溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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21.二人の夜

公開日時: 2021年6月20日(日) 20:33
文字数:2,511


 宿舎の少し前で馬車を下りると、ティードはフード付きのマントをリノリラに渡した。


「そのドレスは、ちょっと目立つからな」

「あの、ここは女性が入ってもいいのですか?」


「あ?ん~、まぁ、なんだ。公然の秘密、ってやつだ」

 どうやら、騎士の面々は、恋人を連れ込むことも多々あるらしい。たとえ廊下で出会っても、無視をするのが礼儀らしい。


「俺は、連れ込んだことはないぞ。リノが初めてだ」

 そう言って耳の後ろを赤くしているが、本当かどうか怪しいところだ。でも、今夜は問い詰めないことにしておく。


 手を握って、前を歩くティードの後をついていく。恥ずかしいので、フードを深めにかぶっておく。ちょうど夜会のため、警備に出ている者が多いのか、廊下ではだれにもすれ違うことがなかった。


 だが、部屋に入る手前で、ティードは運悪く隣の部屋から出てきた親友に声をかけられた。


「おい、ティード。今日は夜会じゃないのか?」

 親友とも、悪友ともいえる、セルゲイであった。


「ちょっ、お前…珍しいな」

 マントを深めにかぶり、後ろを控えめについてくる女性をみつけると、セルゲイはその顔を覗き込んだ。


「なんだよ、妖精っていうより、美人なお姉さんじゃねぇか」

「…妖精だよ。あんま見るな」

 ティードはしっ、しっと手を振って、セルゲイにどっかいけ、と言わんばかりだった。


「わかったよ。俺、今から飲みに出かけるから、あ~、なんだ。深夜まで帰らないからな。お嬢さんも、声、気にしなくていいよ。ティードの部屋、隅っこで俺が隣だからさ」

 

 そう言うと、「酒代は奢れよ」とティードを小突きながら、セルゲイは手をひらひらと振って、出かけて行った。


 ティードはその後ろ姿をみると、「助かった…」と呟いた。



*****



「リノ、ここだ」

 宿舎の隅の部屋の、扉を開けた。リノが中に入った途端、かぶさるようにティードが抱き着いてきた。


「このドレス、脱がしても平気か?」

 今更のように、ティードが聞いてきた。


「えっと、手伝ってくれれば、また着ることできると思う。だから、乱暴にしないで…」

 そう言い終わらないうちに、ティードはリノリラの唇を奪った。

 

「あの、脱ぐとすごいって、ドレスのデザイナーさんに言われたけど。見てみる?」

「見る!」


 すぐに顔を上げると、ティードは今更のように部屋の中にリノリラを案内した。


 部屋の中は、男性の部屋にしてはこざっぱりとしている。普段は寝るだけだから、と、趣味の類の物もないらしい。一人暮らしらしい、机とベッドと、クローゼットくらいしかない。


 男性の部屋といっても、シキズキしか知らないので、新鮮な感じがする。匂いは、いつものちょっと汗臭いような、ティードの匂いがした。


「あ、まだワイン、開けていなかったのね」

 お礼と思って渡したワインが、そのままボトルで残っていた。


「ああ、飲んでしまったら、関係が終わるような気がして、飲めなかった」

 そう言いながら、ティードはリノリラのドレスを脱がせにかかる。背中でとめてあるボタンを、一つ一つ、外していく。


「あの、侍女にはどうせわかっちゃうから、帰りはコルセットを外していくわ。多分、ドレスは着られるから」


「わかった。心配かけるが、大丈夫だ。……責任はちゃんととるから」

 グレアムは、真剣な目をしてリノリラを見つめた。


「このチョーカー、やっぱりアイツか」

 翠の翡翠の石は、グレアムの瞳を思い出させる。


「うん、今回のドレスもだけど。宝石とか、返却しないと…」

 そんなお金、伯爵家にあるだろうか。と、ちょっと不安に思わなくもない。


「大丈夫だ、俺がなんとかするから。……これは、俺の色だろ」

 そう言うと、蒼いガーターベルトを撫でる。


「なんか、いいな。エロい」

 太ももを撫でながら、パチン、と留め具を外していく。そのままでもいいけど、今日は初めてだからな、とか何とかいいながら、ストッキングも外してしまった。


「リノ、怖くないか?」

「ティード様。怖くないわけでは、ないけど、恥ずかしいです」

 リノリラの言葉に、ふふっと笑ったティードは、やさしく額にキスを落とした。


「今夜は、もっと恥ずかしいことするけど、恥ずかしいって、思えないようにしてやるよ」

 そう言うと、リノリラの手の甲に、ちゅっとキスをした。その時、彼の目はいつもより鋭かった。狙った獲物は逃さない、そんな獣の目だ。


 リノリラをやさしくベッドに横たえると、「ほんとだな。脱ぐとすごい」と言って、ティードは感激していた。


 二人は、その日、初めての甘い夜を過ごした。



*****



 ベッドに寝転んでいると、枕の下に、何か固いものがあるのを感じた。


水を取ってくる、と言ってベッドからティードが離れた隙に、その固いものを取り出すと、それはいわゆる「女体本」だった。


妖精姫がイイコトしてあげる、というタイトルの本の女優は、雰囲気が私に似ているようだった。


「ティード、これ、私にすごく似ている…」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!リノ、それは!」


 私が女体本を見ていたら、ティードはすごく驚いて私から本を取り上げた。


「あん、もっと見たかったのに」

「それは、今度だ。時間のある時に、……その、一緒に見よう」


 ちょっと膨れた私の頬を、ティードはやさしく撫でてくれた。


「リノ、男のベッドを探るものじゃない。ホレ、水」

 私に水を入れたコップを渡してくれた。コク、コク、コクと喉を潤してくれる。


「あの本みて、喜んでいたの?」

「違う、リノに似てるなーって。でも、本物の方がすごかった。妖精のような外見に騙された気分だよ。次からは、本物を思い出せばいいか」


「あれ?もう私にしてくれないの?」

 軽い冗談で言ったつもりが、ティードは心底驚いたような顔をして、そして嬉しそうにニタっと笑った。


「これから生涯、騙され続けるつもりだけど。脱ぐと、すごいんだろ」

 といって、またキスをしてくれた。


「そろそろ支度しないとな」

 もう、いい加減遅い時間になっていた。夜会の後は、遅くなることもあるので、今帰ればギリギリ間に合うかどうか。


 その後、大急ぎでドレスを着なおして、くしゃくしゃになった髪の毛を三つ編みにした。


 ティードは伯爵家まで送りながら、その馬車の中で「明日、ドース伯爵に挨拶に行くよ」と言っていた。


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