振り向いた先にいたのは一人の女性、制服を見るに貴族令嬢……見覚えが無いから男爵家か子爵家。
見た目は小柄で愛らしい風貌に、金髪の細くさらさらとした髪は撫で心地がよさそう。
顔だちもあどけなさを残しているせいか、同級生とは思えないほどに幼く見えてしまう。
要するに、男受けのよさそうな女の子登場。
「今のお話は……女性でも政略結婚の道具として扱われないというのは本当でしょうか……」
「あ、あぁ……将来的にそうしたいと考えているが、君は?」
「あっも、申し遅れました。レイラ・シス・エリザベートです……その……盗み聞きをするつもりはなかったのですが……」
なるほど男爵家か。
基本的に貴族位の人間はミドルネームを持ち、ミドルネームは階級ごとに違う。
例えばリーベルト家のような公爵家は『フォン』の名を与えられ、王族は『ソル』、ハインツ様のような子爵家は『ルード』、そして彼女のような男爵家は『シス』となっている。
面倒くさいけれど覚えていないと思わぬ粗相をすることになるから貴族たちは必死になってこれを覚えるところから教育が始まる。
「ふむ、レイラ嬢。聞かれたところで困る話ではないが、そのような血相でどうした」
「あ、あの……じつは私の家、エリザベート家なんですが……」
ごにょごにょと言いよどむ姿を見ているとまるでこちらがいじめているようにも見える、がそんなことは決してしていない。
でもその姿は見ているだけで嗜虐心をくすぐるのがなんとも……。
とりあえず助け舟を出しておきますか……。
「レイラ様、もしよろしければ同性の私がお聞きいたしますが」
「マッ、マリア様! そんな殿下とマリア様のお時間を無駄に割くつもりは!」
「あまり固くならないでくださいませレイラ様、私達は同級生ですのよ」
「い、いえ……ですが……」
「少なくとも言いよどむ程度には話しにくい事なのでしょう? であれば……あいたっ」
ビシリと脳天に何かが当たる。
見上げてみればそれはグレイ様の手刀だった。
乙女に何たる行為を……減点! と言いたいけれど私的感情は挟まないようにしないと……。
「そのくらいにしておけマリア、レイラ嬢がおびえている」
おびえて……何たる言い草……いやまぁ多少威圧感覚えるような言動はしてみたけれども。
「グレイ様……そんなこと言われましてもこの顔立ちも言動も生まれつきか、さもなくば生まれてから今日までに仕込まれたものですので」
「ならばもう少し自覚を持て、だがマリアの言う通り言いにくい事であれば同性のマリアを通して聞かせてもらえればと思う。幸い時間もあるし、何かあるならば相談に乗るつもりだ」
「い、いえそんな……」
「思うところが合って口をはさんだのだろう? ならばこちらとしてもぜひ意見を聞いてみたい。今のままでは参考にできるのはマリアしかいない上に、こいつは規格外だ」
む、なんか失礼な言いかたされた気がする。
「では……えっと、私の家なんですが少々落ち目でして……」
そこから語られたのは聞くも涙語るも涙……とはならない、よくある低位貴族の破産街道まっしぐらな情勢だった。
つまり、レイラ嬢の実家であるエリザベート家は『貴族らしく』という固定観念にとらわれて低位貴族の部を超えた贅沢三昧をしていたらしい。
貴族らしくというのは一つの仕事ではある。
定期的にお茶会を開いて婦人同士で交流をはかり、家長である夫を支え次代の家長となる子供、あるいはコネクションを作るために娘の婚約先を決めるなどの話し合いもある。
また貴族は流行に敏感でなくてはならないから、それこそ毎月新しいドレスやらなんやらを購入しては晩餐会に赴く必要がある。
この晩餐会は基本的に誘われたら立場が上でない限り断れない。
なにせ「私はあなたの敵ではありませんよ」というアピールをするにはもってこいの場であり、特に理由もなく断れば敵対しているとして目をつけられてしまう。
そして敵対派閥なんかがあったとしても、そちらが受け入れてくれるはずもない。
なにせ時代が時代だから派閥は量より質を選ぶから、理由無く晩餐会を断るような人間を信用できるかと言われたらねぇ……。
で、誘われるだけならまだしも貴族の身分で晩餐会の主催者にならないというのも問題になる。
晩餐会というのはある種の戦場であり、また自分の力を誇示するための場でもある。
だから「私はこれだけの力がありますよ」と上位階級の貴族に見せるのと同時に、他の派閥の貴族に対するけん制にもなる。
つまるところ夜会だのお茶会だの一つ開くにも平民の年収が吹っ飛ぶような値段が動くことになる。
それだけならいいのだけれど、たまに見栄を張りすぎた貴族はやらかす。
盛大な晩餐会を開いて上位貴族より立派な場を作ってしまう程度ならまぁいい。
けれど回数が多すぎたりとか、宿泊用の部屋を豪華にするために無茶苦茶な金額をつぎ込んだりとか、毎回ドレスやアクセサリーを新調したりとかしていたら上級貴族でも簡単に破産する。
それをレイラ嬢の家はやってしまったというのだ。
結果レイラ嬢をこの学園に送り込むのもギリギリの状況に陥ってしまい、挙句に借金までしてしまったという。
そしてその相手が悪かったというべきか、この国の癌のような存在として周知されている高位貴族の一人からの借金だったそうだ。
借金の契約書には金が返せない場合はレイラ嬢がその高位貴族の側室として嫁ぐとことされている。
とどめとして、レイラ嬢の両親は借金を返すつもりはないらしくどんどん借金の額を増やしているそうだ。
うん、その高位貴族家もエリザベート家も次代ではおとり潰しになっているんじゃないかな。
身の丈に合わない事をしている貴族と、悪徳貴族は王位が変わる度に取り潰されているんだからその筆頭だろう。
「なので、私は……その……」
「豚公爵に嫁ぎたくない、だから自分で働いてでも金を稼いで借金を返したいという事か」
「その通りです……あちらの要求からするに卒業後二年は猶予がもらえると思いますので……」
レイラ嬢の読みは甘い。
砂糖をたっぷり使ったパウンドケーキにクリームと蜂蜜とカラメルをかけた物体よりも甘い。
豚公爵と称されるパトリック・フォン・リザードは貴族ならば誰もが一度は聞いたことのある名である。
むろん悪名と言う意味で。
壊してきた女の数は星の数に並び、彼が原因で崩壊した家庭は貴族平民含めて海辺の砂に並び、あくどい方法で稼いだ金銭は月まで届くとまで言われている。
そして今もなお借金の額を増やしているエリザベート家は、おそらくレイラ嬢の卒業後……いやもしかしたら現役学生というブランドを狙って今この時にも魔の手が伸びる可能性がある。
まぁ、流石に同列の公爵家程度ならまだしも四大公爵家と王家に手を出すことになるから表立ってはしないだろうけれど、裏でどんな方法を使ってくるかわからない。
だから卒業後二年なんてのは希望どころか奇跡のようなもので、対策を打つなら今すぐに動くべきと言える。
「グレイ様」
「言わんとすることはわかっている、今日中に手をまわしておこう」
「ありがとうございます、こちらも後ほどお父様に」
うん、やっぱりグレイ様は馬鹿ではない。
こちらがレイラ嬢の保護と、パトリック公爵の対処を国王陛下にお願いしたいという話をしようとしたら同じことを考えていた。
だから私もお父様の、四大公爵家としての力を王家と言う名の盾の下で存分に使わせてもらう事にしよう。
……と、いうのは方便。
ここまで彼女の話が真実である場合という前提でいろいろ考えてきた。
その上でとりあえず言いたいことはあるけれど端的に……レイラ嬢、あなたヒロイン候補でしょ?
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