イラスト:グレイ・ソル・ヴァーミリオン
「えーこうして春爛漫の中で入学式を迎えられたことは……」
長い……長いわ、学園長のスピーチ……。
退屈で寝てしまいそうだけれど、そんな粗相は許されない……。
耐えるのよ私、横にはお父様とお母様が……。
「あふ……」
お母様ぁ!?
扇で隠しているけれど欠伸が漏れてます!
「なっとらんな……演説とはいかに要点をまとめて相手に伝えるかが肝だというのに……」
お父様……相変わらずの仕事中毒ですわね……。
学園長の演説にダメ出しとは……。
いえ、まぁ気持ちもわかりますが少し落ち着きました。
こうしてよく見てみれば周囲の貴族、主に評判の悪い方々は既に話を半分も聞いていない様子。
評判のいい方々ですら顔をしかめてらっしゃる……。
あの学園長、来年までいられるかしら。
私の領分はあくまでも学生に限るから関係ないのだけれど、今後の事を考えると少し同情してしまうわね。
いえ、いかに教員と学生をまとめられるかと言う意味ではあちらの方が責任重大ですからそんな立場に対しての同情と言うべきかしら。
「と、いうわけでして……私達一同は皆さま新入生の入学を心から歓迎いたします。以上学園長ロバルト・フォン・バルムンク」
あら、バルムンク家の方でしたか……。
確か公爵家として国の研究員をまとめてらっしゃるという話でしたが……察するに無駄に長い話が祟って飛ばされたのですね。
「ロバルトめ、あれほど演説の練習に付き合ってやったというのに何一つ進歩していないではないか……」
「あら、お父様のお知り合いでしたか?」
「まぁ公爵家の付き合いと言うのもあるが、学園の同期だ。見ての通り緊張すると無駄に話を引き延ばす癖が合って、家業は弟が継ぐことになったらしい」
「それは……なんというべきでしょうか……」
弟が家業を継ぐ、ということは貴族家としては無能の烙印を押された長男と言う扱いになる。
言うなれば家の恥にも近いものだが、それを挽回できる程度の立場に置かれたという事だろうか。
「まぁ奴はもとより家督なんかどうでもいいと言っていたからな。おそらくは今の立場にいる方が楽なのだろう」
「なるほど、国としても学園の長が公爵家と言うのは都合がよろしいでしょうしね」
「そういう事だ」
学園には将来見込みのある平民なんかも入学してくる。
そんな平民に対して横暴な態度をとる貴族に文句を言える立場というのは貴重であり、その点で公爵家……つまりは貴族階級の最上位に位置する家柄の人間ならば右に出る者はいないだろう。
また王族が粗相を働いたとしても、公爵家の影響力と言うのは馬鹿にできない。
敵にまわせば現政権は見るも無残な結末を迎える事になる……が、ブルーム陛下が舵取りをしている今であればそんな心配は杞憂だろう。
なにせ慣習とはいえ、第二王子を当て馬にして学生を見極めろなんて無理難題を公爵令嬢に吹っ掛けるくらいの肝の持ち主だし。
「では続いて学生代表、グレイ・ソル・ヴァーミリオン」
あら、まさかあの方が学生代表とは。
「お父様、第二王子殿下が学生代表と言うのはご存じでしたか?」
「無論、というよりそうなるように手配したのだ」
「先日おっしゃっていた『準備』の一つですね?」
「あぁ、曲がりなりにも王族が入学するというのにそれが馬鹿では示しがつかんからな」
そう、本来この学生代表の挨拶は入学試験で一番成績の良かった者が務める。
第二王子ことグレイ殿下の成績は知らないけれど、一定階級以上であれば入学試験はほとんど現在どれほどの知識を持っているかを確かめる程度の意味しかない。
つまりは王族ともなれば0点でも入学できるのだ。
代わりに平民の入学条件はかなり厳しいものになっているが、これにも見返りがある。
貴族は階級が上がれば上がるほど入学金に始まり学校に収める金額が増えていく。
反面、平民は基本的に無料で学園に通う事ができる。
将来有望な人材を発掘するための場でもあるのだから、金銭問題で学園の門戸を閉ざしてはいけないという考えからである。
そしてこの学園を無事に卒業できれば、貴族のお膝下で高収入の仕事に就くことができる。
その一発逆転を狙って子供の教育に力を入れる平民も少なくはない。
またこの学園の試験で振り落とされても、それなりの点数をとれば姉妹校などへの入学権を手に入れる事が出来たり、貴族が青田買いとして雇い入れる事もある。
まさに平民にとっては年1回のチャンスともいえる。
が、今年はそれとは関係なく王族であるグレイ殿下がスピーチをするらしい。
さてさて、婚約者様の演説に期待させていただくとしましょう。
「並びにマリア・フォン・リーベルト。両名壇上へ」
……は?
「お呼びだぞ、マリアよ」
お父様……謀りましたわね?
「……貸しにしておきますわ」
「くく、好きにするといい」
むきー! この余裕の笑みが腹立たしい!
くそう、こうなったら盛大にやらかしてやる……悪役令嬢を最初から全開でやってやる!
「マリア、久しいな」
「お久しぶりです、グレイ様」
ひとまずは壇上で互いに挨拶。
この辺は貴族社会での礼儀であり、平民もこの学園に入学したのならば将来の事を考えて覚えておくべきもの。
あぁ、だから私も呼ばれたのか……。
男女の礼はそれぞれ姿勢が異なるのだから。
あとは挨拶は階級の高い者からするのが礼儀と言うのも一つ、正しくは声をかけるのがだけれどこの場で大きな違いはない。
「グレイ様、お先にどうぞ」
「ふむ、ではそうさせてもらおうか」
一歩前に出たグレイ様、さーてどんな挨拶をしてくれるかなー。
「グレイ・ソル・ヴァーミリオン、この国の第二王子だ。諸君とは3年間勉学を共にすることになる。各々身分に恥じぬよう勉学に努めてくれ」
はいゴミ。
この学園じゃ身分関係ないって言ってるのに、なんでそこで身分を持ち出しますかねこの人は……。
しかもこれではヒロイン役が近づきにくくなってしまう……何とかしなければ……。
「俺からは以上だ、続けて我が婚約者であるマリアから」
この……なんでそこで婚約者を強調しますか!
ものすごく面倒になるのが目に見えているしヒロイン役がもっと動きにくくなる!
婚約者がいる男性に近づくのは貴族としてはNGの一つだというのに!
……仕方がない、腹をくくりますか。
「ご紹介にあずかりました、マリア・フォン・リーベルトです」
そこで言葉を区切り一礼をしてから笑みを浮かべる。
数秒、間をとるために会場を見渡して……よし。
「皆様これから3年間共に勉学を共にする学友として、身分問わず互いに切磋琢磨しましょう。この学園では身分は関係ありません。己に恥じる事のない振る舞いをいたしましょう」
よーしよし、とりあえずジャブとしてはこんなものか。
グレイ様と同じような言葉を使いながらも、その真逆の意見をぶつける。
悪くない出だしだとは思う。
あとは……どんなストレートをお見舞いするかだけれど……。
「この中には平民の方もいらっしゃるかと思います。貴族として階級の低い方もいらっしゃると思います。ですが、学園内ではみな平等。ここは社交界の場でもなければ、舞踏会でもありません」
あと一息、何かいい文言は無いものか……。
ちらりとお父様を見ると口の端が吊り上がり、頬がぴくぴくとうずいている。
おのれ……ならば特大のをお見舞いしてやる。
「貴族社会では婚約者のいる男性女性に近づくのは品のない行為とされていますが、そのようなつまらない縛りなどこの学園には存在しません。どうか皆様仲良くしてくださいませ。以上、マリア・フォン・リーベルトでした」
ふっ、どうだ!
グレイ様の馬鹿な発言を諫めながらも間違ったことは言っていない、それでいて貴族として見れば馬鹿な令嬢にしか見えないこの言動!
少なくともこれで平民学生が近づきやすい環境も整えたし、グレイ様にヒロイン役が近づけるように場も整えた!
私、頑張った!
「で、では最後にブルーム・ソル・ヴァーミリオン陛下よりお言葉を頂戴いたします」
学園長……なんで少し顔を引きつらせているのかしら。
あなたが諫めるべき言葉を代弁しただけだというのに……。
「くくく……うちの次男坊はともかく、マリア嬢の挨拶は実に愉快だったな皆の衆! だがその言葉に偽りなし! ここは学園! ここは勉学の園! ならば諸君がやるべきことは身分だなんだに縛られて縮こまる事ではなく、大いに学び、大いに交友を広げ、広い社会へと一歩踏み出すことである! 故に、我がブルーム・ソル・ヴァーミリオンの名においてこの学園での『自由』を保証しよう!」
内心でガッツポーズ!
陛下が良しとしてくれたのだから何の問題もない!
どころか、陛下が『自由』を保証してくれたのだからヒロイン役はもっと近づきやすくなっただろう。
おぜん立ては完璧だ……あぁ、お父様が用意してくれた教育の中に演説の練習があってよかった……。
でもこのサプライズにはお恨み申し上げますお父様。
それはそれ、これはこれ……遠くないうちにこの貸しは高くつくと思ってくださいませこんちくしょう……。
「では、以上を持ちまして入学式を終了とします。各自外に張り出されているクラス分けを見て各々の教室に向かうように。父兄の方々は保護者用の説明会を行いますので今しばらくこちらで待機してください」
ふぅ、ようやく一息つける。
この突き刺さるような、グレイ様の視線さえなければだけれど……。
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