溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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11.婚約者候補

公開日時: 2021年6月16日(水) 06:30
文字数:2,994


「シキズキ、ちょっといい?」

 もう、午後の休み時間に、彼の部屋を訪れる。いつもは午睡をしているが、今日は起きていた。


「最近、調子がいいみたいね」


「そうだね、姉さん。成長してきたからかな。もう少ししたら、庭を走ってみようかな」


「まぁ!散歩でさえ、あんなに辛そうだったのに。本当に、成長すると治る病気なの?」


「そうだって、お医者様も言っていたよ。でも、まだ半分も良くなっていない感じだけどね」


「そうなのね」


「で、姉さん、今朝はどうだったの?妖精には会えたの?」


 そう言えば、シキズキには何も伝えていない。あれだけ、二人で楽しみにしていた妖精にようやく会えたのに、彼に何も説明していなかった。


 シキズキに、妖精は蜂蜜色の髪の、トンボのような羽を持っていて、可愛らしい少年であったことや、条件の話をした。


「でもねぇ、中央の木の精霊も、妖精さんも、なんていうか、話す口調がね、ちょっと悪いというか、なんというか」


「へぇ~、そうなんだ。でも、意味は通じるんでしょ」

「まぁ、そうね。人外のものだから、そんなにお上品でなくても、驚かないけど、あそこまでひどいとは思わなかったわ」


「でも、祝福の祈りをしてくれそうなんでしょ、よかったね、姉さん」


「そうだけど、条件が難しくて。どうしよう…」


「姉さん、そんなに悩まないで、あの騎士様に涙目の上目遣いで「愛してる」って言えば、すぐに返ってくるよ」


「そ!そんなこと!私には、グレアム様という婚約者…候補の方がいるのに」


「固いこといわないで、結婚前に思い出を作っておきなよ」


「シキズキ…私には、そんな誠実でないことは出来ないわ」


「だったら、婚約者候補にしたら?」


「それは、その。まだお会いしたこともないのに」


「まぁ、そうだよね。僕もそれは止めて欲しいな」


「ね、どうしたものかしら」

 なかなか先に進むことのできない迷路に入ってしまったようだ。打つ手を迷っていると、一つの案内が届いた。


それは、婚約者候補である、グレアム・ソングフィールドが明日、訪問するという内容のものだった。



*****



 グレアム・ソングフィールドは、その日も父親からの説教に飽き飽きしていた。次期宰相候補と言われるほど、有能な人材として王宮では認められている。その自分がなぜ、対して価値のない伯爵令嬢と婚約しなくてはいけないのか。


 彼は、黄金の髪に、涼しげな目元には、翡翠の色の瞳をした美丈夫であった。リノリラは知らなかったが、現在社交界で、婚約者のいない独身男性で彼ほど注目されている者はいなかった。


 将来、国を背負う人材としても有力視されていたため、その結婚相手にも、自ずと注目されていた。だが、彼自身、色恋事よりも仕事が好きという性格から、これまでは浮いた噂もなかった。


 だが、ソングフィールド侯爵は、かつて祖母から聞いていたドース伯爵家からの恩義を忘れないように、という遺言を、今こそ実現する時と、息子であるグレアムの婚約を進めようとしていた。


 予想外のことに、ドース伯爵自身がこれに乗り気ではなく、今まで話が進まなかった。だが、ここに来てドース伯爵から、婚約について話を伺いたい、といった旨の連絡が来た。


「はっ、とうとう窮乏してきたということか。我が侯爵家に支援を受けるために、娘を差し出すとは。ははは、とんだ伯爵だな」


 グレアムにしてみれば、貧乏伯爵家の娘という、リノリラのことなど関心もない。祖母の遺言のために自分の人生を犠牲にしたくない。支援したいのであれば、無利子で貸すなりなんなり、すればいい。


 どうにかして婚約の話を無しにして、支援については適当に進めればいい、その話をするために、まずは伯爵に会ってみるか。そんな気持ちでドース家に訪問する日を決めた。





 その日は、朝から支度に時間がかけられた。いつもであれば、簡単に髪をとかすだけのものが、湯に入り、髪に香油をつけ、そして上等なドレスを着て待つことになる。上等、といっても深緑の、流行も何も関係のない形のものである。


「こんな感じかしら」


 普段は薄くしかしない化粧を、少し念入りに整える。着ている物も、装飾品もひと昔のものであるが、リノリラの儚げな美しさは、十分に表れている。


 そのお転婆な性格さえバレなければ、「幻の美姫」と言われている美貌である。が、あまり他人と接点のないリノリラは、己の外見にあまり関心がなかった。


「お嬢様、ソングフィールド様が到着されたようです。伯爵様が、お呼びです」


 いよいよ、将来の伴侶となるかもしれない方と、会うことになる。これまで、想像の範囲でしかなかった婚約が、現実になって迫ってくるようで、少し憂鬱な気持ちとなる。


 が、伯爵令嬢としては、ここで未来の支援先を失うわけにもいかない。気持ちを切り替えて、階段を一歩、また一歩と下りて行った。





 客室に入ると、まず眩しいほどの金髪が目に入った。


「失礼致します。リノリラ・ドースと申します」


 作法に沿って、挨拶をする。そして顔を上げると、リノリラを驚愕の目でみる深緑の瞳と、目が合った。とたん、彼はさっと目をそらすと「ここまでとは…」と小さく呟いたが、すぐに姿勢を戻して、リノリラに近づいてきた。


「グレアム・ソングフィールドです。夜会では、お目にかかったことがありませんね、はじめまして」


 挨拶に、と出したその手で、リノリラの右手をとり、その甲にフワッと唇を置いた。


「あっ、あの」


 手の甲にキスされるとは思わず、つい声を上げてしまう。リノリラが慌てる様子を見て、グレアムはふふっと微笑んだ。


 ティードも男らしくて、好ましい外見をしているが、どちらかというと武骨なところがある。だが、グレアムは知的な目と、常に微笑みを絶やさない風貌は、いかにも美丈夫である。彼には周りを圧倒するような美しさがあった。


「本日は、我が家までお越しいただき、ありがとうございました」


 弟も綺麗な顔をしているが、それとはまた別次元の美しさに、さすがのリノリラも驚いてしまう。こんな美しい人が、私の婚約者候補なのだろうか。


次期侯爵であり、未来の宰相候補と言われるほど有能な方が、こんな貴族とも言えない暮らしをしている私のことを、真剣に考えるとも思えない。


「ああ、ソングフィールド卿、座ってください。リノリラも、そちらに」


 父が二人の着席を促す。今日は、どこまで話が進められたのだろうか。


「リノリラ、こちらのグレアム・ソングフィールド次期侯爵殿が、お前との婚約を考えておられたが、いろいろと行き違いもあって、その、無理に…」


 婚約の話について、行き違いがあったというその言葉を遮るように、グレアムが言葉を発した。


「ドース伯爵、まずは、リノリラ嬢と二人で話をさせてください。そうですね、歴史のある庭を散歩させてもらえますか?」


「あ、ソングフィールド卿、そうですか。わかりました、リノリラ。卿に庭園を案内して差し上げなさい」


 戸惑っている様子の父が心配だが、今はソングフィールド卿の相手をしなければ。


「わかりました。ソングフィールド卿、こちらから庭園に」

「では、お言葉に甘えて」


 スマートな仕草で、リノリラをリードするために腕を出す。その腕に、そっと手を添えた。


「ふふっ、私がご案内するのに、リードしていただけるのですね」

 つい、ふわっと笑顔がこぼれる。


「あなたには、笑顔が似合いますね」

 グレアムは、眩しそうに眼を細めて、リノリラを見ていた。


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