常盤式カレッジミステリ

レズ女子大生vs自称ミステリ作家〜花壇荒らしはミスリードする〜
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第1の事件:荒らされたアヤメ

公開日時: 2020年9月1日(火) 22:05
文字数:2,907

「今日の定食は美味しかったね」


 恋人のように、セミロングの女性・戸郷香織は腕を組み、花壇の花に囲われた中庭を歩いていた。


 彼女のパートナーは白シャツを着ていた。これでもかと主張する胸。モデルのようなすらりとしたボディライン。香織の恋人の名前は常盤志希。今年でお酒が飲めるようになった女子大生だ。


「そうだな。カロリーも抑えられて、栄養バランスもいい。リーズナブルで美味しいかった。良いところを見つけてくれてありがとう、香織」


「とんでもないよ。でも、これからはきちんと栄養が偏らないように、バランスよく食べてくださいね?」


「善処するよ……」


 香織から目をそらす志希。少しすると、上手くない口笛を吹いた。その音色は台風が来た時に音を立てて吹き荒れる風の音に近い。


「本当にぃ?」と香織はジト目で睨みつけ、志希にプレッシャーを与える。


「あたしの大切な人なんだから……。健康には気を遣って?」


 グイグイと香織は同性の恋人・志希を攻める。顔は赤らめているあたり、恥じらいとかそんな感情があるのだろうか。


 当の本人である志希は攻められたこれは参った!と言わんばかりに口を結び、ウェーブの長い髪を撫でた。


「おーい!常盤さん!」


 メガネをかけた初老のスーツ姿の東山慎二が2人を呼び止めた。2人は互いの顔を見てつなずき、東山の元へと駆け寄った。


「どうしたんだ?東山さん」


「実は……」


 志希の質問に言葉を詰まらせる。東山さんは視線を彼女から花壇に向けた。


 彼の視線を追いかけることで、志希と香織も東山さんと同じ方を向いた。視界には、色とりどりの花が咲いていた。しかし、青いアヤメが無残にもなぎ倒されていた。中には、花と茎がバラバラになったものもある。くわえて、少しだけであるが、地面から根が出ているものも点在する。


 この惨状を目撃した3人の反応は異なっていた。「酷い」と口を開け、香織はひどく驚く。東山は「困ったな」と唇を噛み、無念そうに花壇を見ていた。両者が負の感情を抱いている中、志希の瞳の奥の炎ははギラギラと燃えていた。


「この事件が私が解決してやるよ」


「本当に?」


「本当だ。何より、いつもお世話になっている東山さん、あなたにお礼がしたい。ささやかだが、協力させてくれないか?」


「助かるよ。それじゃ、よろしく」


 東山は名乗り出た素人探偵に手を差し伸べる。志希はしっかりと握りしめ、硬い握手を交わす。


 つないだ手を、志希と東山は離す。「よろしく」と東山は満足そうに後ろを向き、去っていった。去り際、志希たちに背を向けながら、手を上げた。


「さてと、どう解決してやろうかな?」


 志希は花壇の様子を観察する。見えるのもすべてが解決の糸口候補にするつもりではないかというほどに、色んなものを凝視する。


「何か、解決するための大きなヒントはあるの?」


「それが分からないんだよ。香織は何か見つけたかい?」


「ううん。まだ、見つけてないよ」


 何も見つかっていない、という事実に志希は落胆することはなかった。むしろ、彼女の興味と熱意は収まることを知らない。


「分かったこともあるけど、分からないことが多すぎる。何か別の見方があるのかもしれない。だから、香織に聞いてみたけど、それでも難しいか」


「そうなんだ。じゃあ、志希ちゃん、例えば……」


「おーい、君たち。こんなところで何をやっているんだい?」


 髭を生やしたもじゃもじゃ頭の男が、香織の言葉を遮り、2人のところにやってきた。香織はすかさず、志希の後ろに隠れる。


「誰だ?アンタ」


 眉を八の字にして、志希は男を睨みつけて。


「山田康太郎。ミステリ作家だよ」


「推理作家?そんなやつの名前は知らないけど」


「ペンネームでやってるからね」


「分かった。じゃ、ペンネームを教えろ。すぐに調べてやるか……」


「それは師匠に止められているから無理」


 ため息を吐きながら、志希は両手を上げた。抗議の意味で大げさにアピールしているのだろう。それでも、康太郎は表情一つも変えない。


「それで、ミステリー作家が一体何の用で私たちに声をかけたんだ?」


「ミステリー?聞き捨てならないな。馬鹿にしているのかい?」


「はぁ……。そう思うなら、そう思ってくれても結構だよ。ミステリー作家くん」


「お前、馬鹿にしているだろ!」


 般若の人相で怒り狂う康太郎。目頭は裂けるのではないかぐらいだ。


 一方で、志希は自信とプライドを失うことなく、にこやかな笑みを浮かべていた。彼女はミステリ作家の矜持を知らないが、「ミステリー」と呼ぶことを嫌うことは会話の中で理解していた。興味深そうに康太郎の顔を見ているあたり、彼の反応を見て楽しんでいるようだ。


「本題に戻ろうか。何しにきたんだ?」


「当然、花壇荒らしの犯人を見つけるためだよ。詳しい事情を教えてくれないかい?」


「どうしてだい?」


「ミステリ作家としての興味だよ」


「ほほぅ。やりたいことと理由は理解した。まぁ、特に何も手かがりはない。にしても、机上の空論しか語れないミステリー作家くんが謎を解くのか。無理な話だよ」


「どういうことなんだ!?」


 康太郎は犬のように吠える。ツバが飛んでくるのだろうか。志希は香織の体を後ろにおしながら、数歩ほど下がった。


「そのままの意味だよ。アンタはミステリを作る才はあるけど、解決する才はない。犯人にはなれるけど、探偵になれない」


「言わせておけば……」


 歯をギチギチと食いしばり、康太郎はあふれそうな怒りを抑えているようだ。そんな情けない姿を志希は楽しんでいる。


 ただ、完全に第三者である香織は志希の後ろで体を震わせていた。顔は真っ青、唇は体に合わせて震えている。いつ、泡を拭いて倒れそうだ。


「そうだね。私がホームズ。香織がワトソン。そして、アンタがモリアーティだ。まぁ、ホームズみたいにアンタと心中はゴメンだけど」


 場の雰囲気や相手の気持ちなんか無視した発言。明らかに、志希は目前にいるミステリ作家を挑発している。


「……こうなったら、推理合戦もいこうじゃないか」


「推理合戦。面白い。やってやろうじゃないか。ミステリー作家君」


「無力さを知ることになる。覚悟しておけよ。常盤志希!」


 地団駄を踏むように、康太郎は去ってしまった。頭からは湯気が出ているようで、相当ご立腹らしい。


「どうして、あんなことを言ったの?」


 眉を八の字にして、香織は恋人のことを心配している。しかし、当の本人である志希はケロリとしていた。


「ミステリ作家がどうも嫌いだからね。特に、あんなヤツは」


「で、でも……」


「大丈夫。私が低俗なミステリー作家に負けるとでも?心配するな」


 香織の頭を、志希は優しく、そして、何度もなでた。恋人の香織は頬を赤らめるが、満更でもないようだ。


「それで……。志希ちゃん、これからどうするの?」


 志希から愛の補給を終え、香織はシリアスに今後の方針を尋ねた。


「まずは落ち着ける場所で情報の整理だ。それと……。花壇の場所とか花の種類とかひと通り把握しておかないと、香織は事務局から『花の学園・星陽大学』のパンフレットを取りに行ってくれないか?先に、カフェテリアで待ってる」


「志希ちゃんの頼みなら」とパンフレットを取りに、駆け足で事務局に向かっていった。


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