宿舎の少し前で馬車を下りると、ティードはフード付きのマントをリノリラに渡した。
「そのドレスは、ちょっと目立つからな」
「あの、ここは女性が入ってもいいのですか?」
「あ?ん~、まぁ、なんだ。公然の秘密、ってやつだ」
どうやら、騎士の面々は、恋人を連れ込むことも多々あるらしい。たとえ廊下で出会っても、無視をするのが礼儀らしい。
「俺は、連れ込んだことはないぞ。リノが初めてだ」
そう言って耳の後ろを赤くしているが、本当かどうか怪しいところだ。でも、今夜は問い詰めないことにしておく。
手を握って、前を歩くティードの後をついていく。恥ずかしいので、フードを深めにかぶっておく。ちょうど夜会のため、警備に出ている者が多いのか、廊下ではだれにもすれ違うことがなかった。
だが、部屋に入る手前で、ティードは運悪く隣の部屋から出てきた親友に声をかけられた。
「おい、ティード。今日は夜会じゃないのか?」
親友とも、悪友ともいえる、セルゲイであった。
「ちょっ、お前…珍しいな」
マントを深めにかぶり、後ろを控えめについてくる女性をみつけると、セルゲイはその顔を覗き込んだ。
「なんだよ、妖精っていうより、美人なお姉さんじゃねぇか」
「…妖精だよ。あんま見るな」
ティードはしっ、しっと手を振って、セルゲイにどっかいけ、と言わんばかりだった。
「わかったよ。俺、今から飲みに出かけるから、あ~、なんだ。深夜まで帰らないからな。お嬢さんも、声、気にしなくていいよ。ティードの部屋、隅っこで俺が隣だからさ」
そう言うと、「酒代は奢れよ」とティードを小突きながら、セルゲイは手をひらひらと振って、出かけて行った。
ティードはその後ろ姿をみると、「助かった…」と呟いた。
*****
「リノ、ここだ」
宿舎の隅の部屋の、扉を開けた。リノが中に入った途端、かぶさるようにティードが抱き着いてきた。
「このドレス、脱がしても平気か?」
今更のように、ティードが聞いてきた。
「えっと、手伝ってくれれば、また着ることできると思う。だから、乱暴にしないで…」
そう言い終わらないうちに、ティードはリノリラの唇を奪った。
「あの、脱ぐとすごいって、ドレスのデザイナーさんに言われたけど。見てみる?」
「見る!」
すぐに顔を上げると、ティードは今更のように部屋の中にリノリラを案内した。
部屋の中は、男性の部屋にしてはこざっぱりとしている。普段は寝るだけだから、と、趣味の類の物もないらしい。一人暮らしらしい、机とベッドと、クローゼットくらいしかない。
男性の部屋といっても、シキズキしか知らないので、新鮮な感じがする。匂いは、いつものちょっと汗臭いような、ティードの匂いがした。
「あ、まだワイン、開けていなかったのね」
お礼と思って渡したワインが、そのままボトルで残っていた。
「ああ、飲んでしまったら、関係が終わるような気がして、飲めなかった」
そう言いながら、ティードはリノリラのドレスを脱がせにかかる。背中でとめてあるボタンを、一つ一つ、外していく。
「あの、侍女にはどうせわかっちゃうから、帰りはコルセットを外していくわ。多分、ドレスは着られるから」
「わかった。心配かけるが、大丈夫だ。……責任はちゃんととるから」
グレアムは、真剣な目をしてリノリラを見つめた。
「このチョーカー、やっぱりアイツか」
翠の翡翠の石は、グレアムの瞳を思い出させる。
「うん、今回のドレスもだけど。宝石とか、返却しないと…」
そんなお金、伯爵家にあるだろうか。と、ちょっと不安に思わなくもない。
「大丈夫だ、俺がなんとかするから。……これは、俺の色だろ」
そう言うと、蒼いガーターベルトを撫でる。
「なんか、いいな。エロい」
太ももを撫でながら、パチン、と留め具を外していく。そのままでもいいけど、今日は初めてだからな、とか何とかいいながら、ストッキングも外してしまった。
「リノ、怖くないか?」
「ティード様。怖くないわけでは、ないけど、恥ずかしいです」
リノリラの言葉に、ふふっと笑ったティードは、やさしく額にキスを落とした。
「今夜は、もっと恥ずかしいことするけど、恥ずかしいって、思えないようにしてやるよ」
そう言うと、リノリラの手の甲に、ちゅっとキスをした。その時、彼の目はいつもより鋭かった。狙った獲物は逃さない、そんな獣の目だ。
リノリラをやさしくベッドに横たえると、「ほんとだな。脱ぐとすごい」と言って、ティードは感激していた。
二人は、その日、初めての甘い夜を過ごした。
*****
ベッドに寝転んでいると、枕の下に、何か固いものがあるのを感じた。
水を取ってくる、と言ってベッドからティードが離れた隙に、その固いものを取り出すと、それはいわゆる「女体本」だった。
妖精姫がイイコトしてあげる、というタイトルの本の女優は、雰囲気が私に似ているようだった。
「ティード、これ、私にすごく似ている…」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!リノ、それは!」
私が女体本を見ていたら、ティードはすごく驚いて私から本を取り上げた。
「あん、もっと見たかったのに」
「それは、今度だ。時間のある時に、……その、一緒に見よう」
ちょっと膨れた私の頬を、ティードはやさしく撫でてくれた。
「リノ、男のベッドを探るものじゃない。ホレ、水」
私に水を入れたコップを渡してくれた。コク、コク、コクと喉を潤してくれる。
「あの本みて、喜んでいたの?」
「違う、リノに似てるなーって。でも、本物の方がすごかった。妖精のような外見に騙された気分だよ。次からは、本物を思い出せばいいか」
「あれ?もう私にしてくれないの?」
軽い冗談で言ったつもりが、ティードは心底驚いたような顔をして、そして嬉しそうにニタっと笑った。
「これから生涯、騙され続けるつもりだけど。脱ぐと、すごいんだろ」
といって、またキスをしてくれた。
「そろそろ支度しないとな」
もう、いい加減遅い時間になっていた。夜会の後は、遅くなることもあるので、今帰ればギリギリ間に合うかどうか。
その後、大急ぎでドレスを着なおして、くしゃくしゃになった髪の毛を三つ編みにした。
ティードは伯爵家まで送りながら、その馬車の中で「明日、ドース伯爵に挨拶に行くよ」と言っていた。
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