなれば、マサコさんの立場で黙っていられないよ」
「……どこまで調査したんだ」
「マサコさんに聞いて。資料は全部彼女が持ってる」
「約款を破ったからには、俺はお前からも罰を受けるんだろう? お前の要求は?」
「ないよ」
「え」
「ない」
カラン、カコン
コーヒーカップとソーサーがぶつかる音。
「2号店、楽しみにしてるねー」
スタスタスタスタ
ガチャ、ギィ、バタン
「ちょ、腰が……腰が……。ヘルプミー」
「あっさり帰りましたねー、あのはげ! うわっ、おっさんが死んでる」
「生きてます。って、ねこさんですよね? どうしてクローゼットに!?」
「なんであたしの名前知ってるの。社長、不審者です」
「いてててて!! やめっ、やめて! 助けて! 殺される!」
「ねこー、事務所で死体出さないで。後処理めんどー」
イノウエ氏の帰宅を確認し狭いデスク下からやっとこさ身を出した私を襲う、クローゼットに身を潜めていた戦闘員2号–––「戦闘員? 2号? なんであたしが1号じゃないのよ! 社長! おっさんが不審な発言をしています!」やっぱり前話で完結にしておけばよかった。
うさぎの素顔を知る前に俺は死ぬかもしれない。
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