紅き絆の狂犬達

科学と魔法が両立的に発展した世界が舞台の、ハードボイルドアクション小説
けい
けい

過去(17)

公開日時: 2021年12月13日(月) 11:57
文字数:1,831


 昼過ぎになって、クリスが帰って来た。

「これからここに光将が来る。俺が対応するが、一応相手はお客様だ。右の廊下の突き当たりに備蓄品があった。そこからお茶でも出してやれ」

「了解リーダー」

 レイルに指示を飛ばした彼は、中庭に置いておいたままにしていた、自分の刀に向かった。彼は刀を手に取ると、安心したように腰に差す。

「光将、すぐ来る?」

 ルークの問いに、クリスは一瞬考えてから言った。

「すぐに来るだろうな。あの凄腕が、俺達を長時間放置するとは思えない」

「戦いの準備は?」

「今すぐでなくて構わない。だが、ウォーミングアップは済ませておけよ? 光将も、夜までは事を起こすようなことはないだろう」

「了解」

 リーダーの言葉に納得したルークは、もう一度銃の点検を開始した。やれる時にやれるだけのことはしておきたい。

「俺は門で待つ。夜までは大人しくしとけ」

 クリスはそう言い残すと、足早に中庭を後にした。残された三人の内、ルークは既に自分の作業に入っている。

「おい、ロック! 身体動かしたいから相手してくれよ?」

 暇を持て余したのか、レイルが挑発的に言った。ロックもその言葉にニヤリと笑う。

「良いけど、僕が勝ったら命令一個、絶対服従な?」

「良いぜ。私もそのペナルティーで」

「素手か?」

「もちろん。で、望みは?」

「ここで白いのぶちまける」

「てめぇは鮮血ぶちまけてるのがお似合いだぜ?」

 二人はルークから少し離れた。中庭のやや門寄りの広いスペースで、距離を置いて対峙する。ルークは、のんびり銃を手入れしながら観戦することにした。

 穏やかな風が吹くなか、この空間だけ、空気が変わった。冷たい殺気めいた空気が、二人から流れる。まるで肉食動物に一睨みされたような、独特な寒気だ。仲間に向ける敵意ではないオーラを放つ二人に、ルークは欠伸を噛み殺す。

 いきなりレイルが動いた。小さな稲光が両足から放たれ、爆発的に加速した彼女はロックが防御に入る前に、そのがら空きの腹に正拳をねじ込んだ。ロックの小さなうめき声に、彼女の口元に笑みが浮かぶ。そのまま勢いを付けた蹴りを、流れるように彼の頭に叩き込む。激しい打撃音が響いて、ロックの頭が揺れる。

 痛そー、とルークは思わず苦い顔をしてしまったが、強烈な攻撃を喰らったはずのロックは、倒れない。

 彼は腕で素早くガードしていた。腕がすぐに動かないところを見ると、かなりのダメージがガード越しにもあったのだろう。彼はそれでもレイルに鋭い眼光を飛ばすと、接触していた彼女の足を手で払い、バランスを崩した彼女に数発殴り掛かる。

 高速の反撃に、レイルも躱し損ねて一発を腹に喰らう。更に連打を浴びせるロックに、レイルは飛び退いた。慌てて引いたおかげで、彼女の美しい顔は傷付かなかった。

 相手に避ける技術があるからと、ロックは手加減無しに急所を狙っているようだ。自分には女の顔を狙うようなことは出来ない。

「相変わらずウゼェな! スナイパーなんて辞めたらどうだ?」

「てめぇこそ、刃物持たなくても充分人殺せるだろうが!」

 二人共、息を整えながら話す。こんなものはいつものじゃれあいの範囲。今は治療が出来ないのはお互いに理解している為、普段よりも大人しいぐらいだ。

 今度はロックから攻める。レイルに一発殴り掛かってから、いきなり跳び蹴りを放つ。腹のダメージでレイルは回避が遅れた。

 なんとか転がるように回避するが、完全に無防備だ。ロックはレイルの首に腕を回して、「ぶちまけてぇ」と言いながら満足そうに身体を離した。

「ちくしょー」

 レイルが悪態をつきながら起き上がった。しかしその表情は、どことなく期待に満ちている。

「マゾヒストが」

 ルークはそんな彼女の表情に思わずぼやいた。ニヤリと笑う彼女にロックは近づき――

「ドMにお使い頼むわ。今日はお仕置きは無し。これを光将に渡して来てくれ」

 にこやかに笑うロックに、レイルはぽかんとした表情をする。そんな彼女は無視して、ロックはその手にお使いの物を手渡した。レイルは自分の手に収められた物をいぶかしげに見詰め、渋々頷いた。

『光将が来た。空気を乱すなよ。相手に不信感を持たせるな』

 いきなりクリスの緊張した声が無線に入ってきた。すぐに馬鹿なやり取りは止め、三人共顔を見合わせて頷く。

 ルークは銃の手入れに戻り、レイルはお茶の準備をしに歩き出し、ロックは塔の見張りをする為に重力場を展開した。ゆっくりと塔に昇って行く彼の顔に、うっすらと笑みが浮かんでいるのを、ルークは見た気がした。


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