バァーーーーンッ!!
ドラマや映画でしか聞いたことがない爆音。とらは最近見た、興行収入過去最高額を叩き出した海外のSF映画を思い出す。主人公の恋人が主人公を庇い、銃で撃たれるシーン。これは銃から玉が発砲した音だ、と呑気に思う。
しかし体は俊敏に動いた。つい数秒前、トイレに立った双子がいる出入り口を見るよりも早く駆け出す。その瞬間、部屋の電気が消え失せた。
「とら兄! ソラ、ウミ!」
天井が異様に高い構造のせいで、ねこの声が木霊する。
「俺は無事だ! ソラ、ウミ、すぐに行くから動くな!」
突然の暗闇に目が慣れず視覚が閉ざされる。すると感覚が研ぎ澄まされるようで、身近に存在しない銃という武器がやけにリアリティを持った。危機感が募る。全身に鳥肌が立ち、背筋に虫が這うようなざわめきが走った。
自分の方向感覚を頼りに扉の前に来たはずだが、名前を呼びながら四方八方に腕を振り回すも双子に当たらない。パニックに陥っているだろう幼いふたりの名前を殊更優しく繰り返し、膝を折り屈んだ。手の平を床一面に敷かれているカーペットに這わせる。短くふかふかとしたカーペットの毛羽立ち。彷徨う指先が、つるつるとした石のようなものに触れる。
「と、とら、にいさん……」
か細い声。双子のどちらかだ。
どうやらこれは靴らしい。とらの気配に安心したのか、片割れが啜り泣きをはじめた。声を辿り捕まえた小さな体を抱え込む。胸元に引き寄せた。
「お前は、どっちだ?」
性別だけが違う発育前の双子は、声色も体つきも、それぞれの成長を遂げていない。親でさえ間違えることがあると言っていた、鏡に映したようにそっくりそのままなソラとウミ。
尋ねると、とらの腹部に鼻を擦り付けている小さな頭が上を向いた。
「ぼくは−−−」
部屋の明かりが一斉に蘇る。
望んでいた光。しかし今度は眩しさが角膜に染みて瞼が開かない。
白い闇の中、片割れが答えた。
「ソラ」
遡ること3週間前。
今月は赤字確定だった株式会社動物園に、新規の客が現れた。どうやら護衛を依頼したいらしい。危険を伴うおそれがある依頼は、通常の料金にプラス3割増で請求をするため、これが決まれば赤字脱出も夢じゃない。うさぎは傍目からわかるくらい浮き足立っていた。
「ねこ、くれぐれも失礼のないように。なんとしてでも金をぶん取りなさい」
うさぎが珍しく間伸びしていない、きびきびとした話し口調でねこに命ずる。とらとねこは目を合わせた。言いたいことは同じなはず。
「社長、お言葉ですが、金をぶんどるっていうのは些かどうかと……」
「あなた、ボーナスが減ってもいいの?」
「はい! ぶん取ります!!」
とらとねこは同時に敬礼、社長の命令に従うことにした。
ちなみに双子ならではな動作の被りだが、おそらく今株式会社動物園の従業員全員が揃っていたら、迷うことなく皆同じ動きをしただろう。鶴の一声とはこのことである。
株式会社動物園はざっくりとだが、依頼の種類に応じて担当が決まっている。
くまはオールマイティ。ぞうは家事代行やベビーシッター。いぬは浮気や不倫の調査。とらは肉体労働。そしてねこは護衛。
とらとねこの父はレスリング世界大会の準優勝者で、ふたりとも父から格闘技を叩き込まれ育っている。どちらも大会での優勝経験はあるがやはり男女の壁は越えられない。単純に力だけを測るのならば、当然ねこよりとらの方が強い。なのになぜ、危険が伴う護衛調査に選ばれないのか。理由はひとつ。
とらが単細胞だからだ。
例えば、夜逃げの手伝いや借金取りを追い払ってほしい、という類いであれば、力技で状況をねじ伏せることが得意なとらに適任だ。
しかし護衛は力技ではままならない。
まず護衛対象と信頼関係を築くコミニケーション能力が求められる。併せて万が一に備え護衛場所の立地や地形、周辺環境を網羅し、いざというときに瞬時に護衛対象を守る手立てを考え、実行に移す正確な瞬発力が必要だ。
誰彼構わず売り言葉に買い言葉をしてしまい、見取り図を読み込むと寝てしまうとらは護衛に関して適応能力がゼロ。とらも向いていない自覚がある。
うさぎとねこがいかに円滑に依頼費をぶんどるかについて、作戦会議をはじめた。とらはそそくさと自分のデスクに座る。閉じたパソコンの上、一昨日提出した前回の報告書が透明なファイルに入れられ置かれていた。報告書に書き込まれたコメントの数々。真っ直ぐに引かれたマーカーや角張った文字はぞうに違いない。きっとぞうは、とらの文章力の低さに苛立ちながら校閲をしたはずだ。ぶつぶつととらに文句を独りごちるぞうの姿がありありと思い浮かぶ。つい笑ってしまった。
14時の、5分前。
来客を告げるチャイムが鳴った途端、うさぎとねこが玄関へ駆ける。ドアを開ける直前、うさぎがねこに囁く声が聞こえた。
「とりあえず適当にいちゃもん付けて、5割増で請求しよう。オーケー?」
「任せてください。なにがなんでもふんだくります」
「俺、訴えられても知りませんよ」
瞳に欲望を滾らせるふたりに、とらの忠告は届かない。
依頼主が被害者にならないことを祈りながら、ボールペンを持ち、書類を直しにかかった。
「やーいやーい! ばーかばーかばーか!!」
「なにをぉ!? ばかって言うやつがばかなんだよ!」
この会話だけを聞くと子ども同士が喧嘩しているようだが、違う。
とらを罵るウミと、それに言い訳できない大人気なさで応じるとら。ソラはうさぎにもらったクロワッサンを右手で鷲掴み口に運びながら、左手で器用に本を読んでいる。紙の上にパラパラと舞い落ちるクロワッサンのくず。うさぎがパーテーションから顔を覗かせ、唇を戦慄かせている。事務所の壁一面に聳え立つ本棚の中身は、意外にも読書家なうさぎが集めた様々な小説たちだ。心中をお察しする。
株式会社動物園の救世主かもしれない依頼主、タキザワ夫妻はふたりの子どもを連れてやってきた。同じ背丈、同じ服装、同じ顔。妻のアキヨが自分を出迎えたねこと、その後ろで事務作業に勤しむとらを交互に見る。とらはてっきり、ふたりは同性の双子なのかと思ったが、アキヨが教えてくれた。今後はとらとねこが驚く。
ふたりは男女の双子だった。男の子がソラ、女の子がウミ。
共通した角刈りに近いショートカットの髪型、お坊ちゃん然とした詰襟のシャツ、紺色のハーフパンツ。異なる箇所がひとつとてない男の子と女の子。
とらからまじまじとした視線を感じたらしいウミが、顔をくしゃくしゃに顰める。しゃーっと牙を剥く猫を連想させた。
「なに見てんだよ、おっさん!」
「は?」
そして冒頭の、とらVSウミの年齢を盾と矛にした戦いが幕を開けた。
「ささっ、タキザワ様、こちらへ」
これ幸いと言わんばかりにねこがソラをもとらに押し付け、タキザワ夫妻をパーテーションの向こう側へ導く。いそいそと話を進める様子を盗み聞きする暇なく、とらは双子−−−主にウミの世話、というより交戦に身を投じる羽目になった。
「このっ、くそガキ! ふざけんじゃねええええ!!」
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