悪役令嬢になれと父に言われましたが難航しています~悪役令嬢になろう学園生活~

蒼井茜
蒼井茜

真意

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:4,688

 予習を初めて三日、はっきり言ってどん詰まりです。

 だーっておとぎ話読んでも小説読んでも悪役令嬢に焦点当てられた話なんてないんだから!

 とにかく書庫に合った蔵書には、少しでも関係のありそうな書籍は全て目を通してしまった……。

 だから一つ言えるのは、これ以上勉強のしようがないという事。

 ならばどうするべきか、まず思考を原点に戻すべきだろう。

 私の役目、それは悪役令嬢を演じる事……それは間違いなく、そして勘違いのしようも裏を持たせる言葉もなかった。

 そこまで考えて少し引っ掛かりを覚える。


 悪役令嬢に、ではない。


 もっと別の事……そう、演じる意図。

 なぜ私が悪役令嬢にならなければいけないのか。

 第二王子を見極めるため……いや違う!

 お父様はその言葉に肯定の意を示さなかった!

 ただ笑みを浮かべただけ……そして、満点とは言わないという言葉を使った。

 概ねその通りとも言った。

 ならば、細部が違うのだろう。

 細部……第二王子の見極め……第二王子の……?


 いや、まて私。

 なぜ、立場的にはただの婚約者である私が一方的に王子を見極めるのだ?

 それは私の役目ではなく、国王陛下とお父様の……っ!

 そういうことか……。


「セレス! 至急お父様にお取次ぎを!」


「かしこまりました、お嬢様。しかし旦那様は職務中故、至急と申されましてもお時間をいただくことになるかと」


「その職務に関わる事だから、とお伝えしてください。そうすればすぐにでも応じてくださるはずです」


「……かしこまりました」


 一礼して書庫を出ていくセレスを見送る。

 もし、私の仮説が間違っていないのであれば……それは相当面倒で厄介なことだと思う。

 どころか私の人生に関わってくる話になってしまう。

 ツーと背筋に冷たい汗が伝う。

 仮説が間違っていたら?

 そしたらお父様の職務を邪魔した事を詫びて、素直に今回のお仕事に邁進するだけ。

 そうなれば、どれだけ楽か……。

 そんなことを考えながら書斎で待つこと数分。

 手慰みに近くの本を手に取ってみたが集中などできるはずもなかった。


「お嬢様、旦那様が応じると」


「エスコートをお願いします」


「かしこまりました」


 あぁ、神様どうか私の仮説が間違っていますように……とか祈っていたらセレスがお父様の書斎の扉をノックしていた。

 いつの間にこんなところまで……恐怖の前の時間って長いようで短いなぁ……。


「セレスです、お嬢様をお連れいたしました」


「セレスはそのまま下がってくれて構わん、マリアだけは入れ」


 あぁ、もうまな板の上の魚の気分。

 これから美味しく調理されてしまうのかしら……。


「マリア・フォン・リーベルト、入室いたします」


 声をかけてから扉を開く。

 いつもより声のトーンが下がってしまったのは、怖い事を想像してしまったからだろうか。

 気分も重い。


「さて、来客中ではあったのだが……急用という事で時間をとった。よもや下らん話ではあるまいな」


 お父様はソファーに腰掛け、体面するように豪奢な衣装の人物が座っている。

 ……私の見間違いではなければあの方は。


「これは、ブルーム国王陛下。大変失礼いたしました」


 うん、国王陛下。

 私の婚約者の父にして、文字通りの意味での国父。

 そしてお父様の上司でもあり、私にとっては将来義理の父になるかもしれない相手。

 極めつけに、少しでも不敬を働けば首が物理的に飛びかねない相手……いや善王として名高いから多少の無礼くらいは許してくれるらしいけれども……。


「やぁマリア嬢。本日は御日柄もよく」


「えぇ、お仕事の邪魔してしまい、大変申し訳ございません」


「気にすることないよ、今はオフだからね。なぁそうだろウィッシュ」


 ウィッシュ・フォン・リーベルト、それがお父様のフルネーム。

 二人は幼馴染である、という話はよく聞いていたけれどオフだとこんなに親し気に話すのか……。


「陛下……娘の前ですぞ」


 あ、さすがに苦言を呈した。

 まぁね、身内の前とはいえあまり態度を軟化させすぎて嘗められても王としては問題だし。


「だからこそだろ、いずれは私の娘にもなるのだから」


 ……なんだろ、ちょっと背筋がゾワッとした。


「それで、何の要件だ」


「先日の一件、お父様に……えーと、その」


 しまった! 陛下の前で第二王子殿下を見極めろとか言った話するのはさすがに気が引ける!

 お父様空気読んで察して!


「あぁ、悪役令嬢を演じろという話か」


「そうです、その件ですが私の意見に対してお父様は満点ではないとお答えしましたね」


 よーしよし、いい感じにごまかせそうだ。

 だって私、第二王子の事には一切触れてないもんね!


「ふむ、第二王子殿下を見極める事こそが役目ではないかという話か」


 アウトー!

 お父様アウトー!

 それ言わないでほしかったー!

 グッバイ私の首と胴体!


「あーさっき話してたことかぁ。マリア嬢はやっぱり聡いなぁ」


「え? え……?」


「心配するな、今日陛下がいらしているのは……」


「ウィッシュ、オフなんだからブルームでいいさ」


「しかし陛下……」


「王命でもいいよ?」


「……はぁ、ブルームが来ているのはお前の理解がどれほどのものかを話していたからだ」


 あ、お父様あきらめた。

 でも私の言葉が不敬に当たらないというなら、まぁ一安心かな。


「それで、うちの次男坊を見極めるという話で何か気になる事でもあった?」


「そう、ですわね。繰り返しになりますが、あの時お父様は『満点ではない』とおっしゃられましたね」


「あぁ、その通りだ」


「そこで少し考え方を変えてみました。これは第二王子殿下の見極めだけではない……はっきり言ってしまえばそれだけでは10点と言ったところでしょう」


 ちなみに100点満点中の話である。


「ほう……? ずいぶんと辛口な点数を付けたものだな」


「はい、この三日間書庫に籠りおとぎ話や小説を読み漁り一つ疑念が湧きました。その疑念は、どんどん深まり様々な可能性を私に開示しました」


「言ってみなさい」


 すーっと息を深く吸い込む。

 既に手のひらと背中は汗でじっとりとしている。

 けれど、ここで逃げ出すわけにはいかない。


「悪役令嬢の演技、それは第二王子殿下をはじめとする関係者全員を『国家が』見極める事……ではないでしょうか」


 つまるところ渦中のど真ん中にいる第二王子、それをたぶらかす役目の地位の低い令嬢、第二王子の友人と部下、そして何より……第二王子の婚約者である私自身。

 それら全ての見極めではないのかと私は考えた。


「……ふむ、どうしてそう思った」


「まず一つおかしいと思ったのは、やはり『満点ではない』という発言でした」


 そう、そしてあの時私の言葉。

 第二王子を見極める、という言葉に一切の肯定をしなかったこと。


「その言葉が意味することはずばり、足りないという事です」


「そうだな、あの時のお前の回答は的外れではないが足りていなかった。いうなれば矢は的に当たっていたが、中央には当たっていなかったのだ」


 ここで一つ、頷いておく。


「次に気になったのは、何故第二王子殿下だけなのか……という事です」


 この国には三人の王子がいる。

 公爵家も代を遡れば王家の血筋が通っているので、一応ではあるが一部の公爵家嫡男には王位継承権があるがそんなものはほとんど飾りである。


「見極めるならば第一王子殿下こそを見極めるべきではないか、そう考えた時に一つ気になる事実を思い出しました」


 楽し気に頷くお父様と国王陛下。

 のんきなものでうらやましい……。


「第一王子殿下には婚約者がおりません。第三王子殿下も同様ですがこちらは年齢故でしょう」


 第二王子殿下は私と同い年、第一王子殿下は私たちの三つ上、第三王子殿下は現在4歳である。

 ぶっちゃけ、貴族王族となれば4歳でも婚約者がいてもおかしくはないけれどそれは今はあまり関係ないのよね……。


「陛下、一つ質問をよろしいですか?」


「言ってごらん?」


「第一王子殿下、彼の方は学園とは無縁の地で……いえ、濁すのはやめましょう。今この時も各国へ出向く大使の助手や陛下の手伝いという形で業務を手伝わせていますね」


「うん、よくわかったね」


「だいぶ遠回りに仮説を立てたので、説明すると長くなってしまいますので割愛させていただきますが……第二王子を当て馬にするおつもりでしょう」


 わかりやすく言うならば、国を継ぐ可能性が一番高いのは第一王子殿下。

 その第一王子殿下には経験を積ませることで海千山千の化け物たちを相手に立ち回れるだけの度胸と知恵を磨かせている。

 対する第二王子殿下、婚約者を得たうえで学園に通わせる。

 これはいざという時のために使える予備のようにも見えるが、実際は違う。


 例えば第二王子殿下がどこぞの令嬢にたぶらかされたとする。

 そうすれば王族としては不適切、腹の中に化け物を飼っている貴族や他国の傀儡にされかねない浅慮な人間として処分される。

 これは失敗した時の光景を見せる事になる……第一、第三王子殿下の両方に。

 ある種の脅しであると同時に、もし第二王子が令嬢のたぶらかしを見透かして自身の立場を理解し、相応の立ち振る舞いをしたら。

 その時はやはり第一王子にお前の代わりはいるのだ、と脅しをかける事になる。


 そして第三王子の役割、それは本当の意味で文字通りの『予備』。

 第一王子がどこぞで命を落とした場合、そして第二王子が王族として不適切だった場合に持ち出される最終手段。

 兄二人がどのような死に方をしたのか、それを理解できるようであれば時期国王となるべく必死にもなるだろう。

 なれないようであれば、言い方は悪いが陛下が再び種馬として苦労するだけの事。

 まぁいざという時は公爵家だけで国を回すこともできるけれど、象徴たる王を適当な人員から見繕う面倒が増えるだけである。


「おみごと! いやぁ……君が娘になる日が楽しみだよ!」


 ぱちぱち、と陛下が拍手をする。

 お父様も先日とは違い、安心したように笑みを浮かべている。

 けれど、まだ終わりじゃない。

 始まってもいない。


「それで、第二王子殿下を見極めつつ当て馬にするのはわかりました。王家に嫁入りする私の見極めというのも理解できます。令嬢に関しても、おそらくは容姿と話術に長けた者が選出される事でしょうから有望株の先物取引という事でしょう。ではそれ以外は……と考えました」


「うんうん、聞かせてもらおうかな」


「先ほどお父様は、陛下の態度に苦言を呈しました。これこそが貴族に求められるものであり答えでしょう」


 つまり、王位継承権を持つ人間についてくるだけの金魚の糞には用がないという事。

 ただのイエスマンなんてのはもってのほか。

 真に忠誠心を示すのは間違った道を歩もうとする王を止める者。

 それを見極める事こそが本質ではないか。


「ねぇウィッシュ……マリア嬢、見極めとかするまでもなくうちに欲しいんだけど」


「お戯れを、と言葉を濁しておこうか」


「濁さなかったら?」


「ざっけんな、慣例は慣例だろうがアホンダラ」


「ま、そう言うと思ったよ。相変わらずウィッシュは頭が固いなぁ」


 なんか、盛り上がっていますねぇ……こちとら冷や汗流しながら話をしたというのに。


「ここまでくれば私が何をすればいいのか、試験の内容もわかります」


「わかっちゃうかー」


「だから、そうですわね……陛下、お父様、お願いがございます」


「いいよ」


「陛下が許可したんだから私も許可しよう」


 はやっ、内容も聞いてないのに!


「ここまで聡いマリア嬢が言い出すんだから必要な事なんだろう? だったらそれを断る意味はないね」


「はぁ……でも一応お話しさせていただきます。機密となっている『慣例が始まって以来没落した貴族と、修道院に送られた令嬢、病死された王位継承権はく奪者たちの記録』の閲覧許可をいただきたく思います」

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