株式会社 動物園

普通について。
あかさた菜
あかさた菜

③「就業規則はご存知?」

公開日時: 2022年1月23日(日) 12:00
更新日時: 2022年2月17日(木) 14:25
文字数:2,059

 結局ぞうの愛しいリンツはとらに見つかり、ついでに落ち込んでいるいぬに着目したとらはいぬを励ますという名目の元おやつタイムを開催した。


「お、プリン発見。でもひとつしかない」

「それ社長のだから絶対食べたらだめ。殺されるわよ」

「うっわ危ない! たく、社長名前書いとけよなー」


 そういえば最近とらの双子の妹、ねこと会っていない。エクセルで制作している予定表を確認すると、ここ2週間在宅ワークになっていた。手渡しをしている歩合が依頼2回分おかれたままだ。月が変わる前に渡したい。


「とらくん、最近ねこちゃんはどうしてるの?」

「元気っすよ。昨日ザクザイルのライブに行ってました」

「昨日?」


 とらがしまったと顔に書く。


「昨日はねこちゃん、在宅ワークなはずだけど」

「いや、あれ? 俺間違えちゃったかも。いつだったっけな、あのライブ」


 助けてくれと目で訴えられたいぬが素早くリンツを口に入れた。


「チョコレート食べてるので喋れません」

「喋れてんだろはっきりと! お前世渡り上手だな。心配して損したわ」


 そんなことだろうと思っていたが、知ってしまった手前社長に報告すべきだろうか。ぞうはコンマ1秒で結論を導いた。とらに教えてやる。


「今回は聞かなかったことにしてあげる。でも次はないからね」

「うっす。すいません、ねこに言っておきます」


 きつくお灸を据えられるべき案件だが、社長が社長だとどうも締まらない。かといってぞうがうさぎの先陣を切りねこを叱る気になれないのだから見逃す他ない。「世渡り上手」は自分もだ。自嘲してしまう。


「ぞうさんは食べないんですか?」


 キャンディの形に包まれたチョコレートをぞうに差し出し、いぬが誘う。


「美味しいですよ。–––ってこれ、ぞうさんに頂いたんだけど。いっしょに食べましょうよ」

「私はいいわ。ダイエット中なの」


 そもそも就業中だ。


「そういえば、元モデルさんなんですか? 前にねこさんが言っていました」

「大層なモデルじゃないわよ。売れていない雑誌に出ていた売ていないモデル」

「でもすごいです! ぞうさんが出ていた雑誌、見てみたいなあ」

「家にあったら持ってきてあげる」

「やったー! 楽しみ! ありがとうございます」


 いぬは素直にぞうを「すごい」と思い、純粋な気持ちで「雑誌を見てみたい」と言っている。わかっているが穿ってしまうのはモデルを辞めてから15kg太った後ろめたさと、それからもうひとつ。


「あ、姉さん。今ねこから連絡があって30分後に歩合取りに行ってもいいですかって」

「30分後? ちょっと待ってね」


 従業員の歩合はそれぞれ茶封筒に分け、金庫で管理をしている。金庫の暗証番号を知っているのは当然ながら社長のうさぎと経理を任されているぞうだけだ。ぞうは平社員なので金庫に触れる際は念の為、うさぎの許可を得てからにしている。

 マッサージから戻る気配のないうさぎに電話をかけた。3コール目で出たはいいがスマートフォンの向こう側がとても騒がしい。


「もしもし社長? 聞こえますか」

「あーうん大丈夫ー。聞こえてるから話して」

「これからねこが歩合を取りに来ますが、私が渡していいですか」

「もちろん。暗証番号知ってるんだから毎回私に確認しなくてもいいよー。あ、出た出た出た!!」

「出た? 社長、もしかしてあなた今パチンコを–––」


 通話が切られた。


「社長、パチンコ打ってるんすか」

「そうみたい。とんでもないわ」


 ぞうが入社するまでの金の管理も「とんでもなかった」。うさぎのデスクの引き出しには常に100万円が無施錠で在中しており、従業員はそこから自ら歩合を抜いていくシステムだったのだ。


「よくもまあ……みんながいい子でよかったわね」


 いつ金がなくなってもおかしくないシステムを改善したぞうはうさぎに皮肉を呟く。パチンコ屋にいるうさぎには届かないが。

 お茶でも淹れようかと凝った肩を回す。立ち上がったタイミングで玄関のドアが開いた。


「ぞう姉さん! お久しぶりです!」


 ねこだった。その後ろに長期の依頼に出ていたくまが立っている。


「くまくん、いつ戻ったの?」

「おーくま、久しぶりじゃん」


 驚くぞうの右側からとらが飛び出した。とらとくまはお互いが唯一の男性従業員なので仲が良い。


「あれ、社長に報告したんだけど誰も聞いてない? 昨日の夜戻ったんですよ」


 昨日の夜、うさぎはテキーラを飲んでいたと自ら言っていた。背後に般若を召喚させたぞうを宥めようと、ねこが焦りながら話題を逸らす。


「いぬちゃん、くま兄さんとはじめましてだよね? 挨拶しよう! ほら!」

「はじめまして。4月に入社したいぬと申します。長期の依頼お疲れ様でした」

「ありがとう。くまといいます。従業員の中では1番歳下だけど、1番歴が長いから、なにかあったら気軽に相談してね」

「くまくんは設立当初からいるんだよ。あ、あたし歩合受け取りに来たんだった! ぞう姉さん、頂いても良いですか?」

「ええ。それは渡すけど–––」


 不穏な空気を察知したとらが、ぱん! と大きく手を叩く。小気味いい音が事務所にこだました。



「くま、おかえり! の会を開催しよう!」

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