溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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3.弟の魔力

公開日時: 2021年6月13日(日) 11:20
文字数:2,211


 リノリラは家に帰るとすぐに、いつものように弟のシキズキが休んでいる部屋に立ち寄った。


「シキズキ、入るわよ」

「はーい、姉さま。ちょっと待ってください」


 中から、少し慌てたような声で返事が返ってくる。今までは、日中でも寝ていることが多いので、返事があったことが嬉しい。


「もう、いいかしら」

「はい、大丈夫です」


 部屋の中は、シキズキの好きなものが飾られている。多くは、外国の絵や、風景だ。彼は生まれてから、魔力だまりの為に発熱してばかりで、この屋敷を出たことすら、あまりなかった。


 とはいっても、ドース伯爵家にとって、大切な跡取り息子である。成長すれば、身体も丈夫になるだろう、そうすれば、外国に行くこともできるかもしれない。希望を持って、彼は外国の絵を飾っていた。


 魔力だまりとは、魔力の強い子どもが生まれた場合、その魔力を上手く循環させることができず、身体の中に貯めてしまう状況のことだ。そのため、ひどく高い熱がでることが多い。


 その症状があることから、シキズキがすでに強い魔力を保有している証明であった。そして、熱は13歳になっても未だ、続いていた。それだけ魔力の保有量が多いのであるが、姉のリノリラにとっては、心配でしかなかった。


「姉さん、今日も精霊と話をしたの?」

「ええ、今日は、王立公園の木に登ってみたわ」

「王立公園か。家から出てみて、どうだった?」


 ベッドに横たわりながら、リノリラをみつめる。シキズキは、姉と同じく銀色の髪だったが、瞳は魔力の高さを伺わせるように、黒かった。


「うん、精霊の声は聞こえたけど、あまり大したことはわからなかったわ」

「なんだったの?」


「あ、でも、今日は変わっていたかな。ふふ、運命に出会う、ですって」

「運命に出会う」


「そう」

 シキズキは、リノリラの話は何でも素直に聞いてくれる。精霊の話も、話半分にしか聞いてくれない両親より、熱心に聞いてくれる。


「そういえば、変わった人にも会ったわ」

「え?」


「護衛騎士の方が、たまたま木の下にいて、困っちゃったの」

「姉さんが登っていた木の下にいたの?」


「そうなのよ、だから、降りるに降りられなくなっちゃって」

「で、どうしたの?」


「仕方ないから、どいてください、って声かけて、魔力を使って降りたわ」

「‥‥姉さんがドース伯爵家の令嬢だって、ばれなかった?」


 弟も、やはり一番気になるのはそこであった。木に登る伯爵令嬢など、聞いたことがない。バレたら困るのは姉だ。


「それは、大丈夫だったと思うわ。あ、でも明日も会う約束をしてしまった」

「え?姉さん」


「だってね、妖精を探している話を、きちんと聞いてくれたのよ。彼」

「それは…姉さんだからだよ」


 シキズキは、リノリラが世の中の男性にとって、非常に魅力的な外見をしていることに、本人が気付いていないことが心配であった。


「明日は、だれかお供を連れて行ってね、でないと心配だよ」

「大丈夫よ、彼、警護騎士よ?悪人をやっつける側の人よ」


「そうかもしれないけど…」

 男はいつでも狼になる。が、それを伝えても、この能天気な姉は理解できないかもしれない。


 でも、いつまでも屋敷に閉じこもってばかりいる姉が、珍しく興味を持ったようだ。それに、精霊のことばのように、もしかしたら彼が「運命」なのかもしれない。シキズキは、その可能性を考えると、その警護騎士に会いたくなってきた。


「姉さん。その人が悪い人でなかったら、僕も会ってみたいな」

「え?シキズキ?」


「元気なら、僕も公園に行きたいけど」

「そうね、熱がなかったら、外出できるかもしれないわね」


 弟の年齢であれば、もう騎士を目指す子などは、朝早くから鍛錬を行う。それに比べると、シキズキは家の庭でさえ、十分に散歩する体力もない。その彼が、現役の騎士に会うことが、いい刺激になればいいが、反対に落ち込ませてしまう可能性もある。いろいろ考えると、まだ難しそうだ。


「明日の朝、決めましょうね。もし明日が難しくても、会える場を考えてみるわ」

 そう言うと、リノリラは「おやすみなさい」と言って、弟の部屋をでるのであった。



 ******



「ふぅー、これ、どうしようかしら」


 白い手袋を見て、考える。洗ってから返すべきだろうか、それともこのままでいいのか。侍女のエリーに相談すればいいのだろうが、そうするとティードのことを根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。


 せっかく、妖精の話ができる人がいたのに、余計なことを心配されて、会うのを禁止されたら、それこそ情報が得られなくなってしまう。


 知識のない自分が洗って、変に変色させてもいけない。やはりこのまま渡そうと思い、袋に入れようとしたところで、手袋についている紋章を見つけた。


 ヒナギクの紋章…それは、王弟であるヒーズグリム公爵を表す。でも、彼はティード・ローワンと名乗っていた。公爵家の名前ではない。


 ヒナギクではないのかもしれない。まさか、高位貴族であるヒーズグリム公爵に関係する人と、知り合うとも思えない。万一、ヒーズグリム公爵の息子だとしたら、彼のいうおばあ様とは、前王妃という可能性もある。


「ふふ、まさかね。そんなこと、あり得ないわ」

 

 とにかく、一刻も早く幸せの妖精を探し出したい。明日、ティードからそのヒントが得られると嬉しいな、と思ったとたん、彼の紺碧の瞳を思い出す。


「素敵な色だったな」

 髪から服装まで、青を纏った彼を思い出したとたん、ほわんと暖かい想いを感じるリノリラであった。


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