「殿下、本日の挨拶は素晴らしい物でした」
「さすがは殿下です、自らの立場に恥じないよう努めます!」
「マリア様、私貴女と一度お話ししてみたいと思っていましたの」
「ねぇマリア様、グレイ殿下の婚約者と言う視点ではこのクラスの男でよい方っていらっしゃるかしら」
はい、自己紹介の後ささっと消えたあの担任。
本当はなんか色々伝達事項とかあったのだろうけれど全部黒板に書いて「あとは各自これを穴が開くまで読んでおけよー」とだけ言い残して去って行った。
そしてある生徒が「この後はどうすれば?」と質問したところ「父兄への説明会が終わるまで交友深めてれば?」と適当に返事を返されたのでしたとさ。
……その結果がこの質問攻めですよくそったれ。
あらいけない心の中とは言え汚い言葉を……それにしても露骨な……。
殿下の周囲には高位貴族の嫡男、私の周りには貴族令嬢が、まさしく群がるという言葉がふさわしいほどにわらわらと……。
愛想笑いで誤魔化していますが、いつまでもつことやら……。
ちらりとグレイ様に視線を向けると、すでに取り繕うのも面倒と言わんばかりにため息を吐いている。
あぁ、あの豪胆さがうらやましい……。
ちなみに輪に入れない低位貴族は低位貴族同士で、平民は平民同士で集まって何やら話をしている。
うん、よろしくないこの状況。
非常によろしくない……どうしよう。
だって今の状況クラスを4分割しているような物。
グレイ様の派閥、私の派閥、低位貴族の派閥、平民の派閥。
この4つ。
そしてその一角の頂点に私がいるとなれば、それは確かに悪役令嬢っぽいけれども私見で言えば一発でアウト!
少なくともこのまま良しとすれば私の点数は暴落する。
グレイ様は……あの調子だし派閥を作るつもりはないのに勝手に祭り上げられている辺り王族っぽいといえば王族っぽい。
貴族間でも次期国王はだれがふさわしいかという話では派閥ができていたりするし、取り巻きが多すぎて派閥扱いされるというのはよくある事。
だからまぁ、特に何も思われないんじゃないかな……うらやましい……。
いや、境遇考えたら全く、ちっとも、これっぽっちもうらやましくないけれど……。
でもそうだなあ……ほんとどうしよう……。
とりあえずこの空気を変えなければいけないのだから、派閥崩しから狙うべき……かしらね。
「失礼皆様、グレイ様よろしいですか?」
「マリアか、どうした」
「先ほどのお二方、同じクラスという事なのでご挨拶に行こうと思うのですがいかがでしょう」
「先ほどの……あぁハインツとロバートか、一人で行けばいいのではないか?」
こんの……待て待て私、落ち着け……とりあえずグレイ様の事は無視したいがそういうわけにもいかない。
なにせ一人で行けば今度は『淑女として』という観点で減点されかねないから。
まぁグレイ様を引き連れてというのもある意味減点対象になりそうだけれど……。
「グレイ様、少し失礼を」
そう言って扇で口を隠しながら耳元でささやく。
「このようなおべっかで持ち上げられるのも退屈でしょう」
「ほう……? なるほど、それもそうだ。よし、同行しよう」
「えぇ、ではみな様私達は見知った方とお話をしてきますのでそちらでも親睦を深め合ってくださいませ」
遠回しにお前らついてくるなよ、あっちいってろである。
この言葉の意味が読めない輩は……。
「お供いたします、殿下」
「私にもご紹介くださらない? マリア様」
このように馬鹿のレッテルをはられることになる。
「もうしわけありません、私達が個人的にお付き合いをさせていただいている方々ですので」
「あぁ、お前たちはついてくるな」
言葉を濁した私と、バッサリ切ったグレイ様。
ここはまぁグレイ様のやり方が手っ取り早いんだけど、こうやって上からばっさり切り捨てると禍根を残しかねないからね。
今後の事を考えるならば少しは腹芸も覚えてもらった方がよさそうかな……。
いやでもこの人に腹芸なんてできるのかしら……というかできたら私の立ち回りがすっごい難しくなりそうで怖い……しばらくはいいかな。
あ、でも忠言はしとこう。
「グレイ様、あまり突き放してはいらぬ恨みを買います」
「馬鹿にはこのくらいはっきり言わねばわかるまい」
「お声が大きいですわ、他人の悪評を口にする際は細心の注意を」
「まったく……お前はまるで母上だな」
「あら、それは世間でいうところの『母さん父さん』といった呼び方を交わしたいという事ですか?」
「そうなるように決められた立場で何をいまさら、説教がいちいち正論なうえに諭すような言い方をするから母上のようだと言ったのだ」
「わかっております」
クスクスと笑って見せる。
秘儀、悪役令嬢流カマトト。
男を掌で転がすためだけの必殺技、この技をくらった男はたいてい良い感情を抱く。
見破られたり女相手だったら悪感情を抱かれることになるデメリットがあるが、グレイ様相手なら気付かれたところで本格的に悪役令嬢演じるだけだからいいのだけれど。
「ハインツ、少しいいか」
「ご歓談中失礼いたしますハインツ様」
低位貴族の集まりに突撃する第二王子とその婚約者。
物語でいうならば旅人の群れに飛び込む魔王と言った風体。
「これはこれは、グレイ様にマリア様」
ザッとその場にいた低位貴族の人たちが跪く。
うん、礼儀としては高位貴族の質問攻めよりよっぽどいいんだけれど場所が悪い。
「皆様やめてくださいませ、私達は同じ学生の身ですから」
「ですが!」
「やめてくれないなら……こうしちゃいますよ?」
そう言ってから私も低位貴族の皆様に向かって膝をつく。
ちなみにこれ女性と男性で別の作法があるけど、私はちゃんと女性用の作法でやったからね。
「や、やめますのでどうか!」
がばりと立ち上がった低位貴族の皆さん、よしよしこれで話しやすくなった。
「それでいかがいたしました?」
「いやなに、マリアがお前とロバートに挨拶に行こうと言い出してな」
「私と……あやつですか……」
あ、これは同列視されたことに対する怒りだな。
身分とか関係なく一緒くたにされたくなかった的な怒り。
「先ほどのも何かの縁と思いましたので」
「それは……光栄です!」
いろいろ含むところはあるけれど、それ込みでも良しとしたのだろう。
なかなか切り替えが早いし、階級だけしか威張れるものがない人たちよりよっぽど好感が持てる。
「それにしても先ほどの体捌きは見事でしたね、グレイ様」
「あぁ、流れる水の如きとはまさに……いずれは俺もあのような動きができるようになりたいものだ」
「それほどの事は……あやつにも言われましたが、あの程度は護身術にしかなりませんので……」
ふむ、なにか落ち込んでいる様子。
男性の落ち込む原因なんてまるでわからないので、何と答えるべきか……よし。
「護身術ですか、では私に教えていただけませんか? ハインツ様」
「マリア様にですか? ですが……」
ハインツ様の視線がグレイ様を捕えている。
女性が護身術をというのはあまりいい顔をされない事が多い。
そもそもこの国で女性に求められることは、意味のない事なのに面倒なことがかなり多い。
護身術の訓練をする暇があればそちらの修練に時間を割くべきと言う意見の男性もかなり多い。
あくまでも一般論ではあるが。
「かまわない、マリアはこれでかなり優秀でな。既に貴族共の会合に放り込んでも平然とおのれの職務を果たして見せるだけの技量はある。これで自らを守ることができるようになれば完璧だ」
よっしグレイ様ナイス援護。
まぁね、礼儀作法とかダンスとか着付けとか。
とにかく女性貴族に求められる作法は一通り覚えているし、実用レベルに使える。
礼儀作法とダンスは子供のころにマスターして、グレイ様の婚約者になる前は王宮勤めの使用人になる事も視野に入れて着付けとかメイクとかも勉強したからね。
「それに、個人的に俺の代では色々と改革しなければいけない事もあるだろうと考えていたところでな」
おや? 改革とは穏やかじゃない……あまり貴族共の反感を買うような真似は避けるべきだと思うし、それは実行するまでは口にしない方がいい事だと思うけれど……。
「僭越ながらグレイ殿下、どのような改革をお考えで……」
「吹聴してくれるなよ」
「家名に誓いましょう」
うーん、なんかグレイ様ハインツ様の事結構気に入っているのかな。
身分で判断しないのは高評価だけれど、相手の素性や裏も取らずにホイホイと情報を明け渡すのはよくないと思う。
でもまぁハインツ様は堅物を絵に描いたような人だから、大丈夫そうではあるけれど。
「まずマリアを見てどう思う」
「マリア様ですか。美貌はもちろん、知性と判断力、交渉術においてもこれほど優れた方は各貴族現当主の方々の中でも多くはないでしょう。加えて度胸もあり、新たな事に挑戦する気概も素晴らしいものです」
あらやだ、そこまで褒められると流石に照れる。
おべっかには飽き飽きだけれど、本心で言っているとわかると本当に照れてしまう。
だから思わず扇子で口元を隠してしまう。
「うむ、おおむね正しい。さらにはこのように恥じらう姿を隠さない辺り、女性としての魅力は十分だろう」
……なんだろ、グレイ様に褒められると嬉しさ半分何をたくらんでるのかわからない不安半分と言った気分。
「だがそれは同時に弱点でもある。もしこれが交渉の席だったら」
「表情を隠せないというのは痛いですね」
「あぁ、その辺りの対処法を早いうちから仕込んでおけば……外交官としてマリアの評価はどうなる?」
「……これは不敬に値する言葉になってしまうかと思いますが」
「許す、そもそも俺達は今平等に学生と言う身分だ」
「では……表情を自由に切り替えられるように教育が施されていた場合はこの国にいる全ての外交官よりも優れた御仁となるでしょう」
……思いのほか評価が高すぎてもはや目を見開くことしかできません。
ちなみに表情の切り替えなんてのは普段やらないだけでやってやれない事はない。
貴族なら腹芸くらいできて当然、その必要がない今は意識していないだけの事。
というのは黙っていた方がよさそうね。
「現時点でも下手な外交官よりはよほど、良い仕事をしてくださるでしょう」
「その通りだ。加えてマリアは自身も盤上の駒と考えている節がある。これが意味することはなんだ」
「……もしや、自らの身分を使い他国に嫁ぐことも手段の一つとして取り入れられるという事でしょうか」
あーまぁグレイ様の婚約者と言う立場が無くて、外交官と言う身分を持たされて、ある程度交渉に自由を与えられたならそのくらいなら。
というかグレイ様との婚約にしたって、半ば政略結婚に近いし……そもそも今もお仕事の真っ最中だし……。
「然り、使えるものを全て使う。必要な場面で臆することなく切り札をきる。新たな試みにも光明を見出せば挑戦する。そんな外交官候補がここにいて、しかし女だというだけで籠の鳥になる事を義務付けられてしまっている。もったいないとは思わないか?」
「たしかに……つまり殿下は男女意識の改革を行うという事ですか?」
「あぁ、その先駆けになってもらおうと思っているのが……マリアだ」
なるほど……グレイ様意外と今後の国の方針について考えてるんだなぁ……穴だらけだけど。
まず女性を政略結婚の道具と考えている貴族はいい顔をしない。
特にその兄弟なんかは、自分が家督を継げる可能性を減らしかねないという理由から荒れる事になりそう。
それにグレイ様が国王になった所で、言ってしまえばたかが一個人。
数多いる貴族至上主義反国王派……世間でいうところの貴族こそが王を支え民の上に立っているのだから我らこそ優遇されるべきなんて考えている輩が黙っているはずがない。
だって意識改革が成功したら、それは王の功績となって貴族派の力を削ぐことになるから。
それらの問題をクリアしても、次に立ちふさがるのは程度。
男女の権利を同等にするといったところで、その塩梅を測るには数世代見なければいけない。
急激に改革を勧めれば軋轢がうまれるだろう。
例えば……女性優遇制度を作れば男性からの反発を受ける事になる。
それに国外に対しても、外交官が女性と言うだけで国の品位云々と文句を言ってくる人間もいるはずだ。
とにかく問題が多すぎるし、一国でどうにかできる話ではない……のだが、先駆けに私を指名したという事が解決策の一つか。
本来国母となる王妃、王宮で王をささえることと子を成すことが仕事といえば聞こえはいいが本質はグレイ様が言った通り籠の鳥だ。
なぜなら、立場上与えられた身分と言う意味では王妃は国王に次ぐ権力の持ち主。
その使い方を誤れば処分されるが、それほどの身分の者が外交の場に出てきたとなれば相手も無下にはできない。
そして前例がうまれるという事は、後に続くものが動きやすくなるという事に他ならない。
理論上はグレイ様の改革案は絵空事ではない。
のだけれど……。
「グレイ様、私にそのような大任が務まると思っていらっしゃるのですか?」
「マリアよ……お前はやれと命じれば大抵の無理は押し通して見せる。俺はそれを知っている」
……否定できないのが辛いなぁ。
だって今この時悪役令嬢としてどのように振舞うか、そのためのお膳立ても色々と頑張っている最中だし。
でも無理は押し通せませんよマジで。
「過大評価です」
ともあれ、私はそんな言葉を返すので精いっぱいだった。
「あの……」
そんな時だ、凛とした可愛らしい声が私達の耳に飛び込んできた。
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