悪役令嬢になれと父に言われましたが難航しています~悪役令嬢になろう学園生活~

蒼井茜
蒼井茜

トラブル発生

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2020年9月1日(火) 14:04
文字数:6,387

イラスト:ハインツ・ルード・ボードル


 それから指定された教室に向かう途中の事だった。


「マリア、先ほどの挨拶はどういうつもりだ」


 背後からの声、振り向くまでもなく声でグレイ様だとわかる。

 ついでに声色からは怒りを感じない代わりに疑問がにじんでいることも。


「あらグレイ様、どういうとは?」


「まるで俺の挨拶を否定するような内容、お前は……なんと言うべきだろうか、王族たる俺がこんな言い方をしては侮られるかもしれないが、俺よりも頭の出来がいい」


「ご謙遜を」


 いや、こんな廊下のど真ん中で王族を主張している時点で馬鹿だというのはわかりますよ。

 頭が悪いとかそういう意味ではなく、直情的と言う意味でだけれど。


「謙遜ではない。少なくとも俺は兄弟の中では一番不出来だ。だからこそ見識を広めなければいけない」


 ふむ、自分の知恵と知識と考えだけでは足りない……いわゆる無知の知と言うやつかな?

 だとすれば少しグレイ様の評価を上方修正。

 自分の愚かさを知っている人は、簡単に騙すことはできない。

 言われるがままに操り人形になるような間抜けではない証左ともいえる。

 ……まぁ、そんな相手をだます方法なんてのは山ほどあるし海千山千の貴族がそのスペシャリストなんだけどね。

 詐欺師がかわいく見える程度には。


「ゆえに、外聞など知った事ではない。わからなければ全て聞く、納得できるまで思考を巡らせ議論する、それが俺のやり方だ」


「良いお心がけだと思います。ではそうですね……一つだけヒントを出しておきましょう」


「ヒント、だけか?」


「ここで答えを教えてしまっては成長に繋がりませんので。それともいりませんか?」


「いや、聞こう」


 うん、素直でいい人だ扱いやすい。

 もうちょっと腹芸とかできる様になればそこそこ役に立つ人材くらいの立場は確保できるんじゃないかな……次期国王は無理だと思うけど。


「この国の法は国王陛下の名の下に保証され、その国王陛下がこの学園の校則を同じくらいに重視しているという事です」


「む……どういう意味だ……あぁ、いや質問ではない、自問だ」


 ちゃんと考える辺りは本当に偉いんだけどね……能力が追い付いていないのが残念。

 あと素直すぎるのも減点。


「これ以上は答えになってしまいますが……あぁそうだ、ならばもう一言だけ」


「む、それは答えに繋がる事か?」


「いいえ、違いますわ」


「ならば聞こう、ぜひ教えてほしい」


「かしこまりました。では……交友関係は広く持つべきですが、その全てを鵜呑みにするのはよくない事です、自分の考えを一本持っておくことが何より大切なのです」


「自分の考えと交友関係……ふむ、言わんとすることはわかるが答えはわからぬな……だがほかならぬお前の言葉、しかと胸に刻んでおこう」


「ありがとうございます」


 スカートのすそを持ち上げて一礼、よーしよしこれでヒロイン役と馬鹿な貴族共が殿下の周りに集まりやすい環境が整った。

 ついでにこの見極め試験でグレイ様が立ち回りやすいように誘導してしまったけれど、これくらいは許容範囲だよね。

 さて、改めて教室へ向かおう……と、思っていた時期が私にもありました。


「平民風情が!」


 廊下を進もうとした矢先にこんな言葉を耳にすれば、私が……今の立場の私が動かないわけにはいかないでしょう……。

 どこのどいつだよ厄介ごと増やしたの……。


「グレイ様、少しお時間をいただいても?」


「それは俺が言うべき言葉だ、淑女ならば下がっていろ」


「そうもいきませんわ、見聞は広く……それが私の貴族としての在り方ですから」


「野次馬根性……と言うわけではなさそうだな」


「もちろん、貴族社会において情報とは何よりも強い武器……そしてその情報を持たない者は必然的に弱者となります。いうなればこれも護身の一環です」


「そうか、ならば同行を許す」


 許すってなんですかねぇ……無意識に自分を上に持ってくるのはやっぱり減点。

 でも人の意見に耳を貸すあたりは悪くないから差し引きでとんとんとしときましょう。


「かしこまりました」


 恭しく一礼してから声のした方へ、と言っても割と近くからだったので廊下の曲がり角を2回曲がっただけで現場には到着した。


「へんっ貴族が何だってんだ! この学園じゃ貴族も平民も平等だって王様が言ったばかりだろうに!」


「だからとて貴様の言葉は不敬に値する!」


 あー……やらかしてますね、派手に。

 ものすっごい、面倒ごとの予感……。


「そこまでだ、貴様先ほど平民風情と言ったな」


「誰……かと思えばグレイ殿下でしたか、お見苦しいところをお見せしました……」


「あぁ、見苦しい。身分をかさに着て何をしてぶふっ」


 思わずグレイ様の顔面に扇を押し当ててしまった。

 大丈夫、ふわふわの羽毛で作った扇だから痛くも苦しくもない一品です。


「グレイ様、誰かを糾弾するときは主観で動いてはいけません。まずは事情を聞くのが先決です」


「む……だが……」


「えぇ、先ほどの平民風情という言葉はそれだけで学園の校則。ひいては陛下のお言葉の反していますが、それはまた別の問題ですわ」


「……そう、だな」


「さて、グレイ様も納得されたことですし……何があったのか教えていただけますか?」


 できる限り柔和な笑みを作って、喧嘩をしていた二人を見る。

 この学園、身分の差は関係ないと謳いながら平民と貴族で制服がわかれている。

 理由は貴族のプライドを煽るため、いうなればここで馬鹿を発見するために平民の学生には少し重荷を背負ってもらっている。

 いかんせん、彼らは貴族の金でこの学園に通っているのだからその程度は受け入れてもらわなければならないし、何より卒業後には本格的に貴族のお膝下で仕事をすることになる。

 理不尽に慣れてもらうというのが一つ。

 ほかにもあるけどとりあえず割愛。

 さてさて、片方は貴族でもう片方は平民。

 うん、二人の会話通り。

 栗毛の男性が平民で、赤髪の男性が貴族……どちらも体つきはがっしりしているけれど筋肉の付き方が違うわね……。

 栗毛の方は自然とそうなったように見えるから農民、鍬を使っていたからか手のひらにタコがあるのが特徴かしら。

 だとすれば剣術の授業では冗談からの一撃必殺を教えられることになるでしょうね。

 対する赤毛の方は、なんというか作られたというべきかしら……。

 器具に任せた鍛え方、不自然すぎるほどに筋肉の付き方が均一……騎士や兵士を志すなら悪くないのかしら。


「「こいつが!」」


「はいはい、一人ずつ聞きますわ。まずは赤髪の貴方から」


「この平民が、私にぶつかってきたのです」


 ……は? それだけ?


「あの……それでどうしたのですか?」


「あぁ、言葉足らずですまない。わざとぶつかってきたのだ」


 なるほど……?


「栗毛の貴方、それは本当ですか?」


「足がもつれたのをわざとと言われてもこっちはいい迷惑だな」


「その程度の事か……」


 グレイ様……あなた考えの浅さをもう少し知ってくださいませ……。


「その後、どういった経緯で平民風情と言う言葉に繋がったのかをお教えいただけますか?」


「む、それはだな……」


 赤髪の方が少し言いよどむ、何か言いにくい事かしら。


「多少よろけたところでこの者が謝罪もなく、その程度の筋肉でまともに剣がふれるのかよ、お坊ちゃんと言ってきたのだ」


「わりぃつっただろうが!」


「それが謝罪の言葉であるものか!」


 あぁ……うん、なるほど。

 貴族ばかりに警戒していましたがこういうパターンもあるのですね……。

 そりゃね、普段から貴族に良い感情を抱いていない平民なんてのもごろごろいますからね。

 なにせ自分たちが育てた作物や、稼いだ金銭を一部とはいえ税として徴収されてしまうのだから……。

 だからと言って貴族がそれを無駄遣いしているわけではなく、ちゃんと領地のため国のために使われている……はず。

 横領とかする悪党がいないとは言い切れないけれど、そういうのはあの狸な国王陛下がタダで放置しておくはずはないから。


「栗毛の貴方は、それに対して反論は?」


「無いね、事実だろうがよ。そんなひょろっちい身体で何ができるってんだ!  俺だって実力でこの学園に入学したんだからただのボンボンとは違うんだよ!」


「えっと……非常に言いにくいのですが……」


「なんだよ嬢ちゃん、なんか言いたいことがあるのか」


「この方、多分男爵か子爵ですわ」


「それがなんだってんだ」


「貴族階級で何の努力もせずに入学できるのは侯爵からですが、伯爵でもある程度の金額と成績を修めていれば入学できる仕組みになっています」


 ちなみに子爵と男爵の入学金はとても安い。

 男爵は平民の給料1か月、子爵は3か月分くらい。

 伯爵は子爵の3倍くらい。

 そこから順に侯爵、公爵、王家と3倍になっていく仕組み。

 だからまぁ、男爵から伯爵階級は一定以上の成績を修めないと入学はできない。

 それでも平民よりはだいぶ低いハードルだけれども、階級が下がるごとにハードルは上がっていく。


「マリアよ、それでなぜ男爵か子爵と言う話になる? 伯爵かもしれないだろう」


「この方、私はパーティでお会いしたことがないので」


 公爵家が出席するパーティは貴族の中でも上位の人間しかいない世界。

 最下級の男爵や、その上の子爵ではまず出席できなかったりする。

 伯爵になれば、その手のパーティにもぐりこむ方法はいくらでもあるから除外。

 つまり私が知らない相手で、貴族という事は下級貴族という事になる。


「なるほどな……して、どうなんだ赤毛の」


「その通りです、ボードル子爵家嫡男ハインツと申します」


「ふむ、つまりはそういう事か……」


「おい何の話してんだお前ら!」


「なんの、とは? ただの喧嘩の経緯を聞いて、仲裁しているだけですが」


「これだから貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは……小難しいこと言っておけば平民なんざ言いくるめられると思っているんだろ!」


 あらまぁ……よくわかったわねこの栗毛。

 それで煙に巻ければそれでよかったのだけれど……。


「要するに、子爵家の人間は平民よりも少しハードルが低いだけで努力しなければこの学園には入れないという事です。足がもつれたにせよ貴方は正しく謝罪をするべきでした」


「はぁ? この学園じゃ身分関係なく平等なんだろ?  王様だって自由を保障してくれたんだぜ」


「自由と無法はまるで別物ですわ。悪いことをすれば謝罪をする、子供でも分かる事ですが……貴方は武芸特進でしたか?  地図の見方や戦術などを理解するには基本的な知識も必要ですし、軍隊とは集団生活を余儀なくされるので最低限の常識は必要ですわよ」


「わけのわかんねえことをごちゃごちゃと!」


「人並みの常識を持ちなさいと言っているのですが……あぁ、難しすぎましたか? ではこう言いましょう。悪いことをしたらちゃんと謝りましょうね。いいことをしてもらったら感謝しましょうね」


 子供をあやすような口調で、あえて煽って見せる。

 うん、流石に馬鹿にされているのはわかったらしい。


「このアマ!」


 こぶしを握り締めて殴りかかってきたけれど……遅い。

 赤髪の子爵……ハインツといったかしら。

 彼がその腕を掴み、自らの身体ごと地面に引き倒した。

 ゴキリと言う音が鈍く廊下に響くと同時に、つんざくような悲鳴がこだまする。

 あ、私じゃないよ。

 栗毛の悲鳴、間接外れたかな?


「貴様……この方をどなたと心得る」


「し、しるかよ!」


 気丈にも右肩を抑えながらよろよろと立ち上がる栗毛君。

 男の子ってどうしてこう……。


「この方は第二王子グレイ様の婚約者、マリア・フォン・リーベルト様だ!」


「以後お見知りおきを」


 まぁこの辺は入学式でも言ってたし……あれ?  なんで彼知らないんだ?


「というか入学式で挨拶させていただいたはずですが……」


「あぁ、少なくとも婚約者であることも表明したな」


 グレイ様ナイス援護射撃。


「そんなもん出てる暇あったら剣の特訓するに決まってるだろうが!」


 決まっているんですか……向上心だけは認めますが……。


「その、訓練と向上心は素晴らしいと思いますが……自分より下を見ては意味がないと思いますよ」


「マリア様!?」


 ハインツ君ステイ。


「下とは言いましたが、実際に戦ってみればこの通り貴方が負けたのですし、これは100回やっても同じ結果になるでしょう。貴族の低階級というのは一芸を身につけなければ次代には取り潰されることもあり得る……そんな立場です」


 ぶっちゃけ、土地を守り続ければ何世代でも同じ仕事を続けられる平民より低階級貴族の方が崖っぷちに立たされている。

 流石に爵位はく奪はめったにないけれど、それこそ数世代に一つ二つの家がなくなるかどうか程度だけれど、貴族の家柄なんてのは本当に儚い物。


「己の力を誇示したくなる気持ちは私にはわかりません、なにせ私はとても弱いですから。でも間違っていることを間違っているというだけの正義心はあるつもりです」


「ぐっ……」


「とはいえ……ハインツ様、貴方の言動にも問題はあります」


「そんなことは……いえ、そうですね……反省します。すまなかったな栗毛の」


「……チッ、何しおらしく謝ってやがるんだボケナスがっ」


 おおう……この方馬鹿でしたか。

 どうしよう、これでお互いに水に流して双方謝罪となれば万事解決だったのに。


「貴様……こちらが頭を下げてやったというのに……!」


「だが!」


「っ!?」


「俺は完膚なきまでに負けた、そこの嬢ちゃんには言葉で負けて力に頼ろうとして、そしてお前にはねじ伏せられた。完敗だ、それだけは認めてやる」


「……はぁ」


 これは、素直じゃないといえばいいのかしら。

 いや知らないけれど。


「まず嬢ちゃん、すまなかったな。正論に腹を立てた」


「いえ、私もあえて怒りを誘うような言葉を選んだこと謝罪いたしますわ」


「その敬語やめてくれよくすぐってぇ……んで、そっちの……」


「グレイだ」


「グレイ様と呼んだ方がいいかい?」


「むしろそう呼ばなければ不敬に値するとわからんか!  この方は第二王子殿下だぞ!」


「知るかよ、誰だろうとこの学園じゃ平等なんだ。グレイ、あんたには特に謝る事はないと思っていたが……婚約者を殴ろうとしたこと、すまなかった」


 ちらりとグレイ様がこちらを見る。

 扇で口元が栗毛に見えないように笑みを作って見せると呆れたようにため息を吐いた。


「かまわん、マリアも言ったがお前の逆鱗を突いたのはこいつだ」


 よしよし、伝わった。


「で、赤毛の坊ちゃん」


「ハインツだ!」


「お前には謝らねえ」


「何故だ!」


「俺は間違ったことをしていたとしても、間違ったことは言っていない! そんな足腰の弱さでどうする!」


「むっ……」


「さっきの組手術は見事だったが多人数に囲まれたときはどうだ、一人を道連れに死んでどうなる!」


「だがっ!」


「だからお前は足腰を鍛えろ! そしてもう一つ……」


「なんだ……」


「俺が頭に血が上ったとき、この嬢ちゃんを殴ろうとしたのを止めてくれてありがとよ……」


「お前……」


「チッ、柄にもない事を言っちまった。俺はもう失礼するぜ」


「あっ、待て貴様!」


「やなこった、ついてくんな坊ちゃん」


「うるさい!  坊ちゃんと呼ぶな筋肉だるま!  それに私の教室もこちらなんだ!」


「けっ、同じクラスじゃない事を祈るぜ」


「こちらのセリフだ!」


 ……どうしましょう、男の子って存在はよくわからないけれどなんか勝手に終わってしまった感じで、置いてけぼりをくらった気分。


「グレイ様……男の子の友情と言うのはああして芽生えるのでしょうか……」


「知らん……が、世間の男どもは否定するだろうな……」


「そうですか……なんかどっと疲れましたが、教室に行きましょうか」


「あぁ……」


 こうして学園で最初のトラブルは幕を閉じたが、この事件が後日あんなことになるは……。

 正直私には想像もつかなかった。


「しかし、お前は冷静な判断力を持っているなマリアよ。良い国母となる事だろう」


 ついでに悪役令嬢としての道が難しくなった。

 なーんで謎の信頼得ちゃってるんでしょう……いや、やりやすいからいいんですけどね。

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