「……申し訳ありません、言葉の意味を理解しかねます」
「言葉通りの意味だが?」
お父様……不思議そうに首をかしげないでくださいませマジで。
自分で言うのもなんだけれど公爵家の令嬢として恥じないだけの教養はあるつもりでいる。
そして同時に淑女としての分別もついている。
だというのに……なぜ悪役令嬢などというものになれと……。
「混乱しているようだな」
「それはもう、盛大に……」
これで冷静な思考を保てというのがどうかしている。
いや、まだ冷静でいられる分私もどうかしているのかもしれないけれども……。
「まずはこの国の慣例について話すべきだろうな」
「慣例、ですか」
「あぁ、歴史の成績はいかほどだ?」
「悪くない出来だと自負しています。少なくともここ300年以内の事件ならば大小問わずお答えできるかと」
「ふむ、ではその中で没落した上位貴族と王位継承権をはく奪された王族については」
「たしか100年周期で王位継承権はく奪者はいたかと、没落した上位貴族に関しては……大きい物であれば400年前に公爵家の令嬢が修道院に送られ後継ぎ問題から他の家に吸収されたというのが目立つ話でしょうか」
他には戦争で後継ぎが途絶えたとか、圧制で領民から見限られ王族に断罪されたとか、そんなのがちらほら。
とはいえそれらはそんなに珍しいものでもないので割愛。
「なるほど、優秀だな。ではその経緯を知っているか?」
「申し訳ありません、そこまでの詳細は国家機密として閲覧できなかったため……」
そう、貴族家の没落の原因など大抵がろくでもないもの。
言い換えるならば醜聞である。
それを国外に漏らせば、国そのものの権威が揺るぐ事になりかねないため些細な物であっても機密として扱われる。
故に、あくまでも貴族家の令嬢という身分であり爵位を持たない私ではそこまでの情報を得ることはできなかった。
「だろうな、そこまで知っていれば私はお前を修道院に送らなければいけなかったところだ。あるいは……病に倒れてもらう事になっていただろう」
修道院送り、それは言い換えるならば監禁である。
外部との接触を断たれ、貴族の家に生まれたという事実も捨てることになる行為に他ならない。
そして病に倒れるとは……つまりは暗殺ということ。
貴族家で危険分子などが生まれた場合にとられる、いわば最終手段である。
「でしょうね、だからこそ私は与えられた教材のみを使っていましたので」
とはいえ、そんなものはある程度の知恵があれば理解できる。
幸いにも私は馬鹿ではなかったからこそ、それを理解できたし避けてきた。
そして貴族令嬢として相応しく立ち振る舞ってきた。
家の汚点にならず、国の警戒対象にされず、ごくごく平凡な貴族令嬢である。
薬にも毒にもならない、それが今の私の立場だ。
「さて……何から話したものか。まずは王位継承権をはく奪された元王族だが、全員病に倒れているというのは知っているか?」
「存じ上げております。皆様珍しい病で、ある日突然昏睡してそのままお亡くなりになったとか……たしか王家が抱える唯一の欠点、という言い方をすれば聞こえは悪いですね。弱点というべきでしょうか」
「そうだな、その周期は必ず100年前後。このことに関してどう思う」
「先ほど、お父様がおっしゃった通りでしょう」
病なんてのは表向きの話で、実際は処分されたのだろう。
というかそれ以外に考えられない。
はっきり言ってしまえば王位継承権をはく奪された存在なんてものは厄介ごとの種でしかないのだから。
その者が子孫を残した場合は、いや正しくは残せた場合だろうか。
少なくとも市勢の者という可能性は非常に低い。
つまるところ貴族位の人間と交わったという事になる。
ならば、貴族の中にも王家の血をひくものが生まれる事になる。
それを盾に時期王族になろうと画策する者も出てくるだろう。
……よほどの馬鹿ならば、であるが。
「さすが、私の娘だ。その通り、継承権はく奪者はみな処分された。ではその周期が100年前後というのはどういうことだと思う」
ふむ……少し話が見えてきた。
まず私が悪役令嬢、娯楽小説などに出てくる嫌な女を演じる事を命じられた理由。
それに関してはまだ憶測でしかない。
憶測でしかないが、私にはそれをこなせるだけの手札がある。
第二王子との婚約、これはある種の切り札になると同時に弱点になる。
馬鹿でなければ時期国母となる私に、そしてその家族であるリーベルト家に牙をむくという事は遠からず破滅することを意味している。
ならば私が王族と婚約しているというのはけん制目的としては、最良のカードと言える。
では、それを逆手に取られたら。
たとえばそう、おとぎ話の類に出てくる可憐な少女に王位継承権保持者がたぶらかされた場合。
その場合私の婚約は破棄され、今までの後ろ盾を全て失う事になる。
そう、全てだ。
今まで味方だった王族は全て敵にまわり、その取り巻きをしている派閥も見切りをつける事だろう。
だが、はっきり言ってしまえば娯楽小説やおとぎ話に出てくるような物語はあり得ない。
なぜならば見方を変えれば時期国王がタダの小娘の美貌と話術にほだされて、いいように動かされてしまっただけの話である。
国の存亡にかかわる事態であり、また表向きは王族は敵に回るものの当家に多大な貸しを作ることになる。
新たな切り札を手に入れる事となるのだから。
それも今までの物よりも、ずっと強力な……やりようによっては王族を脅せるレベルの。
むろんそんなことをすれば国家反逆罪にでも問われて処刑されることになるのは目に見えている。
「一つ、質問をよろしいでしょうか」
「許す」
「私は悪役令嬢であって、悪の令嬢になるわけではないのですね」
「そうだ、あくまでも悪役に徹しなさい。決して悪の道に落ちてはいけない」
やはり……そういう事ならば大体の流れは読めてきた。
「私に、第二王子殿下を見極めろ……という話ですか」
その言葉にお父様は、にやりと笑みを浮かべた。
「満点、とは言わないが概ねその通りだがそれはいま関係のある話か? 私が聞いたのは100年前後の周期で王位継承権はく奪者が病死している事についてだが?」
「えぇ、おそらくは私の他に……おそらくは弁の立つ身分の低い貴族家令嬢を当て馬にするのでしょう。そして第二王子殿下の動きを見極める。そして……時期国王にふさわしくないと判断された場合は……」
「クク……お前が男でなかったことを悔やむのは何度目だろうな。そうだ、これは王族に課せられた試練の一つである」
やはりそうか、小娘に手玉に取られるような浅慮な者が国王となれば国は荒れる。
おそらくは貴族が自分たちの住みやすいように傀儡として使い、王家と貴族家の立場は逆転する。
そのあおりを受けるのは平民、彼らは重い税を課せられることになるだろう。
そうならないために試練を課している。
100年周期というのはおそらくだが『その事実を知る者が引退した時期』という事だろう。
「かしこまりました、その命恙なくこなして見せましょう」
「あぁ、期待しているぞマリアよ」
その言葉を聞き、一礼をしてから書斎を後にした私は真っ先に書庫に向かった。
ともあれ悪役令嬢を演じるならばそれ相応の知識は必要だから
予習は欠かすわけにはいかない、そして時間がないのだから……。
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