溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
退会したユーザー ?
退会したユーザー

16.お礼のワイン

公開日時: 2021年6月18日(金) 20:32
文字数:1,970


「ティードさ、ま」

 声が震える。まさか、あの距離から見つけられるとは。


「君を見逃すハズはない」

 受付から連絡があったから、実は探していた、とは言わなかった。彼はリノに会うために、少し無理をして試技訓練を早めに終わらせていた。リノリラとシキズキ、銀色の二人の髪は、遠くからでもよく目立っていた。


「あの、これを返そうと思って」

 リノリラは、持っていたカバンから小さな包みを出した。中には、手袋が入っている。


「それは、受け取れないと言っただろう」

 ティードも、中身が手袋とわかったようだ。彼にしてみると、それはリノと彼を結ぶ、証拠のようなものだ。今は受け取れない。


「でも。私…」

 そう言うと、壁を背にして立っていたリノの、顔の横を両腕で挟むように、ダンっと壁に手を付けた。


「君は、どうして諦めようとするんだ…」

 苦し気な声を、絞るように出すティードがいた。


「諦めるも何も。……私たち、何も始まっていないわ」

 リノリラも、両目に涙をためながらも、泣かないように、こらえて言葉をだす。


「リノ、君が、好きだ。この気持ちは変わらない」

 真剣な目をして、リノリラを見つめる。


「ダメなの、私。あなたを忘れないと、いけないと思って……」


「忘れる必要はない。俺が、君を支える」


「ティード様……、っ、私」

 涙が、堰を切ってこぼれだす。本当は、この手をとって、この腕で抱きしめてほしいのに。


「リノ……キス、したい」

 答える前に、ティードの柔らかい唇が、リノリラの唇に重なる。


 突然するのはダメ、と彼に伝えた時、「では、事前に言えばいいのだな」と言っていた。確かに、事前に聞いてくれるけど、答えを聞かないでキスするなんて。


「リーノ、俺の、リーノ…」

 甘い吐息と共に、ティードの唇が触れるところが、熱い。首筋をキスされていると、チリ、と痛みがあった。


「あっ」

 痛い、という間もなく、ティードは顔を離す。そして、首筋に赤く残るキスマークを見て、ニヤッと笑った。


「俺のものだ」

 そう言うと、赤い痕を、手袋をつけた手でつーっとなぞった。リノリラは、何をされたのか初めはわからなかったが、ティードの顔を見て、自分に痕をつけられたことがわかると、真っ赤になりながら抗議した。


「もうすぐ、夜会なのに!こんなところ、目立っちゃう!」

「はは、だからだよ。男除けだ」

「そんな、男除けだなんて……エスコートしてくれる方は、もう決まっているのよ」


 そう言うと、ティードの瞳に、さっと怒気が混ざった。


「そいつは、婚約者候補、ってやつか」

 低い声が、さらに低くなる。同時に、チッと舌打ちする音も聞こえた。


「そうなの。だから、もう……」

 貴方とは会えない、と言おうとしたところで、ティードがすぐに声を上げた。


「会えない、とは言わせない。リノ」

 ティードはまた、リノリラの唇を塞ごうとしたところで、後ろから声がかかる。


「姉さん、そちらの方が、ティード様なの?紹介してくれるかな」

 シキズキが、出口から出てきていた。


 慌てたリノリラは、近づいていたティードの胸をそっと押して身体を離すと、シキズキに紹介した。


「そ、そうなの。シキズキ、こちらがティード・ローワン様。お世話になった方よ。で、ティード様、こちらがシキズキ、私の弟です」


 二人を紹介すると、シキズキとティードは、初めて会ったかのごとく微笑んで握手をした。しかし、お互いの目は笑っていなかった。


 ティードは、「ちょうどいいところで邪魔をして。どうせ初めからみていたのだろう、もう少し触れさせろ、このエロガキ」と思って握手する手を強めた。


一方、シキズキは「姉さんが流されやすいからって、キスが長いんだよ。キスマークも残して、このエロおやじめ」と、握る手に魔力を込めた。


「うっ、イテテ」

 シキズキの魔力に思わず反応してしまったティードは、笑顔ながらも「君、なかなか強いね」と丁寧に対応するフリをしていた。


「姉さんがお世話になったようですね、こちらは我が領地の名産の、ワインです。お礼と思い、お持ちしました。どうか受け取ってください。」


 シキズキは丁寧な言葉使いで、本来の目的のとおり、お礼と思って用意したワインを渡した。


リノリラは、本当は手袋も返したかったが、この調子では難しいだろう。


「わざわざ、痛み入ります。今度は、一緒に飲みましょう」

 と、弟のシキズキを酒場に誘う。シキズキにしてみると、そう言った付き合いをすることも、誘いも初めてだ。


 弟とティード様、不思議な感じだが、会うことが出来て良かったのかもしれない。二人が打ち解けて話をしている様子は、単純に姉として嬉しかった。


「では、まだ仕事中なので失礼する。……リノ、次は夜会で」

 と、名残惜しそうな顔を一瞬したが、そのままティードは職場に戻っていった。リノリラも、あまり長居をしてシキズキが熱を出してもいけないから、と、まっすぐに帰路についた。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート