溺愛されたい令嬢と騙されたい騎士

貧乏伯爵令嬢は、なんとかして「幸せの妖精」に会ってみたい!
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12.私の心を掴まれたようだ

公開日時: 2021年6月16日(水) 20:31
文字数:2,727


 二人は、大木のある庭園を巡るように、歩き始めた。


「この木は、建国以来の木と同じほどの樹齢と聞いています。あちらも…」

 金はないので、花壇などの手入れはされていないが、歴史だけはあるので、大木が多い。王都の中では、比較的広い庭園に、見事な大木が植わっている。リノリラにとって、それら1本1本が大切な樹木であった。


「あなたは、本当に木を大切にしているのですね」

「……はい」


 ここで、自分が木の精霊と話ができることを、伝えてみようか。でも、稀有な能力だから、それこそ笑われて終わってしまうかもしれない。かつて、夜会での貴族たちの様子を思い出す。彼らは、リノリラがおとぎ話をしているだけと、鼻で笑っていた。


 だが、将来結婚するかもしれない相手だから、自分を知ってもらうことも大切だ。もし、笑われたら―――その時は、仕方ない。自分が傷つくだけであれば、我慢すればいい。


「あの、私……木の精霊の声が、聞こえるのです。稀有な、魔力なので、信じられないかもしれませんが」


「木の精霊?声が聞こえる?」

 グレアムは不思議そうに、リノリラの顔をみつめた。だが、そこには侮蔑の色はなかった。


「はい、魔力で話しかけると、応えてくれるのです」

「それは……面白い」

「え?信じていただけるのですか?」

「以前、そうした魔力が存在したということを本で読んだことがある」


 さすが、宰相候補と言われるだけのことがある。魔力にも精通していた。


「では、今、ここで聞くことはできるのか?」

 リノリラの顔を見るが、先ほどの甘い雰囲気から、どこか研究するような目つきとなる。


「それは、あの」

 さすがに、今日あったばかりの人の前で、木に登る勇気はない。


「木の上の方にいかなければ、声が聞こえにくいので、今すぐは難しくて」

「では、木の上に登るには、どうしているのか?」

「えっと、身体を浮かせる魔力を使って、枝をつかみます。あとは、自分で登ります」


「自分で、登る」


 しまった。つい、言ってしまった。淑女が木に登るものではない、といつもエリーに叱られているのに。


「ますます面白い。ぜひ、私もこの目でみてみたい」


 グレアムはそう言うと、「この木でいいのか?」と聞いた後、上着を脱いで、腕まくりを始めた。


「ソングフィールド卿?いけません、危ないです」

「でも、君はいつも登っているのだろう?私も久しぶりに、身体を動かしてみるよ」


 そう言って、グレアムは自身の魔力も使いつつ、初めの枝に登って腰掛けた。


「リノリラ嬢、気持ちいいものだな、来てごらん」

「は、はい」


 言われるまま、久しぶりに木登りをする。庭園の木であれば、周囲を気にすることもない。「よっ」といいつつ、リノリラも木に登る。


「はっ、ソングフィールド卿、大丈夫ですか?」

 隣の枝に登り、一息つく。


「はは、いくら私が文官と言えど、このくらいはできるさ」

 輝く金色の髪を風になびかせて、普段より上気している様子は、また違った美しさを放っている。


「ソングフィールド卿、では、私はもう少し上に登ります。卿はそちらでお待ちください」

 そう言って、リノリラは再度少し上に登る。


そして、いつものように魔力をのせて、木の精霊に話かけた。


*精霊さん、精霊さん、話をきかせてください*


*………*


*精霊さん、話を聞いています、声を聞かせてください*


*………*


「おかしいですね、普段であれば、すぐに話ができるのですが」

 自分の調子が悪いのか、木の調子が悪いのか。どちらにしても、今日は無理そうだ。


「申し訳ありません、今日は話ができそうにないので、下に降りますね」

 そう言って、下に降りようとしたリノリラであったが、グレアムは近くまで登ってきている。


「あ、今、君の隣まで行くから、ちょっと待て」

 はぁ、はぁと息を切らしながらも、グレアムはリノリラの隣に来た。


「はぁ、やはり、もう少し身体を動かすべきだな。はは、息が切れた」

 そう言いながらも、リノリラの隣に腰を下ろす。


「もう少し、ここから景色をみたい」


 そう言われると、断ることなどできない。リノリラも、腰を下ろす。


「君は、こうして木の上に登ることが、好きなのか?」

「はい、木は、いつも優しいので」

 つい、肩と肩が当たるのが気になる。昨日まで、いつも木の上にはティードと一緒にいたので、ふと彼のことを思い出す。彼は、いつも力強く支えてくれていた。


「あの、ソングフィールド卿は、女性が木に登るのははしたないとか、思われないのですか?」

「グレアムだ」

「え」

「グレアムと呼べ。卿と言われるより、いい」

 以前も、同じようなことがあったな、と思って、つい微笑んでしまう。


「グレアム…様」


「ああ、そうだ。君の声はいいな。……その声で、いつも呼ばれるのは、心地いいだろうな」

 そうして、微笑んでいるリノリラの頬を、そっと手で撫でるように、触れた。


「あっ」

「失礼、君の頬が、あまりにも可愛らしかったので。妖精のようだな、君は」

 

 ドキッと、心臓が跳ねる。


「木に登る令嬢に会うのは、初めてだ。話にも聞いたことがない。一般的には、はしたない行為かもしれないな」

 リノリラの目を見つめながら、グレアムが話す。


「だが、君であれば、不思議だな。許せるようだ」

 まだ、頬を撫でる手は離れない。その手が、下に下がり、顎を持ち上げた。


「リノリラ嬢には、初めて会ったが、どうやら私の心を掴まれたようだ」

 そう言って、顎を持つ親指で、リノリラの下唇を、ツーっとなぞる。


「……キスしても、いいだろうか」

 二つの翠が光り、まっすぐに見つめる。


「それは、お許しください。まだ、何も…」

 まだ、何も決まっていない。婚約も、何も。何より、まだ自分の覚悟もできていない。


「はは、この私のキスを断る令嬢がいるとは」

 そう言った途端、グレアムはリノリラの顎をくっと持ち上げて、自分の唇をその上に乗せた。


 やわらかな感触が、唇の上に落ちる。それは一瞬のことであった。


「今日は、このくらいにしておこう。嫌われても、悲しいからな」

 そう言うと、ははっと笑顔になったグレアムは、「そろそろだな」と言って、下に降りる。


 リノリラも、顔を赤らめながらも、木の下に降りて行った。


 二人で木登りをすることになるとは。そして、木の上で軽くとはいえ、唇を合わせてしまうとは。リノリラは、恥ずかしさでいっぱいになる。


「あの、そろそろ戻りませんと、父が心配します」

「そうだな、まだ今後の話をしないといけないからな」

「今後の話、ですか?」


「ああ、私たちの婚約のことだ。君も、聞いているだろう」

「……はい」


「では、戻ろう」

 そう言うと、応接間に戻り、あとは伯爵と話をする、と言ってリノリラは自室に戻らされた。残ったグレアムが、父とどういった話をしたのか。わからないまま、彼は帰っていった。



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