都の中にある軍事施設、その一室に赤ずきんは招かれていた。
キャンプ道具一式を背負う高齢の狼も許可を得て一緒にいる。
「そのライフル銃はどこで?」
「知り合いの狩人さんから譲り受けました」
『……』
赤茶の髪をオールバックにした男は、赤ずきんへの質疑応答に頷きながら、書類に目を通す。
軍服の胸には星のバッジがいくつも付けられている。
「許可証は、持っていないようだね」
「許可証?」
「あぁ、君が持っているライフル銃は狩人や軍人に支給される物なんだ。許可証がなければ軍関係者から奪ったと判断され、刑法により銃殺刑だよ」
赤ずきんは穏やかな瞳のまま肩をすくめる。
狼は左目の琥珀を大きくさせて、男に吠えた。
『あの狩人は御守り代わりにとその銃を渡した。銃殺刑なんぞふざけるな!』
「待つんだ、そこの喋る狼。他の奴なら有無を言わさず銃殺刑を実行するだろう。だが、今回は運が良い」
焦るなと微笑む男は、赤ずきんに書類を渡す。
細かい文字がびっしりと書面に並ぶ。
「ライフル銃の許可証を俺の権限で発行する。その為にはどうしても受けなきゃいけない試験があるんだ、合格したら君達は解放される」
「不合格なら?」
「見つけた以上は放っておくわけにはいかない、合格するまで施設に軟禁だな」
赤ずきんは渋々承諾する。
「分かりました、それでどんな試験ですか?」
「施設の射撃場で腕を見る、それから実践で狩りをする」
『いつもと変わらんな』
「そうだね」
「よし赤ずきん、ここで待機していてくれ。すぐに戻る」
男は部屋から出て、ふぅ、と息を吐く。
シンプルさと威厳を表すような造りの廊下を進み、会議室に入ればワイアット達が整列して待っていた。
「ライアン隊長」
敬礼する部下に、苦笑いを浮かべるライアン。
「戦争中でもあるまい、いつも通りでいいさ」
「はっ!」
整列するのをやめ、ワイアット達は休めの姿勢をする。
ライアンは呆れ笑うしかなく、話を変えた。
「先程の少女、変わった子だな。本名を名乗らないし、喋る狼と旅なんて驚くことばかり……けど、あの目は」
ライアンは射撃場が見える窓を眺め、
「沢山、殺してきた目だ」
寂し気に呟く。
ワイアット達は黙り込む。重い沈黙に気付いたライアンは口を押さえて軽く首を横に振った。
「すまん、感傷的になってしまったな。これから彼女にライフル銃の許可証を発行する為の試験を行う。ワイアット、せっかくだから一緒にどうだ?」
「え、俺、ですか?」
自らを指すワイアットは目を丸くさせる。
ライアンは力強く頷いた。
「今回の駆除任務、また撃てなかったと副隊長のウィリアムから聞いている」
「う……す、すみません」
ワイアットは帽子の鍔を摘まんで俯く。
ニヤニヤと笑う熊のような体格のアーサーと、隣にいる筋骨隆々のイーサン。
「よし、それじゃあ一旦解散。ワイアットは一緒に来い」
他の兵士が足早に出ていく中、残されたワイアットはライアンについていく。
とある一室、取調室と表記された部屋に入った二人を、赤ずきんは穏やかな瞳に映す。
待ちくたびれてた狼は、ワイアットの姿に太い牙を剥きだしに唸る。
「どうどう狼さん」
『なんじゃクソガキ、なんの用だ?!』
「ひゃっ!」
ワイアットは間抜けな声を出してライアンの後ろに隠れてしまう。
「何があったか知らないがワイアットはまだ新米兵でね、大目に見てやってほしい。それと待たせてすまない、射撃訓練場に行こう」
ライアンに連れられ、やってきた射撃場。
赤ずきんはボルトアクションライフルを構え、三〇〇メートル以上先の的を狙う。
人型の的で頭部と胸部に黒い点のマークがついている。
その的が五枚も立っている。
狼は射撃場から離れた場所で伏せて、兵士二人の背中を睨む。
前傾姿勢で銃床を肩に当て、頬を密着させて、照準器越しに先を覗く赤ずきんは、呼吸を止めた。
射撃場に爆裂音と衝撃波が生まれる。
ボルトハンドルを一度起こして後ろに引き、排莢して前に押し込んで、また元の位置に戻して倒す。
瞬時に繰り返して、また一発、また一発と装填した五発全てを撃つ。
「う、ウソ……」
ワイアットは双眼鏡で覗いた的に、首を振る。
ライアンは小さく何度か頷いた。
「なるほどな、予想以上の精度だ。全弾、急所を撃ち抜いている」
「う、ライアン隊長、自信なくなってきました」
「ワイアット、赤ずきんをベースに考えるな、彼女は特別だ。お前は新米ながら射撃訓練での精度は上々、あとは」
途中、軍事施設内のスピーカーから流れる低めの音に、口を閉ざしたライアン。
しばらく鳴らした後、ゆっくりと音が小さくなり、消えていく。
「何の音ですか?」
赤ずきんが訊ねると、
「ひ、人食い狼の駆除命令だよ。市民から依頼がきたら鳴るんだ」
ワイアットが慌てながら答えた。
「ちょうどいい、新米兵士の集まりで悪いが試験代わりに人食い狼の駆除に協力してくれないか? 許可証だけでなく銃弾と報酬金を渡そう」
「銃弾なら大歓迎です、是非」
『おい、赤ずきん、お前こんな兵士共と一緒に行くつもりか?!』
狼は信じられないと赤ずきんに吠えた。
赤ずきんは、まぁまぁ、と落ち着かせ、狼の頬を撫でる。
「許可証とさらに弾とお金が貰えるんだよ、今度鹿肉買うからさ」
『う……ぐ……うぅぅ』
「よし、行こう狼さん、えーと新米兵士さん?」
赤ずきんに呼ばれたワイアットは体をビクッと跳ね、目を丸くさせた。
「え、えと、なに?」
「そんなんじゃ人食い狼さんにあっという間に食べられちゃいますよ。リラックス、リラックス」
「た、べ…………られる」
ワイアットは全身に力を入れてしまい、抱えているライフル銃を強く握り締めた。
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