溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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19.薔薇の刺繍のハンカチ

公開日時: 2021年6月20日(日) 06:32
文字数:2,482


「ドース伯爵令嬢、次は私と」


 驚いて見上げると、その瞳を見つめるのは、紺碧の瞳をした、ティードであった。


「あっ」

「しっ」

 名前を呼ぼうとしたリノリラの唇を、だまって、といった風に人差し指で示す。


「君、今は私が誘っているのだが」

 相手を睨むように、グレアムがティードを見る。が、ティードはその視線を避け、リノリラに微笑んだ。


「よろしければ、ダンスを踊っていただけますか?」


 リノリラは無意識のうちに、ティードの手をとっていた。グレアムはその手をみて、さっとその場を離れた。ここで戸惑っていても、周囲に新たな噂話を提供するだけだ。


 次の曲が始まる。驚いたことに、ティードのダンスは完璧だった。


「運動ごとは、何でも得意なんだ」

 そう語るティードは、普段の汗臭い感じとは違って、ムスクの香りがした。いつもと違い、豪奢な服装の彼は、違った魅力を放っていた。


 そして、周囲からの視線も変わらない。それは、彼が今日の噂の中心人物でもあったからだ。

「ティード様、あたなは…貴族の末席だと言われていましたが」


「だまっていて、すまない。ようやく、父の許しが出た。後ほど、陛下に挨拶が済めば、正式に表明する」

「それでは、貴方が」

「そうだ、ヒーズグリム公爵家の隠れていた三男だ」


 ダンスは続く。ティードのリードに助けられて、緊張ばかりのリノリラも、この時は安心して踊ることができた。


「この時が、続けばいいのに」

 ティードの手をとって、歩むことができたら、どれだけ幸せだろう。だが、今、彼が公爵家の者と知った今、自分には手の届かない相手だ。王族とでさえ、結婚できる身分の男性と、自分のような借金まみれの伯爵令嬢が釣り合うわけがない。


「……続くさ。リノ。後で、話をさせてほしい」

「ティード様」


 ダンスが終わる。さすがに2曲続けて踊ったので、休みたい。誘ってくる男性はいるが、その男性陣を押し分けて、グレアムがリノリラの手をとった。


「もういいだろう、こちらへ」


 ティードはダンスが終わると、陛下と挨拶する時間となった為、その場を離れていった。





 グレアムの渡してくれた果実水は、冷たくてリノリラの喉を潤した。


「ありがとうございます、このヒール靴でのダンスは、踊り慣れていなくて」

「もう、私以外の男性と踊らなくていい」

 少し機嫌の悪い声で話すグレアムであるが、注目を浴びる二人である。


 そんな時、ヒール靴に慣れなかったリノリラは、つい、転びそうになってしまった。手に持っていたグラスの果実水を、ぴしゃっとグレアムのジャケットにかけてしまう。


「も、申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ」

 残りわずかであったとはいえ、何か拭くものを、と思ったリノリラは咄嗟にハンカチを差し出した。


「これは…」

 その刺繍を見たグレアムは、さっと頬を上気させ、リノリラの顔をみつめた。一瞬、わけのわからなかったリノリラであるが、彼が握っているハンカチの刺繍を見て、とっさにその意味を思い出した。白地に薔薇の刺繍のハンカチ、それを差し出していたのだ。


 グレアムは、そのハンカチをぎゅっと握り、胸のポケットに入れた。受け取ったのだ。


「あ、あの…私」

「……こちらへ」

 グレアムはリノリラの手をとって、人気のない庭園に出た。人の波から離れ、少し夜風が心地よい場所だった。


「君は、このハンカチの意味を知っているのか?」

「……はい」

 リノリラは、今夜、グレアムに「愛している」と言わせたかった。


―――思わず、ハンカチを渡してしまったけれど。グレアム様も受け取ってもらえたから、意味を知っている、ということよね。


 真の意味を知らないリノリラは、今だけでも愛の言葉を欲しいとうつむいていた顔を上げた。


「グレアム様、あの、私のこと愛」

 言い終わらないうちに、グレアムはぐっとリノリラを引き寄せた。


「たまらないな…」

 そう呟くと、グレアムは噛みつくようにリノリラの唇にキスをした。




 グレアムは唇をリノリラの首元に落とすと、そこには、自分のつけたものではないキスマークが残っていた。


「これは……誰がつけた」

「っあ」

 チョーカーをグイっと下げて、その痕をじっと見つめる。グレアムの瞳は冷えていくようであった。


「何を考えている。純情なようで、私をハンカチで煽り、しかしその首元には他の男からの痕を残している」

 先ほどまでの激しいキスをした人物とも思えない。怒りの目をしている。


「私、その……ごめんなさい」

「私は理由を聞いている」

 リノリラを問い詰める声は、鋭さを増してきた。


 その時、リノリラを探していたティードが、二人を見つけて庭園へ来た。


「リノ!ここにいたのか」

「ティード様!」


 リノリラは駆け出してティードの傍に行き、強く抱きしめられた。


「リノ…リーノ、大丈夫か?」

 リノリラを心配するその声は、甘く囁いた。


「ティード様、私…」

「もういい、大丈夫だ。俺が話をつける」

 一旦、抱きしめていた腕を離し、リノリラの腰を抱きながらティードはグレアムに向き合った。


「君は……蒼の貴公子か。彼女は私の婚約者だが、それを知っての行動か?」

「まだ、正式な婚約者ではないだろう」


「……時間の問題だ」

 お互いを牽制しあうように、言葉を選ぶ。


「俺は、彼女を……リノリラ・ドースを愛している」

「ティード様!」


 今にも二人が決闘でもしかねない雰囲気のところに、パァッと光が一瞬輝いた。


「おめでとー!リノリラちゃ~ん!条件クリアだね!」

 そこには羽をヒラヒラさせて、ニコニコとしている幸せの妖精が現れた。


「なっ、なんだ?」

 グレアムは初めて見る妖精の姿に、驚いてひるんでしまった。


「じゃあ、祝福のお祈りしてあげるね~」

 そう言うと、さっと手をかざして、妖精はリノリラに向けて祈り始めた。


「イドレ・グロデ・ウル・ズリーム!」

 手のひらから、何か白い光が雪のようにでて、リノリラを一瞬包み、すぐに光は消えた。


「これは…何ですか?」

「僕からの祝福!リノリラちゃんの願いをかなえているよ!」

「本当ですか?」

「じゃぁね~」


 リノリラが問いかけると、それに応えることなく幸せの妖精は、姿を消してしまった。残された3人は、驚きのあまりその場に立ちすくんでいた。



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