溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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4.甘い声でささやく

公開日時: 2021年6月13日(日) 14:28
文字数:3,786


 次の日の早朝は、快晴だった。風も心地よい。シキズキはやっぱり熱があったので、休ませていた。


「姉さん、終わったら、話を聞かせてね」

 寂しそうな目をして、リノリラにねだる。

「もちろんよ、楽しみにしていてね」


そうしてリノリラは、待ち合わせの木の下に急いで行った。そこではもう、ティードが早朝の鍛錬をしているところだった。


「騎士様、お待たせしました」

「あ、大丈夫だ。ちょっと待ってほしい、あと少しで終わるから」


 そう言うと、片手だけで腕立て伏せをしていたティードは、続けて10セット行い、「はぁ」と一息ついてからリノリラの顔を見つめた。


「会えて嬉しいよ」


 ニコッと笑うと、リノリラもつられて「はい、私も」と、笑顔になる。その無邪気な笑顔に、ティードはまた心臓を止められるような痺れを感じた。


「リノ、俺のことは、ティードと呼んで欲しい」

「え、そんな、騎士様を名前でなんて」


「いいから」

「は、はい。ティード…様」


「どうした、リノ」

 その声は甘く響いていた。昨日会ったばかりの人なのに、その低い声から自分の名前を呼ばれると、心臓がドキドキしてくる。こんなことは、初めてだった。


「あの、妖精の話ですが、私の探している妖精のことは、何かご存じでしょうか」

「あ、ああ、そのことだが、祖母の話を思い出すと、どうやら公園の中央の建国の木が、昔は妖精の集まる木という話だった」


「え、あの中央の木ですか」

「ああ、だから、今日はそこに行ってみないか?」


 初めて具体的な情報が得られて、嬉しくなるリノリラであったが、中央の木は人目につく。女性である自分が木に登る姿を、あまり視られたくない。


「行って登りたいのですが、その…木に登る姿は、その、あまりみられたくなくて」

「ああ、今なら人も少ないし、俺も一緒に登ろう。そうすれば、早く登れるし、それほど注目もされない」


 え、という間もなく、早く移動しようということになり、二人は中央の木に行くことになった。


 中央の木は、建国以来の木ということもあり、その存在感は大きかった。枝ぶりもすごい。下から見上げても、葉が生い茂り、空など見えない。これだけの大木であれば、妖精のことも聞けるかもしれない。期待してしまう。


「じゃ、俺が先に登ってロープを垂らすから、それを離さないように。すぐに引き上げるから」

 ティードはそう言うと、ロープを使ってするすると登ってしまう。そして、初めの枝に立つと、ロープに輪を作り、下に垂らした。


「この輪に、足をかけて。大丈夫、これでも騎士だから」


 リノリラを安心させるように、笑顔を向ける。リノリラも、えいっと足をかける。人を一人、持ち上げるなんてすごい力が必要になる。リノリラも、少ないながらも魔力を使って、浮くようにした。


「はっ、よしっと。どうだ、すぐだろう」

 息を切らすこともなく、リノリラを引き上げたティードは、そのまま彼女の腰を持って、今度は木をのぼり始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください、自分で登れます」

 さすがに、ここから先は慣れている。だが、ティードは話を聞く間も与えず、リノリラを抱えたまま木の上に登っていく。


「さ、どうだ。この辺りなら、声が聞こえそうか?」

 木の中央辺りにまで来ると、さすがに下を見るのが怖くなる。リノリラは、ここまで高いところに登るのは、初めてだった。ティードの腰に腕を回し、必死にしがみついてしまう。


「あの、すみません。怖いので、ちょっと掴まらせてくださいぃぃ」

「いいぞ、俺も、捕まえておくから」


 そう言って、ティードもリノリラの肩に腕を回す。片方は落ちないように、木の枝を掴んでいた。


 このまま、彼女を捕まえておくことができればな、と思うティードであるが、そうした意図がわかってしまうと、きっとこの初心な娘は、逃げてしまうだろう。


 まずは、安心させて、自分のことを意識してほしい。―――その上で、先に進めればいい。


 ティードにしてみると、妖精のことは二の次で、この妖精のように可愛らしいリノリラを捕まえたい。その一心での協力であるが、そんなことに気づかないリノリラは、一生懸命に大木に話しかける。


**木の精霊、木の精霊、私は聞いています、声を聞かせてください**

 普段と同じように、言葉に魔力を乗せて、話しかける。


**木の精霊、木の精霊、私は声が聞こえます。どうか、妖精のことを教えてください**

 何度か話しかけると、精霊がリノリラに応えてきた。


**なんだ、お前、男連れか~**

「えっ?あ、はい」


 集中していたリノリラが、いきなり声をだして話始めたため、ティードも驚いてしまった。


「リノ、精霊が話しかけてくれたのか?」

「そうなんですが…」


「何を言った?聞いていいことなら、聞かせてほしいが…」

「えっと、男連れか?って」


「は?」


 木の精霊がなぜ、そんなことを聞いてくるのだろうか。不思議に思った二人だが、とりあえず会話を続けることにする。


**はい、男性と一緒です**

**そいつ、あんたの何?**


「えっと、私にとってティードさんは何者ですか、と聞かれました」

「・・・とりあえず、友人と答えておこう」


**友人です。警護騎士なので、私を守ってくれています**

**ケッ、そうかよ。朝っぱらから、木の上でおデートかい。いいご身分だな!**


「・・・あの、朝からデートしているのか、いいご身分だな、と言われました」

「それは、木の精霊が言うような言葉なのかい?」


「他の木の精霊は、こんなこと言いません。私も初めてです」

「・・・続けよう」


**あの、妖精のことを聞きたいのですが、何かご存じですか?**

**妖精って、あの幸せの妖精のヤローか?**


「妖精のことを訪ねましたら、何かご存じのようです」

「そうか、では続けてみよう」


**幸せの妖精を探しています。もしご存じでしたら、教えてもらえますか?**

**教えてやらねぇこともねーけどよ。条件がある**


「ええと、幸せの妖精のことを教えてくれるようですが、条件があると言っています」


**条件とは、何ですか?**

**そうだなぁ、明日また来ることができたら教えてやるよ。じゃぁな!**


「あ、条件は、明日おしえてくれるそうです」

 この会話を最後に、何度話しかけても木の精霊が応えてくれることはなかった。やはり、明日まで待たなくてはいけないようだ。


「仕方ありません。今日は帰りましょう。これ以上いても、意味がないようです」

「あ~、意味がない、か」


「はい、どうやら、明日でなければこれ以上、話ができないようです」

 それに、ティード様の時間も限られているでしょうし、と言いかけた先に、ティードが話しかけてきた。


「もう少し、座っていないか。あ~、ほら、木の気持ちがわかるような、気がするし」

「はい?そうですか?」


 ティードの提案に、リノリラはコテンと首をかしげて、不思議そうな顔をしている。


「でも、ティードさんの勤務の時間もあるでしょう」

「時間は、まだ大丈夫だ。朝の鍛錬の時間を、俺はいつも長めにとっているから」


 本当は、いつも遅刻ばかりしているから、とはさすがに言えない。


「ほら、風が気持ちいいだろう」

 サワサワと葉っぱ同士が重なり合う音がして、心地よい。


「それなら、もう少しだけ」

「うん、もう少し」


 ティードは、それとなくリノリラの肩を自分の方にぐっと引き寄せた。リノリラは、相変わらずティードの腰に手を回している。自然と、リノリラの身体をティードに預けるような体制になる。


 木の爽やかな匂いに混ざって、ティードの汗のにおいがする。さっきまで、鍛錬をしていたから、きっと汗もかいたのだろう。


 これほど近くに、これまで男性を感じることのなかったリノリラにとって、この距離は心臓に悪い。ドキドキしすぎて、恥ずかしい。


 でも、近くにいたい。ティード様の触れているところを、熱く感じる。


 どれだけ時が過ぎただろうか、それほど過ぎていないかもしれない。そんな時、ふとリノリラは顔を上げると、すぐそこにティードの精悍な顔があった。


「っあ」

 何かが頬を掠める。それがティードの唇であったことに気づくまで、しばらくかかった。


「人も増えてくるから、そろそろ、行こうか」

 お互い、耳の辺りを赤くした二人は、そろりそろりと降りていく。ティードが抱えてくれたので、登る時よりも簡単だった。


 最後は、ティードが先に下に飛び降り、そしてリノリラに自分の腕の中に飛び降りるように伝えた。


「大丈夫、俺が受け止めるから、飛び込んでおいで」


 木の枝から飛び降りることは慣れているし、なんなら魔力でちょっと浮くこともできる。でも、ティードの腕の中に飛び込んでみたい。そう思ったリノリラは、えいっと飛び降りた。


「きゃっ」

 どさっと音を立てて、リノリラをティードが受け止めた。その勢いに、思わずティードは尻もちをついてしまった。


「あぁ、ごめんごめん。ちょっと失敗したか。どこか痛いところはないか?」

 ティードの上に重なるようになってしまったリノリラは、その体勢に思わず赤くなってしまった。


「あ、あの。ありがとうございます。私は大丈夫です」

「そっか、受け止め損ねて、悪かったね」


 そう言うと、ティードはそっとリノリラの髪を一房にぎり、そこにキスをした。


「では、また明日の朝、ここで待っているよ」


 そう言うと、サッとティードは職場に向かって行った。その後ろ姿を、リノリラはぼぉっとしながら、見つめていた。


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