「ティードさ、ま」
声が震える。まさか、あの距離から見つけられるとは。
「君を見逃すハズはない」
受付から連絡があったから、実は探していた、とは言わなかった。彼はリノに会うために、少し無理をして試技訓練を早めに終わらせていた。リノリラとシキズキ、銀色の二人の髪は、遠くからでもよく目立っていた。
「あの、これを返そうと思って」
リノリラは、持っていたカバンから小さな包みを出した。中には、手袋が入っている。
「それは、受け取れないと言っただろう」
ティードも、中身が手袋とわかったようだ。彼にしてみると、それはリノと彼を結ぶ、証拠のようなものだ。今は受け取れない。
「でも。私…」
そう言うと、壁を背にして立っていたリノの、顔の横を両腕で挟むように、ダンっと壁に手を付けた。
「君は、どうして諦めようとするんだ…」
苦し気な声を、絞るように出すティードがいた。
「諦めるも何も。……私たち、何も始まっていないわ」
リノリラも、両目に涙をためながらも、泣かないように、こらえて言葉をだす。
「リノ、君が、好きだ。この気持ちは変わらない」
真剣な目をして、リノリラを見つめる。
「ダメなの、私。あなたを忘れないと、いけないと思って……」
「忘れる必要はない。俺が、君を支える」
「ティード様……、っ、私」
涙が、堰を切ってこぼれだす。本当は、この手をとって、この腕で抱きしめてほしいのに。
「リノ……キス、したい」
答える前に、ティードの柔らかい唇が、リノリラの唇に重なる。
突然するのはダメ、と彼に伝えた時、「では、事前に言えばいいのだな」と言っていた。確かに、事前に聞いてくれるけど、答えを聞かないでキスするなんて。
「リーノ、俺の、リーノ…」
甘い吐息と共に、ティードの唇が触れるところが、熱い。首筋をキスされていると、チリ、と痛みがあった。
「あっ」
痛い、という間もなく、ティードは顔を離す。そして、首筋に赤く残るキスマークを見て、ニヤッと笑った。
「俺のものだ」
そう言うと、赤い痕を、手袋をつけた手でつーっとなぞった。リノリラは、何をされたのか初めはわからなかったが、ティードの顔を見て、自分に痕をつけられたことがわかると、真っ赤になりながら抗議した。
「もうすぐ、夜会なのに!こんなところ、目立っちゃう!」
「はは、だからだよ。男除けだ」
「そんな、男除けだなんて……エスコートしてくれる方は、もう決まっているのよ」
そう言うと、ティードの瞳に、さっと怒気が混ざった。
「そいつは、婚約者候補、ってやつか」
低い声が、さらに低くなる。同時に、チッと舌打ちする音も聞こえた。
「そうなの。だから、もう……」
貴方とは会えない、と言おうとしたところで、ティードがすぐに声を上げた。
「会えない、とは言わせない。リノ」
ティードはまた、リノリラの唇を塞ごうとしたところで、後ろから声がかかる。
「姉さん、そちらの方が、ティード様なの?紹介してくれるかな」
シキズキが、出口から出てきていた。
慌てたリノリラは、近づいていたティードの胸をそっと押して身体を離すと、シキズキに紹介した。
「そ、そうなの。シキズキ、こちらがティード・ローワン様。お世話になった方よ。で、ティード様、こちらがシキズキ、私の弟です」
二人を紹介すると、シキズキとティードは、初めて会ったかのごとく微笑んで握手をした。しかし、お互いの目は笑っていなかった。
ティードは、「ちょうどいいところで邪魔をして。どうせ初めからみていたのだろう、もう少し触れさせろ、このエロガキ」と思って握手する手を強めた。
一方、シキズキは「姉さんが流されやすいからって、キスが長いんだよ。キスマークも残して、このエロおやじめ」と、握る手に魔力を込めた。
「うっ、イテテ」
シキズキの魔力に思わず反応してしまったティードは、笑顔ながらも「君、なかなか強いね」と丁寧に対応するフリをしていた。
「姉さんがお世話になったようですね、こちらは我が領地の名産の、ワインです。お礼と思い、お持ちしました。どうか受け取ってください。」
シキズキは丁寧な言葉使いで、本来の目的のとおり、お礼と思って用意したワインを渡した。
リノリラは、本当は手袋も返したかったが、この調子では難しいだろう。
「わざわざ、痛み入ります。今度は、一緒に飲みましょう」
と、弟のシキズキを酒場に誘う。シキズキにしてみると、そう言った付き合いをすることも、誘いも初めてだ。
弟とティード様、不思議な感じだが、会うことが出来て良かったのかもしれない。二人が打ち解けて話をしている様子は、単純に姉として嬉しかった。
「では、まだ仕事中なので失礼する。……リノ、次は夜会で」
と、名残惜しそうな顔を一瞬したが、そのままティードは職場に戻っていった。リノリラも、あまり長居をしてシキズキが熱を出してもいけないから、と、まっすぐに帰路についた。
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