「報告は以上です父上」
「ふーん、なかなか愉快な走り出しだね」
「愉快ではないですよ……マリアの奴いきなりやりたい放題です」
こちら、王家の馬車の中にて親子の会話中。
「喧嘩に割り込んで仲裁を始めて殴られそうになるわ、自己紹介で妙な方法をとるわ、令嬢を叱責するわで……」
「それで? グレイはマリア嬢をどう評価する?」
「腹黒い女です。しかしその腹黒さは国にとって有益な腹黒さです」
「ほう?」
「レイラ嬢の言、確かに貴族としては問題のある行為でした。しかし裏が取れない以上他の貴族がその事でとやかく言えば、間違っていた時には大きな貸しを作ることになるでしょう」
貴族が他家を陥れるためにありもしない噂をでっちあげたともなれば、それはこれ以上ない醜聞となる。
マリアの言動の真偽はともかく、非常に攻撃的な一手であったのは間違いない。
が、それを周囲の者も含めて一喝して口を閉ざさせたマリアの手腕にグレイは素直に感心していた。
「問題があるとすれば、あれは何かを企んでいる……いや、値踏みしているというべきでしょうか」
「なるほどね。うん面白い意見だ」
「そうですか? しかし……こんな試験に意味があるのですか?」
「うん、だって彼女は次期王妃になるかもしれないんだからさ」
「だからといって……俺に適当な令嬢を押し付けてその対処法から人となりを観察、次期王妃にふさわしいか採点しろだなんて……」
マリアの思惑、その大半は当たっていた。
少なくともこれはグレイの試験だけではない。
グレイの周りを取り囲む全ての人間、あてがうヒロイン役の手腕、その真意はマリアとグレイを見極める事……とマリアは考えていた。
しかしその実前者二つは正しいが、最後の一つが間違っている。
マリアとグレイを見極めるのは部外者だけではない。
行き過ぎた場合に関しては外部の貴族や王族が出てくることもある。
だがその心髄は、互いが互いを評価しつつ足りない部分を見て盗むという事にあった。
「で、マリア嬢の点数はどんな感じかな?」
「……まだ点数はつけられませんが、及第点は優に超えています。あれほどの令嬢であれば籠に押し込めておくのももったいない。婚姻後も仕事をしてもらいたいと思っています」
「なるほどねぇ、つまりグレイの考える男女平等政策の先陣を切ってもらうつもりなんだ」
「それもありますが純粋に惜しいのですよ、あの手腕が。父上だって名剣を飾るだけではもったいないと思いませんか?」
「あぁそれはわかるよ。名剣は壁にかけるものではなく、力ある騎士が血を吸わせるためにあるんだから」
「そのたとえで言うならばマリアはガラスの剣とでも言うべきでしょう。使い方を誤れば砕け、周囲一帯に被害をもたらす……聞こえは悪いですが王妃として仕事をさせて、余計なことに手を回せないように飼い殺しにするのが一番でしょう」
「その言葉、リーベルト家の人間には黙っておくよ」
「そうしてください、こんなことを言ったとバレたら俺の首が飛びます」
「くくく、じゃあ最後に」
楽しげに国王は喉を鳴らして笑う。
「マリア嬢、グレイの奥さんとして、王妃として認めているような言動をしているけど実際のところどうかな? 彼女とはうまくやっていけそうかい? 国の重鎮として起用しても大丈夫かな?」
「露骨にマリアを追い落とそうとする馬鹿な選民思想令嬢、俺に媚を売るだけしか能がない馬鹿嫡男、委縮して声をかけようともしない下位貴族そのどれよりも彼女は高みにいます」
無言で続けてと促す国王、それに一切の反応を示さずに冷淡な口調でグレイは言葉を続ける。
「そしてマリアは俺に足りない物、相手の言葉の裏を読み、腹の底を探る事に関しては右に出る者はいないでしょう」
「そこまで高く評価しているんだね」
「えぇ、それと同時に彼女は自分の役割に忠実です。人として道を外していると思うほどに」
「というと?」
「欲求というのは誰でもあります。彼女にもそれはあってしかるべき……だというのに自身の感情を殺して公僕たらしめんとする姿は見ていて痛々しい。あれが俺の婚約者であるという現状、彼女は『仕事として』俺の事を愛しているだけでしょう」
ギリッと小さく歯ぎしりする音が馬車に響く十数分前に嫉妬にかられたという言葉を聞いたときの、空虚なそれを無意識のうちにグレイは感じ取っていた。
そんなグレイが悔し気な表情を浮かべたまま、漏らすように言葉を続ける。
「だから俺は、マリアを本気で振り向かせたいと思っています。仕事としてではなく、純粋に俺に気持ちを向けてほしいと」
グレイの言葉に国王は一瞬呆気にとられたような表情をしてから、盛大に噴出した。
「はは、はっはっは、あははははははは! いいねグレイ、君の最初の野望はそれか。結婚までにマリア嬢を本気で惚れさせること、うん男としてあれほどの人物を惚れさせたとなれば君の評価は一段と上がるだろう!」
それがいかに難しい事か、特に悪役令嬢としてふるまうように言われている今のマリアに恋にうつつを抜かす余裕などない。
その事は知らないグレイ。
あくまでも『婚約者を見極めるために令嬢たちをあてがう』という事しか聞かされていないのだ。
だが仮にその全てを知っていたとしても、グレイは同じ言葉を口にしただろう。
「いいよ、グレイ。私は君を応援しよう。しかし腹芸も腹の探り合いも苦手な君にそれができるかな?」
「できるようになります。これから学び、彼女を惚れさせて見せます。そのためならば俺は、父上が……国王陛下があてがうと言った令嬢達も取り巻きも全て利用して、時には蹴落としてでもこの野望を叶えてみせる!」
「よろしい! グレイの覚悟、しかと受け取った! ならばまずはその一歩目を踏み出してみせなさい! くれぐれも、マリア嬢を失望させないようにね」
「はい、では失礼します」
グレイはそのまま馬車を降りて、一礼してから寮へと向かって歩き出した。
「くふふ……今のマリア嬢はいつもよりも手ごわい相手だぜグレイ。せいぜい頑張りな……」
国王の笑みは、まさに子を見る親そのものの優しい瞳。
そこに身分、国王と次期国王候補という溝など存在しないかのようだった……。
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