恋愛チョコレート物語

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見つけて

公開日時: 2020年9月3日(木) 06:00
文字数:2,624

目についた酒屋に入り、情報がないか探った。しかし、表通りに面している酒屋では、噂ばかり飛び交っていて、当てにならなかった。


表通りが駄目なのであれば、裏通りに行くしかない。


空を見上げた。日が落ちかけている。藍色の布が敷かれたような空に、僕は焦りを覚えた。急がなくては。


薄暗くて、独特の腐った匂いが鼻につく裏路地へ、足を踏み入れた。表通りの喧騒の音が、遠くなっていく。


細く狭い裏路地を歩いていると、急に頭上から声が響いた。


「おい、坊主! こんな所に来てどうするんだい? 悪い狼に食べられちまうよ!」


顔をあげると、二階の開いた窓から、にやにやと笑う美しい女が、僕を見下ろして笑っていた。女は窓枠に手をかけたかと思うと、そのまま僕がいる場所へ飛び降りてきた。


軽い身のこなしに驚いている間に、女は乱れた長い髪を整えた。派手な赤色の、露出が激しい服を来た女は、にやにやと僕の顔を見定めるように見つめる。


「坊主、あたしに食べられたくなきゃ、さっさと帰んな。もう今は夕方だ、夜になればここは大人の世界だ、さぁ」


僕は、笑った。出来るだけ、怪しく微笑んだ。


「そう、君に食べられるの。光栄だね」


そう言うと、女は少し目を丸くさせた。


「でもごめん。今はそんな気分じゃないんだ。僕は、僕専用の奴隷が欲しくて、ここまで探しにきたんだよ。父さんには内緒で」


「奴隷ねぇ。あんた、どこかのお貴族様かい?」


「それは秘密だよ。ねぇ、お姉さん、知らないかな? 奴隷を売っているところ、そう、人身売買をしているところ」


「知ってたとしても教えないよ。さぁ、とっとと帰りな」


この女は、どうやら居場所を知っているようだった。しかし口を割らない。どうする。脅すか? いや、脅したところで口を割るだろうか。


「悪いけど、帰らないよ。教えてくれないなら僕一人で探す」


女を横切ろうとした瞬間だった。

女は僕の布を引っ張り、よろけた僕を押し倒した。腰と背中を強く打った。女は素早く僕の上にまたがり、肘を僕の首にあてて身動きが取れないようにした。


「帰れって言ってんだろ、クソガキ」


僕は痛みに顔をしかめながら、女を強く睨んだ。


「帰らないって言ってるよね?」


女は鋭い目で僕を見下ろした。


「てめぇの興味本位で居ていい場所じゃねぇんだよ。そんなに人生を無駄にしたいのかい」


「悪いけど、どいてよ」


右腕は動かせる。僕は彼女の両目を素早く狙った。女は咄嗟に目をつぶった。怯んだ彼女の隙を見て、僕は右の膝で、彼女の脇腹を勢いよく打った。


女は鈍い声を上げて、脇腹を押えた。拘束が解ける。その隙に、僕は彼女の下から急いで離れて、立ち上がった。


「嘘を言ったことは謝るよ。僕の好きな人が人身売買に売られた。だから助けに僕は行く」


脇腹を押さえる女は、顔を上げて、歪に笑った。


「そうかい。そういう理由なら、あたしが連れてってやるよ」


「はぁ? 急になに。信用ならないから、断る」


「言ってくれるねぇ。ただで連れてってやるとは言ってないだろう。これは取り引きだよ。あたしは娼婦もやってるけど、情報屋としても動いてるのさ。信用は出来るさ」


「ふぅん、じゃあ金貨一枚でどう?」


女は脇腹を押さえながら立ち上がった。

僕は懐から金貨を取り出し、女に投げた。女は片手で受け取り、よく確認してから、にやりと笑った。


「良いよ。承った。ついておいで」


「ねぇ。どうして急に気が変わったの?」


不思議に思い、尋ねると、女は目を合わせずに言った。


「単なる気まぐれさ」


そこから僕は、黙って女の後をついて行った。右、左、左、右。蜘蛛の巣のように広がる裏通りは、どんどん陰気さを増していく。


そして、彼女は一軒のあばら家の前で立ち止まった。中には明かりがついていて、酒屋独特の賑わいが、路上まで漂っていた。

女はその中に入り、僕も続けて入った。


のれんをくぐると、薄汚れた身なりの男や女が、酒を飲んで楽しげに笑っている様子が見えた。


女は、店の店主と見られる男に話しかけた。


「面白い子を見つけてねぇ。自分専用の奴隷が欲しくて、ここまでやってきたそうだよ。ここに商人はいるかい?」


男の店主は僕をじろじろと見るなり、静かに壁の隅を指さした。その指の先には、黒い布を被った三人の男達が、身を寄せ合うように固まって酒を飲んでいた。


「さっ、頑張んなよ。坊主」


女は僕に耳打ちをしてから、外に出ていった。僕はその間に男達に近寄り、男達がいるテーブルに金貨を四枚置いた。


「ねぇ、君たちが人身売買してる商人? お金はこれで足りる? 女の子が欲しいんだけど」


急に現れた金貨を見つめていた男達は、僕の顔を訝しげにちらりと見た。男の一人が、金貨を一枚手に取り、真顔で口を開いた。


「どんな子がお好みで」


「直接見たいんだけど、駄目かな」


にっこりと笑うと、男も、にやりと笑った。


「良いとも。ついてきな」


男達は一斉に立ち上がり、僕を手招いた。僕はそのまま男達の後について行った。右、右、左、左。もう既に日が暮れて、真っ暗になっている路地を、男達は月光を頼りに悠々と歩いていく。


しばらく歩いていくと、鉄格子が窓枠にはめられた馬車が見えた。その馬車は箱型になっており、とても大きかった。


男達は、馬車の入口の扉の鍵を開いた。

馬車の中に、月光が差し込む。


「ここにいるのが、最近仕入れたばかりの娘たちだ」


僕は馬車の中には入らず、遠目でアンを探した。馬車の中には、首輪を繋がれて項垂れた男や女、子供が座り込んでいた。


月光を頼りに、よくよく探した。

見つけた。


「右から三番目にいる子、この子を貰うよ」


首輪を繋がれて項垂れていたアンが、そろそろと僕を見上げた。


男の一人が馬車の中に入り、アンの腕を引っ張る。


「毎度あり。この娘だな」


「そう。ありがとう」


さて。男達は、僕をこのまま帰すだろうか。

震えるアンの手を取り、引き寄せる。


すると、男の一人が笑った。


「そんなに警戒しなくても、金を払った奴にどうこうしようなんて考えてないさ」


「そう? 僕はてっきり、僕にも襲いかかって人身売買の商品にされるかと思ったよ」


「それも良いがな。女一人買うのに、金貨四枚だ。そんなに羽振りの良い客は、ほとんどいなかったからな。どうぞ、今後ともご贔屓に。そうだ、表通りまでお送りしようか」


「じゃあ、頼むよ」


僕の手を握り、小刻みに震えているアンを見た。顔は真っ青で、唇は青く、目は涙を溜めて潤ませていた。


「大丈夫だよ」


安心させるように言うも、アンは震えたままだった。


「行こう、僕の家へ」


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