「で、君は何者かな?」
ティードは、後ろを振り返らずに問いかけた。先ほどから、木の上から誰かの気配を感じていた。
「うわ、やっぱり現役の騎士は違うね」
そう言いながら、木の上からバサッと降りてくる。まだ青年になり切れていない、少年であった。
パン、パンと身体についていた葉っぱを払い、手を髪の上におくと、蜂蜜色のカールした髪が、銀髪に変化していく。その顔は、どこかリノリラに似ていた。
「君は、誰だ?」
「ああ、初めまして。僕は、シキズキ・ドース、リノリラの弟、と言えばわかるかな」
そう言って笑顔で手を差し出す少年に、ティードは緊張を解いて、その手をとって握手した。
「俺は、ティード・ローワンで、第2警護騎士団に所属している」
「あれ?ティード・ヒーズグリムじゃないの?」
シキズキは、微笑みながら口角をくっと上げた。無邪気な顔をしながら、ティードにとって一番の秘密を暴く少年を、きっと睨みつけた。
「…なぜ、それを」
「僕の魔力が強いこと、姉さんから聞いていると思うけど。僕、最近使い魔も使えるようになって」
そう言って、シキズキは黒く小さな鳥を肩に乗せた。
「姉に近づく騎士様の素性くらいは、調べさせてもらったよ」
黒い瞳を、細めてにっこりと笑う様は、魔術師のものだった。
「あ、別に僕は反対しているわけじゃないよ。むしろ応援している、かな」
「弟は、病気がちだと聞いているが」
ティードは、調べるように質問した。
「ああ、姉さんの前では、そうしたフリしているからね。でも、半分は本当だよ。まだ万全じゃない」
確かに、顔色はまだ青白さが残っている。
「騎士様に、二つお願いがある。叶えてくれたら、姉のこと、協力するよ」
「なんだ?」
「僕が寝込んでいるのは、魔力だまりが消化できなかったから、だけど、それを消化する方法は知ってる?」
「あまり、詳しくはないな。成長すれば消化しやすくなる、としか」
「ふーん、そうか、やっぱりあまり知られていないんだね」
「どうやって消化するんだ?」
「射精する」
「は?」
「精通して、精子を吐き出せば、魔力が安定していく」
姉に似て、美しい顔をしている少年から、思わぬ言葉が飛び出した。
「僕もやっと、精通したから、頑張って吐き出しているんだけどさ。…オカズが少なくて」
「オカズ…」
「そう、騎士様なら、刺激的な女体本とか、持ってるかなぁって」
こういうのを、開いた口がふさがらない、というのだろうか。
「いや、まぁ、あるにはあるが」
「じゃ、それ貸してくれないかな。うち、そういうのに気が利かなくて、困っていたんだ」
どうやら、シキズキの趣味はちょっと特殊らしい。巨乳も好きそうだ。いや、それは今聞きたいことではないが…
「で、なぜ妖精のふりをした?」
ここで、一番の疑問をぶつけてみる。髪の色といい、どう考えても彼が幸せの妖精のふりをしていたとしか思えない。
「はは、姉さん単純だからさ。幸せになって欲しいだけだよ」
そう言うと、くくっと笑う。その顔つきを見ると、将来はかなり腹黒な魔術師になりそうだ。
「で、二つ目のお願い。姉さんに騙されて欲しい」
「は?」
「姉さんに、ある言葉を男性から言ってもらうこと、それが条件と伝えた」
「それは何の言葉だ?」
「それは、教えられない。自分で考えて。はは、姉さんには、騙してでも言わせてね、と伝えたから」
「…騙されたふりをしろ、ということか」
「まぁ、そうだね。本心からでもいいけど」
「それは、俺でないとダメなことか?」
「そうじゃないよ。だから、気を付けてね。姉さんが他の人、騙そうとするかもよ」
「…婚約者、という奴か」
「婚約者候補だよ。正確には。まだ何も約束していない。相手側から打診があっただけだ」
「相手を知っているのか?」
「その情報は、女体本のクオリティーにもよるかな」
少年というのに、この俺と対等に交渉してくる。
「わかった。何とかしよう」
そう言うと、使い魔で連絡しあう方法を確認した。
「あー、リノに伝えてほしい。俺は、毎朝この木の下で鍛錬している、と」
「はは、期待しないでね。姉さん、結構、頑固だからさ」
そう言って、彼は手をひらひらと振って、去っていった。
その姿を見ながら、この先、すべきことを考えながら俺は急いで職場へと向かった。
*****
リノリラは、目の前に置かれた本を見ていた。
「愛のすべて」
「愛するとは」
「君もこれで愛を手に入れることができる!」
他にもあった。が、それらをチラリと読んでも、やはりいい案が思い浮かばない。
「こんなにも、難しいとは思わなかったわ。シキズキなら、すぐに姉さんのことを愛しているよ、って、言ってくれそうなのに」
家族はダメだなんて。では、誰に言ってもらえば、問題なく済むのか。
「婚約者になる方なら、問題ないのかなぁ」
といっても、まだ会ったことも話したこともない。そんな人に、2週間以内に「愛している」と言ってもらえるような状況にできるだろうか。
一人で考えていても、仕方ない。こうしたことは、侍女のエリーに聞いてみるのがいいかもしれない。
「エリー、あなたに聞きたいことがあるのだけど」
「はい、お嬢様。何ですか?」
幼い頃から、お世話をしてくれている彼女なら、適切なアドバイスをもらえそうだ。
「あの、男性から「愛している」と言ってもらうには、どうしたらいいのかしら」
「はい?お嬢様、どうされたのですか?」
仕方がないので、幸せの妖精から、祝福の祈りをもらう条件だ、という話をする。王立公園の、中央の木に登ったことはさすがに注意されたが、ティードのことは伏せておいた。
「そうですね、自分を愛している方に、「愛しているわ」とはっきり言えば、大抵は「愛しているよ」と返してもらえると思いますが」
「そうよね、でも、問題は、今現在、家族以外で私を愛してくれている男性が、いないことなのよ」
「そうですね。執事も庭師も、お嬢様がそんなことを伝えたら腰を抜かしてしまいますわ」
「うーん、やっぱり難しいわね」
二人で悩んでも、やっぱりいい案が思い浮かばない。これは、男性の視点も必要かもしれない。男性といっても、シキズキでは幼いかもしれないが、年齢の割に大人びたところもある少年だ。聞いてみるだけ、聞いてみよう。
そう決めると、彼の休む部屋へと移動した。
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