「っていうか、ランたちはどこに行ったんだ?」
あれから数分後、ふと思い出したようにソレイユが首を傾げながらそう言った。僕と夜の“同化”による光の中、彼らは逃げ去ったらしい。
「どっかに隠れてるんじゃね?」
イビアが手に持った呪符をひらひらと揺らしながら辺りを警戒する。
「そんなバカな……」
「安心しろ、それはない」
カイゼルの呆れたようなツッコミの後、レンが確信を持った声音で言った。
「何か心当たりがあるんですか?」
深雪がレンを見て尋ねる。彼は無言で森の奥を指差した。
「この先にある、かつて『プロイラ』と呼ばれた街……そこにいるはずだ」
僕たちはその方向を見て、思わず黙ってしまった。
『プロイラ』と言えば、全てが始まった場所……レンたち三人の故郷だ。
「……なら、行こうぜ。ちゃっちゃと終わらせた方がいいだろ?」
そう言って歩き出そうとしたイビアを、驚いた顔で桜爛が止めた。
「ちょ、ちょっとアンタ。まだ黒翼が動けないでいるってのに……」
「大、丈夫だ」
しかし彼女の言葉を遮って、黒翼がゆっくりと起き上がる。
「黒翼!」
「だ、大丈夫って……!」
イビアが彼の名前を呼び、傍にいたリウが心配そうにその身体を支える。
「俺は、大丈夫。……だから、行こう」
レンへ向けられた、真っ直ぐで強い藍色の瞳。レンはしばらく沈黙したまま、僕たちをぐるりと見回した。
「……すまない」
静寂の後、彼が口にしたのは謝罪の言葉だった。
「これは言っちまえばただの兄弟喧嘩だ。それにお前らを巻き込んじまって……」
罪悪感からか、目を伏せてぐっと拳を握るレン。
「本当にすまなかった」
「ちょ、別にそれは……!」
それに慌てて、ソレイユが気にしてない、とフォローを入れる。
「だが」
しかし、レンはそれを遮って更に続けた。
「もう少し、もう少しだけ……お前らの“力”を貸してくれ」
決意を秘めた強い深緑の眼差し。僕たちの知っているレンが、そこにいた。
「もちろん」
「言われなくてもそうさせていただくつもりでしたヨ?」
僕が頷き、深雪がいたずらっ子のように笑う。
「レンだけじゃ解決できなさそーだしな!」
「そうそう」
イビアが楽しげにからかい、ソレイユもそれに同意する。
「俺達は、レンの力になりたい」
「うん、それでレンおにいちゃんが救われるのなら」
そっと手を差し伸べて穏やかに笑む黒翼とルー。
「兄弟喧嘩にしちゃあ随分派手だねぇ」
「こんな深刻な兄弟喧嘩、放っておけないって」
桜爛がくすくす笑い、アレキも苦笑を浮かべながらレンを見る。
「第一、ここまで巻き込まれといて何もするなっつー方がおかしいだろ」
「兄弟で殺し合うなんて……悲しいこと、終わらせよう?」
呆れたようにレンを見やるカイゼル。そして、僕に寄り添ってそう言葉を紡いだ夜。
「レン」
最後にリウが彼の前まで歩を進め、そっと小さな手を差し出した。
「行きましょう。これは、あなだだけの問題じゃない。
……元はといえば、私のせいでもあるんだから」
悲しげに微笑んだリウを見て、レンは黙ってその手を取った。
+++
深い森を抜けた先に、かつてその街はあった。
……時計台の街プロイラ。レンから聞いた綺麗なレンガ造りの街並みは、今ではもう廃墟となり見る者に寂しさと切なさを与えるだけだった。
「ここが……プロイラ……」
燃え損ねたレンガの残骸だけが転がるその風景に、僕は思わず隣にいた夜の手をぎゅっと握る。
「本当に……ここが街だったってのかよ……」
呆然と辺りを見回すソレイユ。他のみんなも同様の反応だった。
荒れ果てた地面からは、人々が暮らしていたぬくもりも痕跡すらも感じられない。
「……っ」
「リウ!!」
不意にドサリ、と何かが倒れるような音がして、次にレンの焦った声が響いた。それに振り向くと、リウが力なく倒れていた。
「リウ!?」
「リウさん!!」
慌てて僕たちも彼女の名前を呼びながら駆け寄る。レンに支えて貰いながら身体を起こしたリウは、青白い顔で弱々しく笑った。
「ごめんなさい……大丈夫」
「大丈夫って……顔色悪いじゃんか……」
心配そうな顔で、イビアがリウと目線を合わせる。
「レンおにいちゃんにとっても……リウおねえちゃんにとっても、ここは辛い場所だから……」
感情を読み取ったのか、【太陽神】は辛そうな表情でパートナーであるカイゼルにしがみつく。
「あんまり無茶をするな、リウ」
やはり安全な場所で待機させておくべきだったか、と独り言ちながら、そっと彼女の頭を撫でるレン。
リウはしばらく黙ってから、しっかりと顔を上げて首を左右に振った。
「……平気よ。私だけが辛いわけじゃないもの」
レンの手を借りて立ち上がるリウ。その瞳には、力強い色を湛えていた。
心配そうなレンとイビアの横を通り抜け、やがて振り返って彼女は気丈に笑った。
「行きましょう!」
眩しいほどの笑顔を浮かべた少女に、僕たちは安堵する。
「……リウは強い。だから、大丈夫だよ」
先を歩く彼女を追いかけるように、夜はそれだけ言って僕の手を引いて歩き出した。
「ほら、【予言者】の守護者がぼーっとしててどうすんだよ!」
「とっとと行くぞ」
レンの腕を叩いて、僕たちを追いかけるソレイユ。しがみついてるルーをそのままに、それでいて気を使いながら歩き出すカイゼル。他のみんなも、僕たちを追いかけて歩き出す。
「……行くか」
「……だな」
そして、イビアとレンはお互い顔を見合わせて、歩き出したのだった。
+++
「ラン……出て来い!!」
街の奥、元は時計台があった広場だったであろう場所に来た僕たち。
レンがランを呼ぶ。きっとここにいるはずだから、と。
その思惑通り、ランはレンの声に答えて、積み上げられた瓦礫の上に現れた。
「そんなに大声を出さなくても聞えているよ、レン」
ニヤリ、と狂ったような笑みを浮かべるラン。僕たちはそれぞれ武器を構え、詠唱態勢に入る。
不意に強い殺気を感じて辺りを見回すと、魔物たちが僕たちを囲んでいた。
「さあ、格好良く決戦といこうか。レン……そして“双騎士”諸君!」
ランの両脇には剣を構えたリツと、魔物を従えたセルノアがいつの間にか現れていた。
過去の悲劇が生んだ墓標の地で、最後の戦いが始まった。
Chapter28.Fin.
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