さて、お父様の書斎で起こった一幕だが……どうにかこうにか片付いた……。
とりあえず過去の記録は全て見られるように手配してくれたし、しばらくは王宮で寝泊まりしてもいいと許可もくれた。
これは思わぬ副産物だったけれど、悪くない話しだと思う。
だって、私の住んでるリーベルト本家から王城まで馬車で1時間はかかるから。
往復で2時間、本当に時間がもったいない!
と、思っていたらこの話が出たのでホイホイ乗っからせていただきました。
えー、とりあえず私がなんでそんなもんを欲しがったかと言いますとですね……私を見極める方法がそこにあるからというほかない。
うん、過去の令嬢がどんな理由で修道院に送られたかっていうのが一番大事。
予想だけれど、貴族という身分をもってしても許されないような行為をしたのだろう。
没落した貴族というのもその類。
逆にこれらを見れば、貴族として許容されるギリギリの範囲が見える。
私の仕事はあくまでも『悪役令嬢』。
ならばそれらしい振る舞いをして、第二王子がたぶらかされるようであれば『相応の場で』糾弾してもらう必要がある。
その糾弾を基に第二王子が私との婚約破棄を目指す……これが悪役令嬢がたどるべき道筋である。
もちろん法律関係の書物も読み漁り、校則も穴が開く程読んだ。
というか抜け穴を探すためにひたすら読んだ。
まぁ、貴族王族平民全てが学内では平等であり身分を盾にすることを禁ずるというのは納得のいく一文であり、私にとっては少し厄介だ。
いかんせん貴族としての後ろ盾が無いという事は行動に制限がかかってしまうのだから。
とはいえ、その枷は第二王子にもついているのだから痛しかゆしと言ったところだろうか。
ただしこれは最悪のパターン。
私が目指すのは第二王子が処分されないルート。
少なくとも王族が一人死ぬ、というのは国にとって大きな痛手となる。
人材という意味では……まぁ処分される程度の存在ならむしろ死んだほうがましだけれども、国としては大々的に葬儀を上げなければならない。
その際に投じられる資金は税金である。
そう、民から預かった大切なお金。
それを馬鹿の葬儀に使うなんてもったいないことこの上ない!
だったらせいぜい処分されない程度に、あくまでも第一王子の予備としてそこに置かれてる程度の地位にはおかせたい。
ただ、この場合私がやるのは悪役令嬢から離れた船頭役ともいえるけれど……まぁ顔と話術だけの令嬢にたぶらかされるのと、婚約者に尻を叩かれるのではあまり変わらないようにも思えるが良しとしよう。
没落した貴族に関しては、これは周期が合っていればだけれど当時の王位継承権はく奪者の取り巻きだった可能性が高い。
うん、貴族の家を取り潰した後の処理もまたお金がかかるし血税を投じる事になるからね。
無駄は省くべき。
あとは……私が相対する令嬢。
おとぎ話とかでいうところの『ヒロイン』がどんな娘か見定めないとこちらも動けないから、準備はしすぎる事はない。
入念に準備を進めて、なおかつ使う資金は最低限に抑える!
これが私のやり方!
と、お父様と陛下に懇々と説明したら今の段階で合格って言われてしまったけれど……騙されんぞ。
あの二人、これからも見極めてやるって目をしていた……。
私の行動も逐一監視されていると思うべきだろうなぁ……。
胃が痛い……。
ペラペラと自室で法律関係の書籍と、入学前に配られた校則一覧表を眺めているけれど頭に入ってこない。
万全の状態を、というのが私のモットーだけれどもさっきの緊張が……。
「あーもう! 誰かいませんか?」
「お呼びでしょうか」
気分転換をしようと使用人を呼びつける。
少し態度が悪くなってしまったのは失敗だったわ……八つ当たりなんて意味のない行為なのに……。
「……ごめんなさい、声を荒げてしまいました。ちょっと休憩したいのでお茶を淹れてもらいたいのですけど」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
ふぅ、と一息ついて再び書籍と校則に目を通す。
これどうなんだろうなぁ……矛盾が発生しているけれど、その辺りの対処はどうすればいいのか……まぁ学園そのものが国王陛下の意向で作られたものだから、校則を優先してしまってもいいのだろうけれど……。
学園内での身分の差は無いものとするという一文。
これには様々な意味が込められている。
例えば生徒と教師のパワーバランスを崩さないための措置、貴族の学生が平民の教師を脅して良い成績をつけさせるとかそういう事をしないためのものだとはわかる。
同時に生徒間に軋轢を作らず、次世代で貴族や王族に対して不信感を抱かせないためにも、貴族であろうともこれを破った場合は罰則が下されるという表明。
だから学生という身分の間私と第二王子は王族と貴族ではなく、婚約者であり学友であるという身分に徹するべき。
ならば『ヒロイン』は、これは前々からずっと考えているけれど身分はさほど高くないと思う。
少なくとも王族が出席するクラスのパーティを開催できるような家計からは選ばれない。
なにせそういう家のご令嬢なんてのは王族に取り入ろうとして失敗しているのが常。
うん、私も立場上第二王子と並んで出席することは多いけれど側室でもいいからと下心丸出しで近づいてくる人の多いこと多いこと……。
ついでに私に対しても時期王族妃という事で取り入ろうとする輩が多いけれど、本当にそういう下心は透けて見える。
だってあからさまに媚を売ってきたり、適当な美辞麗句を並べてこちらの気を良くしたつもりでいるのだから。
本日のドレスは豪奢であなたのような高貴な方にはとてもお似合いです……とか言われたときには本気で笑いをこらえるのに必死になってしまったもの。
その時のドレス、貴族階級でいうなら男爵家が身に着けるレベルの物をそれらしく見えるように改造したやつだったし。
常々、身に着ける物には気を配りなさいとお母様に言われていたけれどもお金を出せばいいものが作れるわけじゃない。
むしろお金をかけないで、どれだけ素晴らしいものが作れるのかを追求するべきだと思う。
素材とかそういった物にばかり目を向けても人は進歩しない、より高みを目指すからこそ人は前に進めるのだから。
「失礼いたします、お茶のご用意ができました」
「ありがとうございます……あら、ミルディー産の茶葉ね」
「はい、お嬢様は御疲れのご様子だったのでお好みのものをと思いまして」
「とても助かります、ここのお茶は美味しいのにとってもお手頃なのよね」
「はい、とはいえお手軽なのは貴族にとってという話で平民には無縁の代物ですが」
む……それを言われると……。
でも私とてそれなりに『貴族として』の私を演じなければいけない事もあるから、お茶とかお菓子とか流行とか、とにかくその手の物には敏感でなければいけないんだもの。
その中でも比較的安いものを『お手頃』と言ってしまうのは、許してほしいけれど。
「……あ、そうだ」
少し思考がくるくると同じところを回っていたが、お茶を飲んで少し落ち着いた。
うん、こういう時は一人で考えるからダメなんだ!
「ねぇあなた、この校則と法律の齟齬についてどう思いますか?」
「齟齬……ですか?」
そういって校則と法律書を見比べる使用人。
ふーむ、こういう時相談できる人がいるというのはやっぱりいいなぁ。
お父様とかにもっと気軽に聞けたらいいんだけれど、あの人お仕事となると寝食忘れるから……。
「特に問題はないと思いますが」
「あら、どうして?」
「アイリッシュ独立国憲法第一項、王を頂点にし順に王家、貴族、平民と身分を分ける事を定める。シルフィー学園校則第一項、学生の間に身分の差は無いものとする」
使用人がその二つを口にする。
つまりさっきまで私が延々と考えていた話。
個人的には問題ないと結論付けたものの、やはり一人で出した答えは不安が伴う。
「特に問題ないとしか思えませんが……言うなれば法律は身分の差をわかりやすく言葉にしただけであり、学園内にいる限りその区分の外側。いうなれば学生と教師の二つしか存在しない状況になるだけでしょう」
「やっぱりそうよね……齟齬があるとはいえ、これは国王陛下が作った学校。国の頂点が学園内では身分を持ち出すなと言っているのだから正しい……はずなのだけれど少し気になるのよ」
「おや、それはまたどうしてでしょうか」
「はっきり言ってしまうと、貴族階級が問題だと思うの」
貴族には二種類いる。
まず一つは功績を上げた平民、あるいはそれに準ずる移民などが名誉貴族として一代限り貴族階級に食い込んだもの。
この際に手続きやら、なにやらといった面倒なことを乗り越えれば正式な貴族の一門として認められるようになる……けれど大半は名誉貴族のまま、他の貴族家お抱えとかになって終わる。
だって手続きがすっごい面倒くさいし、試験とか色々受けなきゃいけないから。
功績を上げたといっても書類仕事とか勉学までできるとは限らないから、この方法で世襲制貴族になった人はとてもすごい。
ただし後に続く二代目三代目とどんどん駄目になっていくことも珍しくないからすぐに消える。
二つ目は代々貴族の家系。
上記の方法で貴族入りした者の子孫が今なお国にとって有益であると証明されているようなものだけれど、正直微妙な所。
特に精神も未熟な貴族のボンボンがこんな校則の記された書類にまで目を通すかと言えば流し読みすればいいほうだろう。
なぜなら『俺は貴族だぞ』と言えば大体の事は解決してしまう身分にいたんだから。
そしてその身分は入学まで許される。
使用人や家庭教師がその辺りに意見をしたところで一蹴されるのがオチ。
まぁ、その手の馬鹿は早々に自滅するからいいけど……。
問題はそういう輩の起こす事件への対処。
これに対して私がどう動くべきなのかが一番重要となる。
王妃の資質とはなにか、と考えるとまず第一に子をなせるか否かという即物的な話になってくる。
金遣いだの性格だのは二の次、とんでもないことを言うならば女性で子を成せるならば世継ぎの問題は解決するが国母となる人物が何かしら突出したものを持っている必要がある。
過去の事例では剣技に優れた女性が平民の立場でありながら国母となった事例もあるが、それは本当にごく一部の例外。
基本的には貴族階級から選ばれることになる。
理由は簡単で、選別に時間も費用も掛からないから。
平民まで視野を広げてしまえば国土全域から候補を集めて後宮に住まわせ、なおかつ王族の妻として相応しい振る舞いを教育する必要がある。
そんなことを世代交代のたびにしていれば国の財源は真っ赤に染まる事だろう。
だからこその貴族階級であり、優れた資質と生まれながらに施された教育の二つを備えた人物がそれなりの家系から選出されることになる。
これを見極めるのは基本的に陛下と殿下の二人。
これ見よがしにすり寄ってくるような女は殿下が弾き、裏でやましいことに手を染めているような貴族は陛下が弾く。
そうしてようやく残った僅かな家の中で、私生活と家柄と本人の性格を見定めて決められる。
だから公爵家は全員バッサリ切り捨てられて男爵家に、なんてこともままある話である。
さて、そんなこんなで第一に必要なことはあくまでも『子供を産める女であること』でしかないわけで……他にも資質と言うのは存在する。
例えば立場を利用して周囲のいさかいごとを収める能力や、それを利用する能力。
そもそもトラブルを事前に防ぐ能力など様々なものが要求される。
つまるところ、私はバカ貴族の子息を抑え込まなければいけない。
馬鹿な事をやらかさないように目を光らせつつ、裏で反旗を翻さないように餌を与え、時には脅すことも必要……。
はっきりいって私には荷が重い。
特に脅すなんて……今だから言える、何故婚約の話が来たときに断ってくれなかったお父様!
そして何をのんきに喜んでた当時の私!
……考えていても仕方ない、とりあえずだけど情報をかき集めておこう。
裏表問わず、必要な情報は全て……。
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