赤い頭巾を深くかぶり、金髪のおさげと素性を隠す10才にもならない赤ずきんは、体長160センチの大柄な狼の後ろへ隠れるように立つ。
重々しいボルトアクションライフルをやっとのことで抱え、腰のホルスターには銃身の短いダブルアクションリボルバー。
分厚く鼠色の雲が空を覆い隠し、今にも雨が降りそうな天気。
『屋根を探すぞ』
狼は琥珀の左目で周囲を見渡す。
足元が白く、胴体にいくにつれて茶と灰の毛が混じる。
赤ずきんは沈黙したまま、悲痛な表情で頷く。
街道から逸れて、林の獣道を進んだ。
人為的に作られた芝生の広場が左目に留まる。
1軒の小屋がひっそりと建っていた。
狼は周囲を警戒しながら鼻を動かす、耳を立てて音に集中する。
丸い窓から前脚をかけ、小屋の中を覗いてみると空っぽのワインボトルがいくつも転がっていた。
外側に置かれたカゴに鼻を向ければ、ワインボトルで溢れかえっている。
空っぽの馬小屋もあり、狼は赤ずきんに、
『無人なのか? ちょうどいい、止むまで待つぞ』
優しい口調で声をかけた。
だが、赤ずきんは唇を震わせて首を横に振る。
「でも、あぶない人だったら……」
ライフル銃を抱える手もガタガタと怖さと寒さで痙攣を起こしたように動く。
『だからオレがいる』
狼は小さな背中を鼻先で押して、馬小屋の軒下へ急がせた。
ほぼ同時に雨が芝生や土を濡らし始める。
寝そべるように伏せた狼の腹に身を寄せた。
くるむように狼は丸くなる。
「わかぁってんだぞー、お前らの目的はよぉ」
だらしなく野太い声が聞こえてきた。馬小屋の中で、もぞもぞと動く影。
驚いた赤ずきんはブルブルと震えてしまう。
『少し見てくる。動くなよ』
狼はゆっくりと馬小屋の中を覗いた。
薄暗い馬小屋、男は顔を真っ赤に染めてリボルバーを握りしめたまま、寝転んでいた。周りには空のワインボトルが何本か転がっている。
半開きの目で、天井に呟く。
「もう兵団には、もどらねぇぞ……きたらじまんの得物で、こうだっ!!」
握りしめているリボルバーの銃口は誰も狙わず、引き金に指を引っ掛けた。
狼は身構えて後ろに下がった。
カチッと引き金が空振りした音だけが鳴る。
一瞬焦りを覚えた狼だが、すぐに苛立ちが底から湧き上がる。
『……おいっ!!』
狼は大きく吼えた。
「わがぁああ!!? なんだ、なんなんだ?!」
目を覚ました男は背筋を伸ばして上体を起こし、声の主を探すように首を激しく動かす。
『ここだ!』
「ば、化け物、近寄るな、この、このっ!」
大柄な狼に目を丸くさせて、リボルバーで狙いをつけて引き金を何度も押さえる。
『はっ! 弾がなきゃ人間なんざ弱いもんだ。おい人間、お前はここの家主か?』
視点が合わず、ただ黙って狼と、その背後にいる赤ずきんに顔を向ける。
真っ赤な顔でアルコールの臭いを漂わせながら髪を掻く。
「幻覚か……? なんなんだお前らは、ガキと、喋る化け物、ここは地獄か?」
ブツブツ言いながら立ち上がる男。
『……』
「ここの奴はもういねぇよ、勝手にしろ。ワインを飲んだらぶっ放すからな」
フラフラと馬小屋から出ようと足を動かす。
すると、空のボトルを踏んでしまい、鈍い音を立てて後ろへ滑り転んだ。
土と埃が舞い、狼は数歩後ろへ下がった。
『おい、何やってんだ? おいっ!』
返事はない。
すぐにいびきが聞こえ、狼は呆れたように鼻息を出す。
渋々服の裾を噛んで家まで引き摺っていくことに。
雨によって毛が濡れてしまう。
同じく赤い頭巾を濡らす赤ずきんは恐る恐る家の扉を開け、男を室内へ。
床に転がして、室内を見回す1匹と1人。
電気を点けると、ワイン樽とガラスに保護された未開封のワインや見知らぬ人物の写真立てが目に入った。
幸せそうに笑う家族写真。
『……』
引き摺られてもいびきをかいて眠っている男をただ黙って睨んだ。
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