9. 大賢者アイリス=フォン=アスタータ
ふむ。私は今、サーシャの部屋の壁に立て掛けられている。あの子が私を置いて出かけるなんて珍しいわね。それにしてもどこに出掛けたのかしらね?
しばらくすると何かを抱えてサーシャが戻ってくる。そしてそれをテーブルの上に置く。ドンッという音が部屋に鳴り響く。あれは……本かしら?しかも大量ね?一体何を読むつもりなのかしら。
「まずはこれから読もうかしら」
そう言うとサーシャはその本を読み始める。私がその本の背表紙を確認すると『英雄伝』と書かれている。もしかして……と私がふとあることを思い付くとサーシャはそれと同時に口に出した。
「えっと……あったわ!大賢者アイリス=フォン=アスタータ!」
ああ。やっぱり私のことよね?でもなんでこんなに大量に……。そう思っているとサーシャは次のページをめくる。
「えーっと……なになに?」
どうやら読んでいるらしい。私は黙って待つことにする。この時代に私ってどう語り継がれているのかしら?すごく興味はある。サーシャは読み続ける。
「この世界には英雄と呼ばれる者たちがいた。その一人、大賢者アイリス=フォン=アスタータは神聖魔法を極めし者だと言われている。彼女は魔法の深淵を知るため、自ら禁術に手を出したのだと言う」
……ん?なんかすごいことになっている気がするんだけど気のせいかしら?禁術なんてものには縁がないんだけど。
「彼女の死後、彼女の残した手記が発見された。」
うん。書いた覚えは全くないのだけど。
「そこにはこう書かれていたそうだ。『魔法とは真理であり、全ての源である。それ故に我々は常に探究心を忘れてはならない』」
私じゃないんだけどね。すごい良い言葉じゃない!どこかの誰かさん、なんかありがとう!
「その言葉に従い、今もなお多くの者が魔法の研究をしているという……。すごい人なんだぁ、大賢者アイリス=フォン=アスタータって」
いやぁそれほどでもないわよ?今はただの『アイアンソード』だけど。まあでもちょっと嬉しいかも。こうして後世の人に伝わっているんだから。
サーシャはそのまま読み続けて、結局持ってきた本が読み終わったのは夕方を回っていた。
「ふぅ〜。これで終わりかしら。結構面白かった〜」
サーシャは満足したようで笑顔を浮かべながら伸びをする。そして壁に立て掛けられている私を持ち上げると話しかけてくる。
「うーん……確かにいつも助けてくれる時は魔法なんだよね。私は一度もアイリス様に剣術で助けてもらったことはないし」
もしかしたらバレてしまったのかしら……。サーシャは続けて話してくる。
「ねえ、アイリス様。私のこと見てたんでしょ?それなら教えて欲しいわ。本当に剣の精霊様なの?大賢者アイリス=フォン=アスタータ?」
うっ……これは困った質問が来たわね。どう答えたものか……。とりあえず何も言わないでおくことにする。
「……まただんまりか。じゃあ1人で話そうかな。アイリス様がずっと私を助けてくれていたこと感謝してる。だってあなたがいなければ今の私はなかったと思うから……」
そう微笑みながら私に話しかけてくれるサーシャを見て少し胸が熱くなる。
「私はあなたのおかげで今ここにいる。あなたが剣の精霊様でも、もしかしたら大賢者アイリス=フォン=アスタータだとしても。私とこれからも一緒にいて下さい。私はもっと強くなってみせるから」
……うん。やっぱり良い子だわ。私は思わず涙が出そうになるのを抑える。私が必ず強くしてあげるから、私のほうこそこれからもよろしくねサーシャ。
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