溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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18.王宮での夜会

公開日時: 2021年6月19日(土) 20:32
文字数:2,361


「はぁ、明日は夜会かぁ。どうしよう、妖精の条件…愛している、なんて、男性に言わせるなんて」


 期限の2週間まで、あと2日しかない。こうしてみると、明日の夜会で、やはり言ってもらうことができれば。


「冗談でもいいから、言ってくれないかなぁ」

 朝からため息しか出ない。


「お嬢様、お悩みの様子ですが、理由は先日の質問のことですか?」

 侍女のエリーが、いい話があります、と言って話しかけてきた。


「実は、庶民の間での流行なので、夜会に来られるような貴族の皆様がご存じかどうか、わからないのですが…」

「いいわ、この際。なんでも教えてくれる?」


「はい、実は、白い生地に赤い薔薇の刺繍のあるハンカチの、その薔薇の部分を見せると、どうやら「愛しています」という意味になるようです」


「え、それって、もう少し詳しく教えてくれる?」

「はい、なにやら小説の類からの真似らしいのですが。薔薇のハンカチを意中の異性に見せて、そのハンカチを受け取った場合は、私も愛している、という意味のようですよ」


「そうなの、そうしたら、急いで用意しないとね」

「お嬢様、お渡ししたい相手がいらっしゃるのですか?」


「あ、ほら、婚約者候補のグレアム様。何かしら、私からも意思表示できないかと思って。でも、直接伝えるのも恥ずかしいし…でも、ハンカチを渡すだけなら、出来そうだわ」


「そうでしたか、よかったです。お役に立てれば」

「ありがとう、エリー。教えてくれて」


 エリーも知らなかったのだが、この赤い薔薇のハンカチの本当の意味は、「私とエッチして」という意思表示であった。もちろん、受け取るということは「エッチしよう」という、合意の意思表示である。


 そんなことにも気づかず、リノリラは懸命に赤い薔薇を、白いハンカチに刺繍するのであった。


 元気になりつつあるとはいえ、シキズキを健康にしてほしい。そのための祝福を得るには、自分に「愛している」、と言ってくれて、後々問題のない人を探さないといけない。嘘でもいい、騙してでも、言わせなくては。


 それをできそうな相手と言えば、グレアム様しかいない。そう思うリノリラであった。



*****



 夜会当日、リノリラは直前に届けられた深紅のドレスに、黒のチョーカーをつけた。首元には、翡翠が一つ、光っている。この日のドレスは、流行の胸元に少しスリットの入った形のマーメイドラインのドレスであった。髪を片側に寄せて、少しウェーブさせている。


 普段、妖精にたとえられる様に可憐な姿の多いリノリラであったが、今日は小悪魔的な美しさを持った、美女であった。「傾国の美女」と言われていた祖母の再臨を思わせるほどであった。


 迎えに来たグレアムは、そのドレスに合わせて、黒に銀色の刺繍のついたコートを纏っていた。彼自身も、流れるようにまっすぐな金髪を、今日はおろしていた。リノリラと二人が並んでいると、そこだけまるで別世界のような雰囲気を醸し出している。


「今日は、一段と美しいよ。私の可愛い人が、妖艶な美女になってしまった」

「そんな、グレアム様が用意していただいた、このドレスのおかげです」


 褒められ慣れていないリノリラは、やはり恥ずかしい。が、今日は最新のドレスを着ているから、衣装のことで笑われることはないだろう。


化粧もドレスに合わせて、普段より濃い目になっている。鏡の中の自分は、見たこともない姿であった。


 侯爵家の馬車に乗り、二人で王宮へ移動し、グレアムのエスコートで王宮のホールへと足を運んだ。


 ホールに入った途端、そこにいる人々の視線が集まる。まずは、グレアム・ソングフィールドへ。そして、その彼が連れてきている隣の美女へ。皆、二人の美しさにため息しか出ない。


 また、これまで特定の女性との噂話のなかったグレアムが、初めて女性をエスコートしていることに、驚きあった。相手の女性は誰か?と皆囁き合ったが、だれもその美女の名を正しく知っている者は、いなかった。一人を除いて。


 蒼色のコートジャケットを着こみ、胸には公爵を表す徽章をつけた、噂のヒーズグリム公爵家の三男であるティードを除いては。誰も彼女が、リノリラ・ドース伯爵令嬢とは、気がつかなかった。





「では、ファースト・ダンスを」

 グレアムは、そっと手を出してリノリラをダンスに誘う。リノリラも、久しぶりに踊るが、グレアムのリードのおかげで、何とか形になった。


「すみません、私、ダンスは苦手で」

「いいですよ、私に寄りかかってください」


 息がかかるほどに密着するのが、恥ずかしい。ホールに入ってから、常に視線が絡んでくる。


「あの、毎日お花を届けてください、ありがとうございました」

「なに、本当であれば、私が毎日届けて、君の顔を見て渡したかったのだが。生憎多忙で」

「お気持ちは、届きました。ありがとうございます」

 ステップを踏みながら、足を踏まないように気を付ける。時々、間違えそうになるが、そこはグレアムが上手にリードしてくれた。


「グレアム様が、こんなにも有名な方とは知らず、申し訳ありません」

 先ほどから、ひそひそと貴族たちが噂しているのは、自分のことだ。それだけ、グレアムが知られているということでもある。


「ははっ、今日は皆に噂話を提供しているだけだ、気にすることはない」

 グレアムにしてみれば、予想していた反応だ。当初は乗り気ではなかった婚約話だが、相手がリノリラであれば、十分に満足のいく話だ。社交界に擦れていないのもいい。


 曲が終わると、周囲の男性陣がそわそわしているように見える。次にリノリラをダンスに誘おうとしているようだ。


「リノリラ嬢、もう1曲続けても?」

 2曲続けて踊るということは、特別な間柄であることを示す。未婚であれば婚約者同士か、それに近い恋人など。


 誘われて戸惑ってしまうリノリラの手をとったのは、蒼色をまとった紳士であった。



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