(それはハジマリよりも昔のお話。きみがきみたる所以の物語)
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紅い紅い海の中、金糸の髪の少年は無表情で佇んでいた。
――【歌神候補】が死んだ、と聞いた。
オレ……ソレイユ・ソルアは、神々の住まう“天界”とはまた違う異世界、ローズラインの出身だった。
故郷を出て、天使として【全能神】を始めとする神々に仕えていた。
自慢ではないが、次代の【熾天使】………天使長にもなれる、とまで言われていたのだ。
そんな中、事件は起こった。
次世代の神々の着任式。新たな三柱が【神】になる……はずだった。
――けれど、【全能神】は言った。
『お前は、【歌神】には――なれない』
……【歌神候補】は産まれながらに【神】にあるまじき“闇”を抱えていたそうだ。それ故に神になれず、逃亡し、天界を追われたのだと。
オレより長く天界の天使をしていた同胞が、誰に言うでもなく語っていた。
“闇”。それを抱えていた……ただそれだけで、追われ、追い詰められ、そして死したのか。
“闇”。それが何だと言うのだ。そんなもの、誰だって抱えているではないか。
……彼が、【歌神候補】が抱えていた“闇”が、オレたちも抱えうるそれとはまた違ったのだと知ったのは――【魔王】に由来する“闇”だったのだと知ったのは、後に“Night”の名を持つ少年に出逢ってからだった。
だとしても、だ。納得できるはずもない。
【歌神候補】が何を思い生きて、何を抱いて死したのか。
オレは真相が知りたかった。
……同胞の天使たちは、誰も何も知らなかった。
――しばらく後に、【全能神】直々に『真相』が話された。
曰わく、【歌神候補】を殺したのは、【神殺し】と呼ばれる人間だと言うこと。
【神殺し】のバックには、オレの故郷ローズラインの【創造神】である女神、アズール・ローゼリアがついていること。
ローズライン出身のオレや、アズール・ローゼリアの故郷である別の異世界……ナイトファンタジア出身の天使たちは、他の同胞から様々な目で見られた。
侮蔑、嘲笑、憐れみを含んだ瞳。
それに耐えきれなかった天使たちは、ある者は故郷へ帰り、またある者は……自ら死した。
オレはどちらも選ばなかった。
アズール・ローゼリアが【神殺し】を使って【歌神候補】を殺したことも、そもそも【歌神候補】が“闇”を抱いていたこと自体も、オレは信じられなかった。
やがてオレは、その手に握った二丁の銃で、同胞たちを、……――
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血の海で佇んでいたオレは、当たり前だが天界を追放された。『堕天使』という、烙印を捺され、背中の翼を剥がされて。
故郷であるローズラインに戻ったオレは、アズール・ローゼリアに頭を下げた。オレがしたことは、彼女の名にまた傷をつける行動だったからだ。
しかし彼女は一度きょとんとして、それから気にしなくてもいい、とからから笑った。
「君は【歌神候補】のために、私のために怒ってくれたのでしょう?」
【創造神】は優しく笑んで、真相を話してくれた。
【歌神候補】は【全能神】たちにその存在の抹消を望まれ、逃亡していたこと。
【全能神】たちはそんな【歌神候補】と仲間たち……【時神】クロノスと【想神】アリアを追い詰め、やがて彼らを殺したこと。
仲間たちによって逃げることに成功した【歌神候補】だが、彼らの死に耐えきれず、現れた【神殺し】に殺してくれ、と頼んだこと……。
……【神殺し】は【歌神候補】を殺めたことに酷く胸を痛めているということ。
……オレが【歌神候補】に会ったのは、ただの一度だけ。神々の着任式……“継承の儀”で見かけただけだった。
当然、向こうはオレのことを知らない。
彼は、“継承の儀”の最中に【歌神】になれず、そのまま仲間に連れられ天界から消えたのだから。
……【歌神候補】が死んだ。
そう聞いたとき、“継承の儀”で見かけた黄土色の髪を揺らしながら歩いていた、優しげな少年の儚い笑みが、ずっとずっと脳裏から消えずにいた。
だから、なのか。
故郷ローズラインで、同じように“音”に愛された儚いあの子に手を差し伸べたのは。
オレは確かに、アルビノの歌唄いの中に【歌神候補】……ツィールト・ザンクの面影を、視たのだった。
(歌唄いは、【歌神候補】と同じような儚い笑みを浮かべて)
――そうしてふたりの絆は繋がれた。まるでその時を待っていたかのように……――
(……もう、いいよ。ありがとう……名前もわからない堕天使のきみ……)
深海のゆめの水底で、蒼い髪の少年と黄土色の髪の少年は、揺蕩うように眠っていた……――
天使回想録 Fin.
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