紅き絆の狂犬達

科学と魔法が両立的に発展した世界が舞台の、ハードボイルドアクション小説
けい
けい

砂漠の薔薇(4)

公開日時: 2021年10月28日(木) 09:41
文字数:2,997


 市場で美味そうな食べ物を探していたルークは、偶然レイルとヤートの姿を発見した。

 仲良く手なんか繋いじゃって、端から見たらカップルのような雰囲気だ。邪魔したら悪いな、とルークは回れ右しようとしたが、レイルの暴挙が目に飛び込んできて慌てて駆け出す。

 レイルは明らかに不吉な髑髏のデザインの眼帯をヤートに試着させようとしていた。いやっ、確かに、確かに青く輝いちゃう片目を隠すには良いけど、それはちょっと――

「――逆に目立たないか?」

 ヤートの真っ当な反論が聞こえた。その通りだし、彼はそれ以外のいろんな意味でも着用を拒否している。

「そうかなぁ?」

 レイルの発言にそうだよ、と心の中で答えながら、ルークは二人に合流した。いきなり人混みから汗だくで出現したルークに、二人は面食らう。

「い、いきなりどうしたんだ?」

「あ、ルーク!! 丁度良いや、お前はこっちつけろよ」

 楽しそうに笑って、レイルは屋台から新しい眼帯を手に取る。

――なんでコイツは眼帯限定なのっ!?

 ルークに手渡された眼帯は、美しい女神のデザインが描かれていた。先程の不吉過ぎるデザインよりはだいぶマシだ……つけたくはないが。

「お客さん! お目が高いねー」

 店主の男が明るい声で言った。しかし男が続けた言葉に、ルークとヤートは固まることになる。

「そいつぁ、一家惨殺事件があった家から発見されたいわくつきの物でね! 噂ではこの国の貴族様らしいんだ。だからここでしか手に入らない貴重なもんだぜ! おまけに安いときたぁ」

 自身の説明でテンションの上がっている店主に、レイルもノリノリで「買ったぁ」とかほざいている。

「お客さんらも、見たところ外国の商人さんだろ? 良い買い物したなぁ!!」

 そう言って笑いながら、店主はレイルに商品を手渡した。この国には珍しい赤髪や肌の色、そして平然と武器をぶら下げているからだろう。南部では茶髪や色黒の肌の人間が多く、砂漠を渡る商人なら武器を所持しているのは当たり前だ。

 購入した眼帯をヤートに手渡すレイルの表情は、これ以上ない程に輝いていた。

「これ、大事にしてね」

 祈るような仕種で渡されたそれを、ヤートは苦笑いしながらポケットに入れた。

「今、つけないの?」

「……光ったらつけるよ」

 レイルの問いにうんざりしながら答えるヤート。そんなやりとりを傍観していたルークの鼻腔を、先程と同じ臭いが刺激した。思わず目を細める。

 レイルの表情が一瞬にして殺し屋の顔になった。二人の纏う空気が変わったことに、ヤートも状況を理解したようだ。

「……死臭がする」

 周りの人が聞いていないことを確認して、レイルが小声で言った。いろいろな臭いが混ざるこの広場でも、人に死を運ぶルーク達は小さな異臭も嗅ぎ分ける。

「まっすぐこっちに来てる……移動するか?」

 レイルが鋭い視線で一点を見ている。その人混みの向こうから、死臭は近付いてきている。

「そこを曲がれば裏通りに出る。ほとんど人はいないはずだ」

 ヤートがすぐそばの細い道を指差した。大きな飲食店に挟まれた、あまり衛生的ではない道だった。

 三人は小さく頷き合うと、その道を目指して歩き出した。たったの数メートルが異常に長く感じる。

 細い道を通り、路地を曲がった所で待つ。待ち伏せの状態で、死臭の正体を確かめるのだ。

 追跡者はちゃんとついてきていた。裸足らしいぺたぺたとした危なっかしい足音が聞こえて――ルークは嫌な予感がした。

 三人の目の前に現れたのは、先程ルークが駄菓子を買ってやった少年だった。

「君は……」

 ルークが慌てて駆け寄る。開きかけた布をしっかりと結んでやる。こんなものが市場で見られたら、間違いなく大騒動になる。

「なんだルーク、知り合いか?」

 イヤらしい笑みを浮かべたレイルを、ルークは睨む。

「そんなんじゃない。とにかく座って話そう」

 ルークは人の目が無いことを確認してから、路地の隅に少年を座らせ、自分もその横に座る。レイルとヤートはその前に立ったままで話を聞く。

「この子はスラムの子で、さっき可哀相だったから駄菓子を買ってあげた」

 少年はもう食べ終わったのか、口の周りがベトベトのままだった。

「おい、お前がそんな甘いことするから、付け上がってんじゃねーか」

 レイルが呆れたように吐き捨てた。彼女は同じスラム生まれの人間だろうが容赦しない。

「でも、この子は子供で、しかも目が見えないんだ」

「知るか。私がこれくらいの歳の頃は、オッサンに犯されてた。スラムってのはそういうもんだ」

「でも……」

 そう言ったルークに、ヤートが少年が抱える布を指差しながら聞いてきた。

「それで……この吐き気がする臭いは、これのせいか?」

 その言葉に、少年がびくりと震える。視線は相変わらずズレている。

「弟さんの死体が入ってる……あんまり、見ない方が良い」

 ルークは主に、ヤートに向けて言った。

「……そうか」

 ヤートは伸ばし掛けていた手を引っ込めた。実戦経験の少ないヤートに、あの腐敗度合いは見せるべきではない。あんなのを見て平然としていられるのは、沢山の死体に囲まれて生きている人間だけだ。

「おい……」

 レイルが少年を冷たく見下ろしながら言う。

「コイツ、目が見えないんだろ? どうしてルークのことがわかった?」

「……に、匂いで」

 少年は震えながら、小さな声でそう返した。

「人間の身体というのは、五感のどれかが欠けると、他の部分で補おうとするらしいな」

 ヤートが納得したように言った。レイルはまだ納得出来ないようだ。

「とにかく、これで好きなもん買いな。でも、これが最後だぞ」

 ルークは札を一枚少年に握らせる。少年は嬉しそうにお礼を言うと、すっと立ち上がって路地の奥へと走り出した。頼りない走り方で、布がまた解けつつある。解けた布からヘドロが零れる。

「あのヘドロ……人体に影響はないのか?」

 レイルの言葉にルークははっとする。

「色合いからして、かなり下流の方のものだな。危険かもしれない」

 ヤートが目を伏せて言う。

「……まぁ、言ったところでアイツは死体を手放さねーよ」

 少年が走り去った先を睨みつけるようにして、レイルは言った。ルークは彼女の発言に苛立つ。

「レイル! お前、自分もスラム生まれだからってキツすぎるぞ!? あの子はお前と違って弱いんだ!!」

 その言葉にレイルが目を見開くのを見て、ルークは失言だったと気付く。気まずい空気のまま、ルークは二人を置いて少年を追って走りだし――レイルに止められた。

「てめー……何もわかってねーな」

「何をだよ!? 俺にはスラムの生活がどうかなんてわかんねーよ」

 ルークはある程度上流の家庭で育った。正直、明日の食べ物に困る生活とは無縁だった。なのでそういった環境を目の当たりにすると、どうしても助けてやりたくなるのだ。

「甘えと弱さは違うんだ!!」

 レイルがルークを睨みつけるようにして言う。彼女の瞳の奥に真実を見つけ、ルークは「そうか」と力無く呟いた。レイルは俯いたルークの横をすり抜けると、まっすぐ少年が消えた道に向かっていく。

「レイル?」

「甘えたガキでも、お前は救いたいんだろ?」

 顔を上げたルークに軽く手を上げると、レイルは少年を追って駆け出した。後に残されたルークは小さく「やっぱりお前は良い女だよ」と呟いて、ヤートに向かって笑顔を作る。

「さっきマンゴーの美味しそうなアイスがあったんだけど、一緒に食べながら待ってない?」

 ヤートは苦笑しながら了承してくれた。


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