「結局……何が何だかわかんねぇまま力とやらを受け取っちまったなあ」
「上手いこと口車に乗せられた気がするのはオレだけか?」
ソレイユとイビアの会話を聞きながら、僕たちは桜華の街を後にした。
「朝……大丈夫? 顔色悪いわよ?」
「……大丈夫だよ」
リウが心配そうに僕の顔をのぞき込んでくる。それにありがとう、と笑みを返して、僕はぎゅっと自分の胸元を握り締めた。
僕はアズール様の力を受け取った影響で、自らの属性が“風”から“光”へと変わっていた。
気を失ってから目が覚めた時にはすでにアズール様はおらず、ただ心配そうな顔の仲間たちに見守られていた。
生まれつき持っていた属性が変わるというのは案外大変なもので、僕は未だに違和感と闘っている。
……それでもこの“力”で夜を救えるのなら、この違和感にも耐えてやる、と僕はひっそりと誓った。
……そんな時、突然大きな物音と誰かの悲鳴が聞こえた。
「う、わああぁぁぁぁーーーッ!!」
「!?」
「な、何だ!?」
僕たちは驚いて辺りを見回す。どうやら少し先の道で何かが起こったらしい。
「行ってみましょう!」
リウが言うと、レンが頷き駆け出した。僕たちもそれに続いて走り出す。
……一抹の不安を感じながら。
+++
たどり着いた先にいたのは、脇腹から血を流しながら倒れている眼帯の少年と、黒い服の少年だった。
「リツ……に、夜……!?」
ソレイユが呟く。
そう、眼帯の少年は“黒き救世主”の一員であるリツで、黒い服の少年は僕のパートナーである……夜だった。
「くっそ……何なんだよひよっこ勇者のクセにッ!!」
流れる血を押さえながら、反対の手で剣を握り直し叫ぶリツ。どうやら先ほどの悲鳴は彼が上げたものらしい。
対する夜は真っ黒な剣を無造作に握ったまま、立ち尽くしていた。
「夜……っ!!」
名前を呼んでも、何も反応しない彼。リツが夜に切りかかるが、彼はその剣を軽く受け流した。
「な……ッ!!」
そして体勢を崩したリツの左肩に、彼は剣を突き立てた。
「……っああああああああッ!!」
「……っ」
今までの夜らしからぬ行動に、リウが思わず目を背ける。そんな彼に、僕たちも呆然としてしまい誰一人として動けずにいた。
「……っなんだよお前……何なんだよぉぉぉっ!!」
声を荒らげるリツに、彼はまた剣を突き立てようとする。
……だが、それは叶わなかった。
「……姫っ!?」
黒翼が、自らの刀で彼の剣を受け止めたからだ。
「夜から、離れろ……!」
「…………」
しかし黒翼の刀をものともせず、“夜”は黒翼を突き飛ばす。
そこには一切の感情も宿っておらず、ただ冷酷で……異質な紅い瞳だけが、僕たちを見ていた。
「……っ!!」
「姫っ!!」
イビアが倒れた黒翼の元へ駆け寄る。幸い、怪我はないようだ。
「姫、何して……」
「朝……っ」
イビアの言葉を遮って、黒翼は僕の名を呼ぶ。
「朝……夜の中には、“闇”が……俺の“力継人”に昔宿っていたと言う【魔王】が、いる……!」
「え……っ!?」
その話に、僕たちは夜を見る。
冷たい紅の瞳。纏う黒い雰囲気。歪められた、口。
僕の知る“蛹海 夜”とは余りにもかけ離れたその存在が、“夜”の人格ではないとしたら……?
「――……違う。あれは紛れもなく“夜”だ。“夜”の心の悲鳴に、その【魔王】が入り込んだんだ……」
無意識に、否定の言葉が口から出ていた。彼は“夜”だ、と僕の直感が告げる。
……彼の傍を離れていた一年を除いた十六年間、ずっと見守ってきた僕にはわかるんだ。
(だって、だって……僕は、君の……!)
それを受けて、みんながそれぞれの武器を手に“夜”を見やった。
「つーまーりー、姫さんが言うところのその【魔王】とやらを夜からひっ離せばいいんだよな?」
「そう簡単にいくといいんですけどネェ」
楽勝じゃん! と意気込むソレイユに、意外としつこそうですヨ、と言いながらも短剣を構える深雪。
「絶望なんてしない。必ず、導くから」
「ガキの面倒見るのはもう懲り懲りなんだがな……」
“夜”を真っ直ぐ見つめるルーと、呆れながらも戦闘体勢なカイゼル。
「夜……そんなものに飲み込まれるな! 戻ってこい!」
「夜……っ!!」
“夜”に必死に呼びかけるイビアと、体勢を立て直し再び刀を握る黒翼。
「夜……ごめんね……っ!! 私たちのせいで……怖い思いをしたよね……ごめんね……!!」
「んなもんに目ェつけられてんじゃねぇよ!! てめぇの居場所はここじゃねえのか、夜ッ!!」
泣きながら夜に謝罪するリウと、そんな彼女を支えながら“夜”に怒鳴るレン。
「レンの言うとおりだよ! 戻ってこないなら力ずくでも戻らせてやる!」
「もう怖くないから、大丈夫だ。オレたちが守ってやるから。だから、夜。帰ってこい……!!」
双剣を構えながら叫ぶ桜爛と、優しく“夜”に呼びかけるアレキ。
「夜……帰ろう? 『そこ』は、寒くて寂しいでしょ?
夜は寒いのも寂しいのも嫌いだもんね……」
そして、精一杯微笑んで“夜”に手を伸ばす、僕。
「……闇があるなら光で照らせばいい。
太陽が隠れてしまったなら、歌で引っ張り出せばいい。
翼が折れてしまったなら、誰かが翼を貸せばいい。
……もしも道に迷ったなら、ぼくが導いてあげるよ」
ルーの言葉に、みんなの願いに、力が宿る。僕たちを導く、【太陽神】の祈りによって。
それは想いの力。無数の光を帯びて、“夜”へと向かう。
「夜……ッ!!」
暗い暗い“闇”の中にいる君へ、届けばいい。僕たちの声が、届けば。
「――……黙れ」
冷たい言葉、拒絶。……僕たちは彼を凝視する。光は彼の纏う“闇”の前に、むなしくも霧散した。
「お前らに何がわかる……? 誰にも必要とされずに、誰からも愛されずに。
お前のせいだと責められ虐げられてきたオレの痛みがッ!!」
それは、痛みを湛えた彼の慟哭。目尻には、涙を溜めていた。
……救えないの? 大切な、君を。
ただ深い絶望を抱いて。ただ深い“闇”に包まれて。
“夜”はずっと、泣いていた……。
(怖かったんだ、自分の存在も、この世界も、何もかもが)
(……もう、終わりにしたかった)
(そうしてオレは、全てを拒絶した……)
Chapter17.Fin.
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