「お前らに何がわかる……? 誰にも必要とされずに、誰からも愛されずに。
お前のせいだと責められ虐げられてきたオレの痛みがッ!!」
涙を堪えた声を荒らげながら、“夜”は初めてずっと内に秘めていたであろうその感情を吐露した。
「――“煉獄の闇,全てを破壊する剣となれ! 『フェーゲフォイアー』”!!」
不意に“夜”が魔法を発動した。
以前の彼には使えなかったはずの暗い色を宿した闇属性の魔法剣に、僕たちは驚愕して行動が一瞬遅れる。
大地を抉りながら僕たち全員を対象として向かってくるそれを止めたのは、【太陽神】だった。
「――“光よ,我らを護りし盾となれ! 『シーセル』”!!」
光属性の魔法で作られた盾が僕たちの前に現れ、闇を消し去る。
その力強くも優しい色をした左右異色の瞳に“夜”が怯んだ隙を突いて、僕は彼に近付いた。
「泣かないで、夜」
「……っいや、やだ……来るなぁッ!!」
彼が叫ぶと同時に、周りの木々や草花が壊れ、地面がひび割れる。
……おそらくこれも、黒翼の言う【魔王】の影響によるものなのだろう。
きっと夜は泣いているのだ。“闇”の中で、独りぼっちで。昔から君は、そうだったから。
だけど、今は違う。僕たちがいる。“もう一人の君”がいる。
君がひとりで泣く理由なんて、どこにもないよ。
「……ひとりにしてごめんね。怖かったよね。辛かったよね……」
「……い、やだ……おれ、オレ、は、」
【魔王】のチカラに怯むこともなく、僕はそっと彼を抱き締める。
深い“闇”を抱く彼を、照らすように。
「“ここ”で、泣いていいんだよ、夜……」
優しい歌が聴こえる。歌唄いが“夜”のために紡ぐ子守歌だ。
「夜おにいちゃん」
ルーが傍に来て、“夜”の手を握る。彼はただ、震えていた。
「よく、がんばったね」
「……っ!!」
温かいその言葉を受け、“夜”は息を呑み……崩れ落ちるようにしゃがみ込んで、泣いた。
「……っずっと……ずっと、痛いって泣きたかった……」
「……うん」
「ずっと、ずっと、いやだって言いたかった……」
「うん……」
「でもこわくて……っ。でもいたくて……っ。だれもたすけてくれなかった……っ!!」
「夜……っ!!」
ぽつりぽつりと話し出す彼を抱き締め、僕はただ、相槌を打つ。
「それで……わかったんだ。
おれは、ずっとずっとひとりなんだって。おれにはたすけられる価値なんてないんだって。
よるはあのヒトを……ころした、から。すくってもらえないんだって……」
「夜……違う、違うよ夜……!!」
たどたどしく話す彼に、違う、と首を振る僕。
違うんだ、夜、君は……――
「きっと、あのヒトもよるのこと憎んでる。恨んでる。おれ、おれさえ、よるさえいなければ……っ!!」
「違う夜、憎んでなんていない! 恨んでなんか、いるはずないよ!!」
悲しいことを言わないで、お願いだから。
僕の声は届いていないのか、彼は更に慟哭する。
「おれ、が……よるが、いるから……。
よるさえ……よるさえ産まれてこなければよかったのにッ!!」
そう叫んだ彼を、僕はただ必死に抱き締める。
「夜……そんなこと、ないよ……。僕は君がいてよかったって、思うよ。
生きていてくれて……よかったって……!」
「嘘、だ。だって、だってみんな……だってみんな、よるのことなんかいらないって!!
おとうさんも……おかあさんも……みんな……みんなっ!!」
僕の言葉に、夜は嘘だ、と首を振る。
どの『みんな』を指しているのだろう。彼を傷付けた『みんな』か、僕たちか。
ただわかるのは、彼がとても傷ついているということだった。
「いらなくなんてないよ。君がいなきゃ僕は嫌だよ。君がいなきゃ……ダメなんだ。
僕には……夜、君が必要なんだよ。夜のこと、大切で……大好きだから」
未だに深い“闇”の中にいる彼を、照らすように包み込む。傷は癒せなくても、分かち合うことはできるから。
涙でぐちゃぐちゃになった彼の顔に、両手でそっと触れる。年の割に酷くほっそりとした頬が、“同じ”なはずなのに僕より少し低いその身長が、とても痛々しく感じた。
「……ふ……あ、さぁ……」
恐る恐る僕の服を握り締める“夜”。そんな彼を安心させるように、僕はなるべく優しく背中を叩く。
ちょうど、母親が幼子をあやすように。……彼は、知らないだろうけれど。
「大丈夫、大丈夫だよ、夜……。
僕がいる。みんないる。もう、痛くないよ。怖くないよ。
だから……帰ろう、夜……?」
僕たちを優しく見守る仲間たち。“夜”を落ち着かせるための優しい歌を歌う深雪。彼の手をそっと握っているルー。
君を傷つけるものは、もう、何もないよ。
そう言うと、しばらくして彼はこくんと頷いた。
「いたく……ない、なら……かえ、る……」
涙で潤んだ幼子のような拙い返事。
事実、彼は幼子のままなのだ。ずっと、ずっと心を押し殺して生きてきたから。今やっと、心に素直になれたから。
彼の返事に、僕たちは微笑む。
「……おかえり、夜」
その瞬間、彼の背中に黒い羽が生えたかと思うと、それは千切れるようにその背から離れ、やがて夕陽を纏った空へと消え去った。
と同時に、血のように紅かった瞳も、瞬き一つで元の青に戻ったようだ。あの紅も、やはり【魔王】に由来するものだったらしい。
夜の頬に触れてそれを確認した僕は、再度彼を抱きしめた。
「……あれが、夜に宿ってたっつう【魔王】の“闇”……?」
「恐らく」
イビアの呟きに、黒翼がこくりと頷く。
「けれど、まだ夜の中から完全に“闇”が消えた訳じゃない」
僕の腕の中で泣きじゃくる夜を見ながら、彼はそう続けた。
「だとしても……もしまた夜が“闇”に飲み込まれても、また照らせばいいだけだろ?」
ニッと不敵に笑って……それでいてどこか安心したように、ソレイユが言う。
「そうだな。……オレたちは、仲間なんだから」
そんなソレイユに同意して頷くアレキ。
彼らのやり取りを見て、涙目のリウが僕たちの元へ駆け寄ってきた。
「……っ夜っ!! おかえりなさいっ!!」
それを機に、他のみんなも夜と僕に駆け寄る。
「お帰りなさい、夜くん」
「たっく、どうなるかと思ったぜー」
「無事で良かったよ、夜」
「よく頑張ったな、夜」
「お帰り、夜……」
「心配かけさせんな、ったく……」
「いっぱい泣いていいんだ、夜。……もう大丈夫だからな」
「もしまたアンタを傷つける奴がいたら、アタシたちがぶっ倒してやるよ!」
深雪、イビア、ソレイユ、アレキ、黒翼、レン、カイゼル、桜爛。
みんなが思い思いの言葉を夜にかけ、彼はただ頷いて、僕にしがみついた。
「……っ夜!!」
そんな中、不意に少年の声が聞こえた。
「……あれ、リツまだいたんだ」
「すっかり忘れてましたネ」
そういえば、と顔を見合わせたソレイユと深雪が言うとおり、声の主は存在を忘れられていたリツだった。
「うっせ! オレはお前らには話しかけてねぇよ!」
忘れていたと言われ、少なからずショックを受けたらしい彼は、“夜”に刺された左肩と脇腹を痛そうに押さえていた。
「……傷、大丈夫?」
「こんくらい……平気だっつうの。それよか……その。……っ夜!!」
僕が心配して声をかけると照れたようにそっぽを向いて、リツは夜を呼んだ。
「……?」
「今日は退いてやる! でも、次に会ったら容赦しないからな!!」
僕から少し顔を離して首を傾げた彼に、リツは指を突き出してそう宣言をする。
「オレはお前のライバルだからな! あとっ! 仲間は大事にしろよ!!」
そんだけ!! と一方的に言い放って、巨鳥を呼んで去っていったリツに僕たちはきょとんとする。
結構傷は深そうだったけれど、意外と丈夫なのかな、と僕は内心で感心した。
「な……何だったんだアレ……」
「随分好意的になったな……」
リツが去った方角を見て、桜爛とイビアが呟く。どうやら彼は彼なりに夜を心配してくれていたらしい。……本当に敵なのだろうか……?
しかしそんな僕の疑問も、夜が再びそっと僕の肩に顔をうずめたことで霧散する。
取り戻せたあたたかなぬくもりに、青の瞳に、僕は心底ほっとして深く息を吐いたのだった。
みんなの優しい想いが、君を包み込む。もう傷つけない。必ず、守るから。
そう決意した夕闇に、夜の嗚咽が溶けていった。
(……ありがとう)
Chapter18.Fin.
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