溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
退会したユーザー ?
退会したユーザー

15.騎士団の見学

公開日時: 2021年6月18日(金) 06:31
文字数:2,515


「また、返しそびれちゃった」

 手の中にある、片方だけの手袋。ティードとの絆は、まだ残されているように、そこにあった。


「でも、もう、返さなくちゃ」

 気持ちにも、区切りをつけないといけない。それに、お礼と思って、用意していたワインも、渡したい。


 騎士団事務所に行って、受付の人に渡せば届くだろう。本人に会う勇気はないけれど、最後に、彼に関係のある職場を見て、気持ちを終えようと決めたリノリラは、出かける用意をした。


「姉さん、珍しいね。どこかに出かけるの?」

 玄関ホールにいると、シキズキから声をかけられる。


「シキズキ、あの、騎士様にお礼を渡そうと思って。騎士団事務所に行こうかと思っているのだけど」

「じゃあ、僕も一緒に行くよ」


「体調は、大丈夫なの?」

「今日は今朝から、調子がいいし、僕もそろそろ、外出したいと思っていたんだ」


 そういえば、シキズキにティードを会わせる約束をしていた。お礼を直接渡すつもりはなかったが、シキズキに頼むこともできる。自分は、遠くから眺めるだけでいい。


「わかったわ、じゃあ、一緒に出掛けましょう。馬車を用意するわね」


 弟と一緒に外出するのは、初めてかもしれない。彼の体調が、良くなってきていることが、本当に嬉しい。返すための手袋と、お礼のワインを持って、二人は馬車に乗った。




「すみません、ティード・ローワン騎士に、こちらを渡していただけませんか?」


 騎士団事務所の受付の女性は、リノリラとシキズキの二人を見ると、少し疑うような目で質問してきた。

「申し訳ありません、こちらでは、女性からの贈り物を受け取ることは、原則としてできません」


 聞くと、かつて人気のあった騎士宛にプレゼントと称し、毒物が入り込んでいたらしい。それ以後、女性から騎士へのプレゼントは預からないことになっているという。


 そんなことなら、初めからシキズキに任せておけばよかった。


「でも、そちらの男性のお名前を伺うことができれば、本人に確認します」

「あ、僕の名前はシキズキ・ドースです。本人に連絡してください」


 リノリラが何か言う前に、シキズキは答えてしまった。本人に会うつもりはなかったのに、これでは本人が来てしまうかもしれない。


「シキズキ、私は、ちょっと本人に会えないから、事務所の外で待っているわね」

「なんで?姉さん。ここまで来たのだから、会っていこうよ」


「あなたが、私の代わりに渡して頂戴。理由は後で話すわ」

 そんな会話を二人でしているうちに、魔法伝で伝えたのか、受付の女性が知らせてきた。


「現在、ティード・ローワンは教練場で訓練中とのことです。外部の方も、受付していただければ見学できますが、いかがですか?」

「はい、見学します。二人です。こちらは、リノリラ・ドース、私の姉です」


 シキズキはさっさと手続きを済ませると、場所を聞いて教練場に行こうとする。


「ちょっと待って、シキズキ。本人に会うかもしれないから、ダメよ」

「姉さん。僕は、騎士様たちの訓練の様子が見てみたいよ。僕の付き添いだと思ってよ」


 そう言われると、断ることもできない。

「わかったわ、遠くから見学するだけよ」


 これも、シキズキにはいい刺激になるかもしれない。そう気持ちを切り替えた。リノリラも、遠くからでも一目、やはりティードの姿が見たかった。





「ここかしら…」

「そうだね、見学者は二階に上がるように、って書かれているよ」


 しばらく歩いて、教練場についた。さっきから、騎士同士が剣を打ち合う音がしている。二階の見学席から、中の様子を遠目に見ることができた。家族か恋人か、ちらほらと、見学している人たちもいた。


―――うん、これだけ人もいて、遠くであれば、私だってわかることないわよね。今日は弟と一緒だから、普段と違うわけだし。


「すごい、打ち合いなのね」

 落ち着いてみると、先ほどから一対一で打ち合いをしている。どちらか一方が、膝をつくなり、負けの意思表示をしたら、終わりのようだ。


 たくさんいる騎士の中から、一人蒼い髪の青年を見つける。あの輝く蒼は、ティードだ。隣に立つ赤茶色の髪の騎士と、笑いながら談笑していた。


―――ふーん、あんな風に、笑うんだ。私の前では、難しい顔をしている時が多いのにな…


 どうやら、次はティードと、赤茶色の髪の騎士との打ち合いのようだ。


「シキズキ、あの、蒼い髪の人よ。ティード様。ちょうど今からのようね」

 リノリラ自身、ティードが剣を振るう姿は、初めて見る。中央に移動すると、すっと目つきが変わったようだ。


「あ、あの人が、蒼の騎士様よ、素敵ねぇ…」

「あの方の番なのね!今日はついているわ、蒼の騎士様の戦う姿が見られるなんて!」


 周囲にいる見学者から、ため息まじりの声が聞こえてくる。どうやら、ティードは人気のある騎士らしい。


「姉さん、すごいね。ティードさん、人気あるんだね」

「……そうみたいね」


 胸の中に、何か黒いものが渦巻いているようだ。ティードを応援する声を聞くと、ムカムカする。あの男(ひと)は、私のなのに…


 それは、初めて感じる嫉妬、であった。嫉妬できるほど、約束も何もしていない。ティードから好きだ、と言われたが、自分は何も答えていない。そんな思いを持つ権利もないのに。でも、心は嘘をつけない。


 そうしている内に、勝負はあっけなくついたようだ。蒼のティードが、赤茶色の髪のセルゲイを打ち負かし、膝をつかせていた。最後に二人は、握手をしてお互いの健闘をたたえ合っていた。


 そして、ふっと振り返ったティードが、見学席の方を見て、手を振っている。彼は、自分が応援されていたことを知っているようだった。ふと、リノリラはティードと目が合ったように思った。


「……気のせいよね。こんなに遠いし、他にも女性はたくさんいるし」

「どうしたの?姉さん。でも、ティードさんは凄かったね、相手を余裕で避けて、一撃で終わらせていたよね」


 騎士同士の戦う姿を見て、シキズキも興奮しているようだ。まだしばらく見たい、といっている彼を残し、リノリラは教練場を出て、木陰で休もうと建物を離れたその時だった。


「リノ、来てくれたのか」

 教練場の、見学者の出口のところにいたのは、ついさっき試技訓練を終えたばかりの、ティードだった。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート