「というわけです、お父様」
「そうか、わかった」
父兄への説明会が終わり、ひとまずお父様達と合流した後馬車の中で一通りの事情を説明した。
職務中のお父様の顔色を読むのは難しいけれど、今は非常にわかりやすい。
歓喜と憤怒入り混じった様子。
「あの糞王子……マリアを外交官にだと……」
あ、読むまでもなく憤怒は漏れ出してた。
「それに関しては、退屈しなくていいかなと思っているのですが……」
「だが外交官なんてのは常に死と隣り合わせだぞ! あまつさえ女であれば死ぬよりひどい目にあう事もあるのだ!」
「それは本当に国外に出て働いている、第一王子殿下のような方々の場合でしょう。私はおそらく国内で他国の外交官と交渉するような
立ち位置に置かれるはずですよ」
「むぅ……しかしそのレイラ嬢だったか、随分と抜けているというか……」
「えぇ、貴族の常識を知らないのでしょうか。もしかしたら借金の話は本当かもしれませんね……あそこまで世間知らずなら」
「あり得るから恐ろしいが……わかった、そちらは一応調べて陛下と話し合ってみるとする。だが事実であれば……」
「厄介な家が二つ潰れる、それだけの事でしょう」
そう、それだけの話。
身の丈に合わない背伸びをする貴族も、それを助長し私腹を肥やす貴族も国にとっては……民にとっては害悪でしかない。
ならばさっさと潰れてくれた方が助かる。
「しかしヒロイン役が複数いる事にこれほど早く気付くとは思わなかったぞ」
「割と早い段階から疑いはしていました。ヒロインが一人ではその一人が潰された時、あるいは王子にそでにされた時にどうするのかと考えた結果、私なら複数人用意すると」
「なるほどな、ならば今後も頑張ってくれ」
「かしこまりましたお父様」
「ちなみにだが今の王子の評価はいかほどだ? ついでにめぼしい人材などはいたか?」
む、なかなか難しい事を聞いてくる。
前者に関しては即座に答えられるけど。
「可も有り不可も有り、グレイ様は馬鹿ではありませんが有能でもありません。相手の裏に悪意があるかもしれない、自身を利用しようとする魂胆があるかもしれないといった謀には弱いです。良しとするべきは身分の差に頓着が……この場合はいい意味で執着していないという事でしょう」
「ほう」
「腹芸を仕込めば有能な王となる事でしょう、ですがまだまだ発展途上……また先ほどの振る舞いから察するに、とげのある言葉には過敏です。もしもあれが怒っているフリであれば相当有能ですが……違うなら愚直としか言いようがありません」
「まぁ、おおよそ今までの王子の評価と変わらないな。それで人材はどうだ」
あーこれ困る方。
ハインツ様とロバート様はまぁ悪くない。
けどまだ内面までは把握しきれていないから何とも言えない。
そもそもクラスの人間の性格を表面上と書類上でしか知らないから……。
「今のところ目をみはるような人材はいませんが、使い方と教育次第ではという人物ならば」
「言ってみろ」
「ハインツ・ルード・ボードル様、自分より体格で優れた相手を一瞬のうちに抑え込みました。護身術に長けていると見えるので体術の授業と座学の成績次第では知将として名を上げる事もあり得るかと」
「ボールド子爵家の嫡男か……確かあの家は武術に関して一子相伝のものがあると聞いたことがある。もしかしたらそれかもしれんな……人柄はどうだ」
「悪くありません、がいささか身分に固執している面があるかと。貴族位が低いからこその劣等感かもしれません」
ハインツ様との初対面はロバート様との喧嘩だったからね。
身分に頓着しない貴族なら、あるいは話術に長けた貴族なら喧嘩にも発展しなかったような内容だったし。
「なるほど、その辺りは注意が必要だな。野心家の知将となると厄介ごとの種になりかねん……他はどうだ」
「あとはそうですね、ロバート様という平民の方でしょうか」
「ほう、平民か」
お父様が前のめりになる。
まぁ気持ちはわかる。
ハインツ様みたいに貴族家の嫡男だとうちで雇い入れるのは難しいけど平民ならそんなことは気にする必要はない。
あとうちじゃそんなことはしてないけど、貴族出身と平民出身で賃金に差が出るなんてこともある。
うん、うちは特別な役職についている人以外はだいたい同じだけど。
「それで、どんな男だ」
「そうですね……まず出会いは先ほどのハインツ様との喧嘩を仲裁した事からですが、殴られかけました」
「よし、ぶっ殺してくる」
「お待ちください」
立ち上がろうとするお父様の襟をつかんで止める。
この勢いだと本当に切り殺しに行きかねない。
「問題行為ではありますが、目上の者であろうとも必要とあれば実力行使に出るという姿勢は必要です」
治安維持のためには貴族相手だろうがぶん殴って捕まえるくらいの気概は必要だからね。
「とはいえその時は私に論破されたがために殴りかかってきたという、なかなか聞いてあきれる理由ですが」
「やっぱりぶっ殺すか……」
「ですがそれを先ほど話したハインツ様がそれを抑えまして」
「偉いぞボードル家! 今度茶会に招待しよう!」
お父様、人生楽しそうだなぁ。
「その後自分の非を認めて正式に謝罪してくれました」
言葉遣いはともかく。
「それを聞く限りでは有能とは思えないがな」
「えぇ、ただの喧嘩早い蛮族のように聞こえるでしょう。しかしレイラ様のお話にはしっかり聞き耳を立てていたのです。しかもその理由は、どこかの貴族家に仕える事になるかもしれないなら内にせよ外にせよ家の事情を知っておいて損はないという理由から……」
「ほう、平民出身の者はそこまで気が回らないことが多いが……情報収取には余念がない……気密性の高い仕事も教育次第では任せられるようになるかもしれないか……。その二人には特に注意を払っておいてくれ」
「かしこまりました」
「あぁそれと」
馬車から出ようと立ち上がると同時に声をかけられ、腰を下ろしなおす。
「お前の見立てでヒロイン候補はどれくらいいると思う」
「さぁ? お父様ならご存じでしょう?」
「さぁな、だが聞いておきたいと思ってな」
「そうですね……クラスで黒と言い切れるのは4人、うち一人はレイラ嬢。灰色が二人と普通に馬鹿なだけの令嬢が五人でしょうか」
「ほう、なら今後も職務に励むように」
「えぇ、お父様も」
ふぅ、最後の質問少し緊張したなぁ。
実のところ完全に黒と言い切れる相手は一人もいない。
だから灰色が六人でそのうち四人は黒に近く残り二人が不明のままというべきだった。
けれどその言い方はあまりよくない。
挙句の果てに馬鹿と断定した五人、合計して十一人を疑っている。
これはクラスの女子生徒半分近い数字になる。
私の予感が外れていなければ……本命はそれ以外という事。
ちょっかいを出すだけの馬鹿に騒ぎを起こさせる。
それが五人の令嬢の役目。
四大公爵家程ではないがいずれも公爵家かそれに準ずる侯爵家の人間。
人々の先導や噂を流すには十分な地位を持っている。
彼女たちの目的はおそらく私の立場、グレイ様の婚約者の地位。
うまく私を蹴落とせば次に婚約者となれる可能性があるのは他の四大公爵家。
しかし今の四大公爵家には私以外に令嬢はいないから必然的に公爵令嬢にその地位がまわってくることになる。
そしてそれを支える他の貴族は利益を得る事になる。
すでに水面下で泥沼の戦いが始まっているわけだが、その攻撃をかいくぐりながらグレイ様は常に私の味方という立場に置く事が最善。
そして彼女たちの攻撃ばかりに気を取られないようにして、背後から暗殺者のように忍び寄るヒロイン役を悪役令嬢らしく、それでいて貴族令嬢として恥じない言動で対処して見せる必要がある。
現状グレイ様の採点は悪くない。
だからといって今のまま泳がせてはあっという間にそこらの令嬢の口車に乗せられるのは目に見えている。
ただの無能であれば、私はそれを良しとした。
むしろそうなるように立ち回ったかもしれない。
けれど、グレイ様は直情的で化かし合いが苦手なだけで補佐官がいれば有益な人物。
こんな所で、この程度の事で死なせるには惜しい人材。
だから……しばらくは教育に専念して差し上げましょう……。
せいぜい悪い女に引っ掛からないようにご注意くださいませ、グレイ様……。
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