妖精のフリをした弟…シキズキには、用意ができたと連絡し、早朝の公園で会った。
「ほら、約束の女体本だ。お前の趣味がわからなかったから、いろいろ持ってきたが」
「おお!さすが男だらけの騎士団だね!はは、このガチムチ男のイタズラ、なんて正にぴったりだね!」
「頼むから、声に出すな…」
見た目は天使のような少年なのにな…と思いつつ、自分もその年齢の時は、そうだったかな、と思わなくもない。
「おお、この娘(コ)もイイネ。あ、これ、姉さんに似ているよ。妖精姫がイイコトしてあげる、って、これはティードさんの方が、必要じゃないの?」
「お前!だから、声に出すなと!」
恥ずかしいが、そのタイトル本は奪い返しておく。いや、弟が姉に似た本で抜くのはどうかと思うからだ。決して、自分で使うわけではない。決して……いや、ちょっとは見るかもしれない。
「まぁ、とにかく。これで約束の女体本を持ってきたからな。教えてくれないか、その、リノの婚約者がだれか」
「ふーん、まだわからないかぁ。姉さんの婚約者候補」
「絞り切れないだけだ。彼女、幻の美姫、だろう。噂だけは、すごいことになっているな。よく、これまで誰とも婚約していなかったのが、不思議なくらいだ。」
「まぁ、父が、ね。変わっているからさ」
「伯爵の社交界嫌いも今回は、感謝なことだな。で、一体誰なんだ?」
「次期宰相候補、といえば、わかる?」
「‥…よりによって、アイツか。グレアム・ソングフィールドだろう。次期侯爵か」
俺は頭をかかえてしまった。調べた中にあった名前だが、高位すぎて、これはないだろう、と思っていた相手だ。
「正解。ソングフィールドのばあさんが、遺言を残したみたいだね。うちを支援しろって。金だけくれればいいのに、わざわざ孫まで寄こしてきたよ」
「お前、その口調……もしかすると、木の精霊も、お前か?」
「はは、バレちゃった?そうだよ。姉さんの魔力、ちょっと封じておいたからさ。あとは使い魔で声を届ければ、姉さんも信じてくれたみたい」
「……あの飴もか」
「いい仕事したでしょ、僕」
「……まぁな」
あのキスまで、弟に仕掛けられていたとは。そうではないかと疑っていたが、本当にそうだとは。
「とにかく、グレアムだっけ?彼、すっごい美形だね。女もより取り見取りだろうに、わざわざ姉さんに目をつけちゃったよ」
「なに?もう会ったのか?アイツに」
「家に来て、姉さんと散歩して、一緒に木に登って、‥‥木の上でキスしていたよ」
「なにっ!」
「やだなぁ、どっかの誰かさんも、木の上でキスしたでしょ。かなり濃いやつ。あれに比べたら、ほんのちょっとだよ。不意打ちだよ、不意打ち」
言葉がでない。確かに、俺は木の上という周囲を気にしないで済んだので、思いっきり彼女の唇を貪った。…何回も。
「でもね、姉さんにとっては、大きいかもね。誰かさんと同じく、精霊の話ができて、その上一緒に木の上に登ってくれる男性は、そんなにいないからね」
「アイツは、信じられんくらい美形だろう……」
「あれ、そこ気にする?おタクもいい線いってるけど、確かに彼ほどじゃないよね」
「お前な、筋肉なら負けんぞ。アイツになら。そうか、いざとなったら決闘でもするか」
決闘の方法を考える。何でも自分が負ける気がしないが、けん銃だけは運になるな…
「何言ってるの、現役の騎士と決闘する文官なんていないよ」
「まぁ、そうだな」
「姉さん、あまり外見に興味ないの、知ってるでしょ。相手もだけど、自分の外見にもね。興味がない。だから、やぼったい服でも、関係ない」
「そうか、どこかチグハグした服が多いのは、そのためか」
「まぁ、うちに金がないのも事実だけど」
「そんなに窮乏しているのか?娘の服装だぞ」
「歴史と同じくらい、借金もあるよ。でも、まぁ、代々の領主がのんびりしていたからね。どっかの誰かさんが、きっちり管理してくれれば、どうにかなるよ」
「お前がしないのか?時期領主だろう」
「ああ、まだ言っていなかったか。僕、魔力を完全にコントロールできるようになったらさ、魔術師になりたくて。伯爵しているより、その方が合っていると思わない?」
「で?何が言いたい」
「だから、姉の結婚相手に、ゆくゆくは伯爵位を継いでほしいと思っている。で、僕は自由の身となって、魔術師をしたい」
「……だから、俺なのか?」
「まぁ、半分はね。貴族の三男坊なんて、うってつけだし」
「あまり期待するなよ。騎士しかしたことがない」
「はは、もう半分は、姉を幸せにできるかどうか、だよ」
「それは、大丈夫だ」
「すごい自信だね。ま、弟としては嬉しいけど。まぁ、この条件だと、あの男も、領地管理で言えば有能だろうね。僕をお飾りの伯爵にして、全部任せることもできるかも」
「……お前は、どっちの味方なんだ?」
「だから、姉さん次第なんだって。姉さんが、誰を騙そうとするか、だよ」
「そこに行きつくのか。まぁ、俺は俺のできる限りをするだけだな」
「そう言うことだね。あと、お礼にもう一つ。……彼も、毎日花を贈ってきているよ。誰かさんと同じくね」
「どういうことだ?」
「彼も、火がついたって、ことじゃない?姉さん、食べごろだし」
ギリ、と歯をかんだ。俺の実家だけで、どうにかできる相手ではない。侯爵家の跡取り、それも有能で美形で評判のいい、次期宰相候補でもある。客観的に見たら、……負けている。リノの気持ちが傾いても、仕方がない。
焦る気持ちもあるが、今は夜会に向けて、父親を説得しないといけない。それに、何だかんだ言っても、弟のシキズキは味方してくれている。……と思う。
俺は、またいい女体本を持ってくることを約束して、その場を離れた。しかし、シキズキの使い魔の情報収集能力は、目を見張るものがある。あの年で、あれだけの才能があるのであれば、魔力が落ち着いたら、一体どれだけの魔力持ちとなるのだろうか。
本当に、弟が敵でなくてよかった…と、思いつつ俺は実家である公爵家に向かった。
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