悪役令嬢になれと父に言われましたが難航しています~悪役令嬢になろう学園生活~

蒼井茜
蒼井茜

クラスメイト

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2020年9月1日(火) 14:04
文字数:2,265

イラスト:ロバート


 さて教室についたわけですが、まずお父様の言葉通りグレイ様とは同じ教室。

 そしてなぜか先ほどのハインツ様に栗毛の平民……あとは見知った顔がいくつか。

 その辺りは無視してよさそうかな。

 なにせヒロイン役は男爵か子爵……おそらくは男爵家の者が選ばれるはずだから。

 警戒すべきはお父様が私の予想の裏を突くことだけれど……あの人は本当にそういういたずらが好きだから困ったものね。

 あるいは男爵家が失敗した時のために子爵家を用意しているか、その逆のパターンか。

 と、なればまずは……どうしましょう。

 困った事に対策とか何も思いつかないし、グレイ様がどんな反応をするか見極めてから……と言うのが定石かしら。

 後手に回ることにはなるけれど、それくらいは許容しなければ。

 善は急げというのであれば悪はゆっくりと待ち構えるものでしょうし。


「うーす、全員席に……ついてるな。優秀だ」


 そんなことを考えていると教室の扉を開けて一人の男性……言動と恰好からして教師、眼鏡にぼさぼさのくすんだ金髪、衣服の汚れや 皺が目立つからあまり外聞に頓着しない人……平民ね。


「あーこれから3年諸君の担任を務める事になった、ボードウィンだ。平民出身だがいじめないでくれよ貴族様方」


 あらあら、これはまた……随分と面白い人が担任になったものね。

 顔を動かさずに周囲を見てみれば何人かの高位貴族家の方々は面白くなさそうな顔をしてらっしゃる。

 低位貴族の中では……男は3人、女は2人……高位貴族たちとまとめて警戒対象にリストアップ。

 ついでにグレイ様を見ると……。


「あら……」


 特に何の思い入れもないかの如く、涼し気にそれを見ていた。

 ふむふむ、割といい感じね。

 先ほどの喧嘩の仲裁の時もむやみに身分を振りかざしたりしなかったし、直情的だけれども教えた事に対して間違っていなければ真摯に受け止めると……この方、コロコロと点数が変わるわね。

 とりあえず加点。


「そんで平民出身の奴らだが、なんかトラブルあったら俺のところにこいよー。学園長通して対処してやるから」


 その言葉に顔をしかめていた方々が表情を隠すような仕草をする。

 まぁね、公爵家と王族の後ろ盾があれば平民だろうが何だろうがむやみな手出しはできないからね。


「あーただしだ」


 ん? なにかしら。


「ありもしない濡れ衣着せようとした奴、こりゃ平民も貴族も……王族も関係なく等しく罰せられることになるから気をつけろ」


 瞬間背筋に冷たい汗が走った。

 同時に唇の端が吊り上がるのを隠すために扇子で口元を抑える。

 これほどの殺気、騎士であっても涼しく流せる人はそうそういないでしょうね。

 ついでに言うならその言葉の内容も素晴らしい。

 これから悪役令嬢をやる私にとって、ありもしない話をでっちあげられるというのは一番の痛手だからそれを封じてくれたのは素直にありがたい。


「さて、俺の挨拶なんざどうでもいいか……お前ら順番に挨拶しろー誰からでもいいぞー」


 ……この教師やりやがった。

 素晴らしいと褒めた直後だけれど、それは暗にこのクラスの先頭に立つ者を決めろと言っているに等しい。

 リーダーシップを発揮する者は素早い決断と判断力が必要とされる。

 が、平民は貴族に、貴族はより上位の貴族と王族に遠慮して真っ先に名乗りを上げるという事が出来ない。

 特に女の身分はこの国では高くないから必然的に男が、まぁ端的に言ってしまえばグレイ様が真っ先に名乗り上げなければいけなくなる。

 けどそれはあまりよろしくない……いや、悪役令嬢としてはいいのだけれど……あまりに定石すぎてお父様達がどんな反応をするかと 考えただけで面倒くさくなる。

 ……やるか……やるしかないのか……ええい!


「では僭越ながら!」


 ガタンと淑女らしからぬ音を立てて、立ち上がる。

 その光景に貴族たちは驚いた様子でこちらを見ている。


「マリア・フォン・リーベルト。入学式で挨拶をさせていただき、なおかつ国王陛下に面白いと評された身故に名乗り上げさせていただきました。皆様これからよろしくお願いいたします」


 その場で一礼して少し周囲を見渡す。

 視線を止めたのはボケーとこちらを眺めていた平民の栗毛。


「せっかくですので次の方を指名する方針にしてはいかがでしょう、皆様せっかく自由が保障された学園だというのに立場を理由に委縮してらっしゃるようなので」


「すきにしていいぞー」


 よっし、担任のお墨付きゲット。


「じゃあそちらの、栗毛の貴方!」


「あ? ……あ!? 俺か!?」


「そうですわ、自己紹介してくださいますか?」


「あ、あぁ……えーとロバートだ、体は頑丈だが勉学はそれほど得意じゃない。よろしく頼む」


 ここにきてようやくぱちぱちと拍手の音が聞こえ始める、けれど大半は平民から。

 あとは私と、グレイ様と、ハインツ様、あと何人かの令嬢……チェックチェック。

 他の貴族たちは拍手をするそぶりを見せるものはほとんどいない。

 こちらも要チェック。


「あー誰かに指名するんだったよな、えーと……じゃあ、おい坊ちゃん」


「誰が坊ちゃんだ! あ……失礼した、ハインツ・ルード・ボードルです。皆様よろしくお願いします」


 ちなみにこれ、ミドルネームにはそれぞれ階級を意味しているので自己紹介=身分紹介になる。

 平民はそもそも家名を持ってないから名前だけの紹介でわかる。

 あとごくまれに自分の出自や身分を隠したいがためだけに名前しか名乗らない人もいたりするから注意が必要。

 何はともあれこうして順に挨拶をしていくことでひとまずクラスの顔触れはおおよそ把握できた。

 お父様……選民主義をわざと集めましたねこの野郎……お恨み申し上げます。

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