「久しぶりだね……レン」
「……ラン……ッ!!」
僕たちの前に突如現れた、レンによく似た容姿の青年。
当のレンの顔には、激しい怒りの感情が浮かんでいる。
「誰だアイツ……?」
「彼は……」
イビアが隣にいたリウに尋ねた。【予言者】であり、レンとは昔からの付き合いである彼女なら、きっと何か知っていると思ったのだろう。
だが、彼女は言い難そうに言葉を濁して俯いてしまった。
「貴様……何をしに来た!!」
怒声。レンが青年に向けた声だ。僕は視線を彼らに戻す。
「何って……酷いなあ。五年ぶりに会ったというのに、その言い方はないだろう?」
怒っているレンに対して、青年は飄々とした態度をしている。……口元に歪な笑みを湛えたまま。
「まあ、強いて言うのなら……レン、君の顔を見に来たんだ。これではダメかい?」
首を傾げて問う青年に、レンは完璧に堪忍袋の緒が切れてしまったようで、魔力を集めた手を青年へ向け詠唱体勢に入る。
「――“断罪の刃,終わりなき世界を紅に!!
『エクスピアシオン・ブリュレ』”!!」
短く呪文を唱えて、青年へ炎を放つ。
けれど彼はそれを軽やかに避けて、無邪気にからからと笑う。
「あはは、すごいすごい! けれど何でそんなに怒っているのレン?」
「黙れッ!! 貴様が五年前に何をやったか……忘れたとは言わせねぇ!!」
“五年前”。レンや青年の言葉から共通して出てきたキーワード。一体彼らに何があったのだろう……?
「ああ……まだ怒っているのかい? いい加減諦めなよ、そんな昔のこと」
至極不思議そうに青年が言い放つと、レンは再度呪文を唱えようとする。
「……ってっめぇ……ッ!!
――“業火よ,その償いを持って……”」
「――“闇に光を,暁に静寂を! 『ライジング・レイ』”!!」
だがその詠唱が完成するよりも先に、青年の魔法……激しい光を伴った『雷』がレンの足元の地面を抉った。
「……ッ!!」
「やれやれ、困った奴だね君は……。
……兄に攻撃をしようだなんて!」
手を上げ首を振るという大げさなリアクションをし、青年は呆れたように笑う。
……っていうか、今、なんて……?
「あ、に……?」
「確かに似てる、けど……」
他のみんなも困惑の表情を浮かべている。
そう、ソレイユの言う通り、レンと青年は髪の長さと前髪の分け目以外同じなのだ。
……まるで、僕と夜のように。
「……あれー? なぁんだレン、お仲間くんたちに何も話していなかったのかい?」
ひどく楽しそうに歪な笑顔を浮かべ、青年はレンに問う。
「……るせぇ……」
「それでは僕が教えてあげよう! 僕の名前はランナイア・グロウ。
……レンの双子の兄だよ。気軽に“ラン”と呼んでくれて構わないよ?」
レンの呟きを無視して、青年は朗らかに名乗る。
そこだけを聞くとまるで人畜無害そうな彼に、僕たちは少し気を緩めてしまう。
「ふ、双子……」
「なるほど、だからそんなに似てんのか……」
イビアが思わず僕と夜を見て呟き、カイゼルが納得したように頷いた。
「っるせぇっつってんだよ!! オレは貴様を兄だなんて認めねぇッ!!
“『バース・クリムゾン』”!!」
そんなランにレンが激昂し、真っ赤な炎の魔法が彼を襲う。
……だが、ランは笑顔を浮かべたままそれすら軽々とかわした。
「好戦的な君も好きではあるけれど、少々おいたがすぎないかい、レン?」
「黙れ……ッ!! ――“永遠の揺らぎ,凪いだ紅煉を……”」
「ま、待てよレンっ!!」
再三詠唱を始めたレンを、アレキが制止する。
「あいつお前の兄なんだろ!? 兄弟喧嘩にしちゃやりすぎだろ!」
「あ、アレキの言うとおりだ! 兄弟喧嘩で魔法使うとかどんな兄弟だよ!!」
アレキの声に便乗して、イビアも慌てて止めに入る。
……確かに、あんな激しい兄弟喧嘩なんて僕には理解できないし想像もつかないけれど……何だかそれだけではないような気がする。
「……そうじゃない。これは、きょうだいげんかなんかじゃない……」
拙い声音で、ルーがうわごとのように小さく呟く。そうか、この子は人の感情がわかるから……。
「リウさん、大丈夫ですか?」
「どこか具合でも悪いのかい?」
ふと、深雪と桜爛がずっと下を向いて震えていたリウへ心配そうに声をかけるのが聞こえた。
彼女は大丈夫、と弱々しく笑って、また俯いてしまう。
「……あれ? リウお嬢様じゃないか!」
その様子を見て今更視界に入ったかのように、ランがリウを呼んだ。
彼の狂気を孕んだかのような声に、彼女はびくりと体を強ばらせる。
「お久しぶりだねお嬢様! 相変わらず僕のレンと一緒にいるんだね。……というより、まだ生きていたんだ?」
「……貴様……ッ!! それ以上リウに何か言ってみろ!! 殺すぞ!!」
嘲笑を湛えたランに、レンが自身の魔力を全て集めながら殺気を込めて叫ぶ。
「いやだなぁ、怖いよレン。僕は思ったことを言っただけなのに」
溜め息をついたランのその視線は、顔を伏せながら涙を堪えているリウに向いていた。
「か弱い女の子を泣かせるなんて最低だよアンタ!!」
「リウさん、あんな人の言うことなんて気にしなくていいんですヨ」
その眼差しから守るようにリウを庇う桜爛と深雪に睨まれても、ランは平然と笑っている。
……だけど、僕は突然あることに気付いてしまった。
「……あれ……?」
「……あの服……リツたちと、同じ……」
ふと、それまで僕の服をぎゅっと握っていた夜も気付いたようで、恐る恐る声をあげた。
そう、僕の弟の言うとおり、ランが身に纏っている服は“黒き救世主”の一員であるリツやセルノアという名の少女と同じ、ワインレッドを基調としたものだった。
「……そう、言えば……」
「確かに同じ、だな……」
僕たちの会話にソレイユとカイゼルが頷くと、レンと泣いていたリウがピクリと反応し、ランがニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「れーん、全く君は……本当に何も話していないんだね?」
呆れた、というように言葉を紡ぎながらも、その男の表情は笑顔だった。
まるでレンや僕たちを嘲笑うかのように、仕方ないね、と言いながら、彼は芝居かかった口調で再び口を開く。
「改めてまして……はじめまして、“双騎士”諸君。……僕の部下たちがお世話になったそうだね」
「それって……!!」
イビアの言葉に歪んだ笑顔のまま頷き、ランは続ける。
「君たちのご想像通り。
……僕は、“黒き救世主”のリーダーだ」
複雑に絡まり合った糸がスルリと解けていく。
そこにあったのは、絶望と……悲劇の記憶。
Chapter22.Fin.
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