悪役令嬢になれと父に言われましたが難航しています~悪役令嬢になろう学園生活~

蒼井茜
蒼井茜

プロローグ

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2020年9月1日(火) 14:03
文字数:1,680

イラスト:マリア・フォン・リーベルト


 まもなく冬も終わろうかという季節、雪が溶け花々のつぼみが小さく開き始めた頃の事だった。


「お前には【悪役令嬢】になってもらう」


 突然のお父様の宣言に、私の思考は明後日の方向にすっ飛んで行った。

 

 さかのぼること数分前。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


「わかりました、すぐに向かいますのでこのままエスコートをお願いしますね」


 執事の一人、セレスに私室の外から声をかけられたことから始まる。

 私の家は代々王家に仕える公爵家、そこで厳しく躾けられた身故に使用人相手でも丁寧な口調を使ってしまう癖がついている。

 上に立つ者として相応しくない、そんな声も聞こえてくるが私は女の身。

 夫となるものを支え、影で仕事をこなす事こそ私のやるべきこと……と、自負している。

 その夫となるものが王族であれば尚更だ。

 王城に仕える事が許されるのは一定以上の身分の紳士淑女。

 そんな魑魅魍魎相手に上手に出たところで足元を掬われるのは考えるまでもない事。

 ならば今のうちに訓練をしておくのも悪くはないはず、である。


「セレス、お父様はどのような御用件で?」


「端的に申しませば、来月から通われる学園の事。そして婚約者様であらせられる第二王子殿下の件でとだけ聞いております」


「そう……殿下の……」

 学園の事を先に切り出したのが少し気になるところではあるけれど、王族関連の事となるとこれはずいぶんと面倒な話になりそうだ。

 そんなことを考えながら私は長い長い廊下を進み、お父様の書斎の前についた。


「旦那様、マリアお嬢様をお連れいたしました」


「マリアだけ入れ、セレスは下がって構わん」


 セレスが扉の前から一歩退く。


「失礼いたします」


 一声かけてから重い扉を、気分的にも重い物になってしまっているそれを押し開ける。

 たいていの場合私がここに呼ばれる時は厄介ごとしかないのだから。


「マリア・フォン・リーベルト。参りました」


 これも訓練のたまもの、家族には家族として接するべきという声が一定数存在しているのは理解している。

 けれども、お父様が書斎にいる間は公務中。

 ならばこちらも公人相手に立ち振る舞うべきだろうと考えての事。

 お父様もそれを良しとしているのだから、問題はない。


「来たか、早速だが……まず来月に控えた学園入学の準備が一通り済んだ」


「そうでしたか、それは御疲れ様でした」


「うむ、まぁ面倒な仕事ではあったが恙なく完了したと言っていいだろう」


「それで、準備とはどのようなものでしょうか」


 学園入学の準備、というのは私の入学に関する事ではない。

 入学式の際に貴族家の後継ぎが一堂に会するため警備は万全にしなければいけないが、それはまた別の公爵家の仕事。

 主に騎士団のトップを代々継いでいる家の領分であり、お父様が関わる事ではない。

 ならば、いったい何の準備をしていたのかという疑問が残る。


「まずお前の事だが、第二王子殿下とその御友人数名と同じ教室で授業を受けられるように手配した」


「まぁ、それはそれは」


 なんて面倒なことを、とは思っても口に出さない。

 お父様としてはそんな裏工作は面倒この上ない話だし、金銭面でも安くはない額を学園側に『寄付』することになったはずだ。

 そして私としても、第二王子殿下と四六時中顔を合わせなければいけないというのは面倒この上ない。

 その御友人方も一緒となれば、表情を崩さずにいた自分を褒めたたえたいほどである。


「お前の事だ、内心面倒とでも思っているのだろう」


「それにお答えすることは憚られますので」


 暗にその通りだと言っているようなものだが、こういうのも貴族としては必要な事。

 上の人間に従うだけではなく苦言を呈するのも仕事の一つだ。


「ふむ……まずまずと言ったところか」


「何がでしょうか」


「なに、お前ならば今からいう仕事に関してはそつなくこなしてくれるだろうという期待を込めただけの事だ」


「仕事、ですか」


 どういう事だろう、少なくとも学生の身で仕事を任されても中途半端な結果しか残せないのではないだろうか。


「なに、そう難しく考える事はない……お前には【悪役令嬢】になってもらう」


 はい、時間同期しました。

 とりあえず思考を巡らせよう……。

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