『今から君たちを、“力継人”の元へ送ります』
僕たちの前に現れた女神……アズール・ローゼリア様は、突如としてそう言った。
「アヴィレ……セクター……?」
聞き覚えのない単語に、僕たちは首を傾げる。
『そう。君たちに新たな力を与えてくれる存在。まあ行ってみればわかるよ』
アズール様がにこりと笑ったその瞬間、眩い光が辺りを包み込む。
「――……ッ!?」
その光に反射的に目を瞑り再び開いた時には、その場には僕とアズール様しかいなかった。
ここは最初にいた洞窟の中ではなく、一面が青空に包まれていた。
「み……みんなは……!?」
『それぞれに力を与えてくれる“力継人”の元へ送ったの』
驚愕して辺りを見回しながら呟いたに、アズール様が答えてくれる。
「それぞれの……“アヴィレセクター”……」
『そう。“力継人”……それはこことは別の世界にいる、強い力の持ち主たち。
その魂の一部を私の力で、この世界に“影”として呼んだ者たちの総称。……貴方たちに、新たな力を渡すために』
アズール様の説明に、僕は先ほどまでみんながいた辺りを見つめた。
「新たな……力……」
+++
羽崇 深雪は、白い部屋で目が覚めた。
「こ……こ、は?」
確かアズールという少女に出逢って、眩しい光に包まれて……気がついたら、ここにいた。
「ソレイユ……? 朝くん?」
きょろきょろと辺りを見回すが誰もいない。途方に暮れる深雪だったが、不意に背後から声が聞こえた。
『……ようこそ、“忌み嫌われた旋律の間”へ』
「……あなたは……?」
振り向いた先にいたのは、肩ほどまでの長さがある黄土色の髪の少年だった。
『僕はルーティア。あなたの“力継人”です』
「私の……アヴィレセクター……?」
ルーティア、と名乗った少年の言葉に、深雪はきょとんとする。
『はい。……あなたは、音楽の才能に恵まれている』
「……っ」
『けれどあなたはそれを良しとしない。なぜです?』
ルーティアの言葉に、深雪は訝しげに答える。
「それは……自分の未来を勝手に決められてしまうから……」
『そうですか。本来ならここで、「音楽をしたくても出来ない人もいるんだ」なんて言うのでしょうが……。
そんなこと言われても、結局他人は他人、ですものね』
ふふ、と笑いながら、彼は深雪に手を伸ばす。
『ですが、深雪さん。もし……その力で、誰かを救ったり守ったりすることができる、としたら……どうしますか?』
「……え……?」
『例えば、蛹海 夜さん……でしたっけ? ……彼を救うことが、できるとしたら?』
「……なぜ……夜くんのことを?」
深雪の疑問に、ルーティアは真っ直ぐな瞳で答えた。
『僕は、“力継人”ですから』
「“力継人”……」
『守りたいですか? 救いたいですか?
僕の力を受け取れば、あなたはあなたの力……“音楽の力”で、それが出来るようになります』
「私の……力……」
ルーティアの……【音楽神】の顔を見つめ、深雪は考える。
――忌み嫌っていた、私の才能。
もし、それで誰かを救えるのなら。……彼……夜くんを、救えるのなら。
私、は。
「……わかりました。あなたの力を、受け取ります」
差し伸ばされた手を、歌唄いは掴んだ。
+++
『ようこそ、“神に護られし力の間”へ』
ソレイユ・ソルアは、目の前に現れた青年に目を見開いた。
「だ、誰だお前! それにここは……? 深雪たちは!?」
『オレはイゼレア。お前の“力継人”だ』
イゼレア、と名乗った青年は茶髪で赤紫のメッシュが入った髪を揺らして笑った。
「アヴィレセクター……」
『そ。さて、と……。ソレイユ、お前……堕天使、なんだろ?』
「……っ!! ……まあ、な」
何もかも見透かしたかのようなその暗紫色の瞳に、ソレイユは一瞬息が詰まるも何とか頷く。
彼の指摘通り、ソレイユは“堕天使”と呼ばれる存在だった。神々が住まう神界から追放された、堕ちた天使。
パートナーである深雪にしか告げていない己の正体を、目の前の存在はあっさりも見破ったのだ。
『オレは元々神に仕える聖職者なんだが……それが神に背いた堕天使に力を与えるなんて、すごい皮肉だよなあ』
ははっ、と苦笑をこぼして、イゼレアはソレイユに手を差し出した。
「……なんだよ?」
『力だ。受け取れ。神に背いたお前に、神に仕えるオレから、神の贈り物。堕天使でありながら本来の力が使えるんだ』
「そんなもの……」
『救たくはないのか?』
必要ない、と言いかけたソレイユの言葉を遮り、イゼレアは彼を正面から見つめる。
『救たくはないのか? 護りたくはないのか? お前の仲間を。……大切な存在を』
「…………」
『救いたいのなら、護りたいのなら、手を取れ! この力を、受け取れ!』
差し出された手を、ソレイユはじっと見た。
「……わかったよ。受け取ってやる!」
やがてその手を握り返すと、イゼレア……【聖職者】は、ふわりと笑った。
――気をつけろ。蛹海 夜には、……――
+++
――揺るがぬ決意と誓いの間――
『護る強さが欲しいでしょう?』
手を差し出したのは、緑の髪をした少年……リシェア。その少年と対峙するカイゼル・ビョルネは、何も言わずにその手を取った。
「“アヴィレセクター”、か……。その力、使ってやるよ」
カイゼルの言動が意外だったのか少年は一瞬ぽかんとしたが、すぐに気を取り直すと、にこりと微笑んだ。
『貴方なら、僕の力を正しく使ってくれますね』
そんなリシェア……【皇子】を見て、カイゼルも笑みを返した。
――お願いします、貴方の友達に宿ったあの闇を……――
+++
――世界を見守る蒼穹の間――
『きみはまだ、【太陽神】としては完全に覚醒していないんだ』
「……うん、わかってる」
ルー・トゥアハ・デ・ダナーンは、金髪の少年……ミストリアと向き合っていた。
『だけど、きみは僕の力を受け取ることが出来る。
……ううん、受け取らなければ、きみは完全な【太陽神】に……なれない』
「……ぼくに拒否権はないってこと?」
じっと自身を見つめるルーの言葉にミストリアは相槌を打ち、手を差し出した。
『きみの手で、力で、きみはきみの友達を救わなければならない。きみが、みんなを“導く”んだ』
そう言った彼に、ルーはこくりと頷く。
「……わかった。きみの力、受け取るよ」
【太陽神】ルーは、ミストリア……【聖天使】の手を握った。
+++
――人々を繋ぐ想いの間――
『私の力を受け取って、【予言者】。きっと貴方の望む力になるわ』
リウ・リル・ラグナロクに手を差し伸べたのは、紅色の髪の少女……リネティア。
「私の……望む力?」
『貴方は、みんなに守られてばかり……でも、そんな自分が嫌なんでしょ?』
「…………っ」
リネティアの言葉が図星なのか、リウは息を呑んで黙り込む。
『でも、私の力を受け取れば……きっと、みんなの役に立てるわ』
「……本当に?」
『ええ。それに、貴方達の過去に決着をつけることも出来るわ、きっと』
その言葉に、リウは諦めたかのようにふっと笑って、彼女を見た。
「さすがね、“アヴィレセクター”。全部お見通しかぁ」
『まあね』
「……わかったわ。貴方の力、受け取ります」
そう言って手を握った予言者を見て、リネティア……【想神】は、優しく笑った。
+++
――全てを導く光の間――
「オレに力、なぁ……」
『悪い話じゃねぇだろ? とりあえず受け取っとけ』
レンパイア・グロウは、目の前にいる金髪の青年……アリーシアを見て、ニヤリと笑む。
「まあな……受け取ってやらないこともない」
『面倒くさい奴だなテメェ』
そんなレンにアリーシアは呆れたように溜め息を吐きながら、手を差し伸べた。
『オレの力で……過去に決着をつけるんだ、レンパイア』
「……言われなくても」
手を握りながら自分を今度はキッと睨む魔術師に、アリーシア……【光騎士】は笑いかけた。
+++
――誰かを守る時空の間――
『過去をいつまでも引きずって……女々しいだけだぞ?』
「言われなくてもわかってる! けど……仕方ないだろ……」
イビア・レイル・フィレーネの“力継人”は、黒髪の少年……クレノアだった。
『お前、過去の痛みを活かして、今度はみんなを守るために強くなりたいんじゃなかったのか?』
クレノアがそう言うと、イビアはぐっと押し黙ってしまった。
『過去ばかり見ていても何も始まらない。だから』
そこで一度区切ると、彼は手をイビアへ向けた。
『オレの力を受け取れ、イビア。守りたいのなら。強くなりたいのなら』
「……オレ、は」
脳裏をよぎるのは、亡くした少女。イビアは、無意識にクレノア……【時空神】の手を取った。
+++
『……よ。ようこそ、“蔑まれた剣の間”へ』
「……お前、は?」
黒翼は、長い漆黒の髪の少年が佇む静かな空間にいた。暖かいけれどどこか寂しさを感じさせる場所だ、と内心で思う。
『オレはお前の“力継人”、ユイシュアだ』
「……“アヴィレセクター”」
『ああ。お前に“守る力”を与える存在』
ユイシュア、と名乗った少年は、黒翼に近づき色素の薄い左手を伸ばした。
『受け取れ』
「…………」
少し考えてから、黒翼はそっとその冷たい手に触れた。
……なぜか、いなくなってしまった彼の……夜の掌に似ている気がする。
「受け取る。……皆を、守りたいから」
黒翼のその言葉にユイシュアは満足したように頷いたが、不意に真面目な……それでいて、痛みを堪えたような表情に変わる。
「……ユイシュア?」
『……ごめん……っ。かつて……かつて、オレに宿っていた“闇”が……【魔王】が、お前の友達……蛹海 夜に……』
「夜、に……魔王……!?」
その告白に驚く黒翼を見て、ユイシュアは深く頭を下げ、謝った。
『ごめん……オレが、オレたちがうっかりしていた……。まさか彼に宿るなんて』
「じゃあ……朝が言っていた『夜に狂気がある』って……」
黒翼の問いに、ユイシュアは再度ごめん、と呟いて、ぎゅっと目を瞑った。
『きっと、【魔王】のせいだ。
……頼む、あの“闇”を倒して……お前の友達を、救ってやってくれ……』
あの“闇”の恐ろしさは、オレが一番わかってるから。
泣き出しそうな声音でそう言った彼に、黒翼は承諾の意を示す。
「……わかった。夜は、絶対に助ける」
その言葉に安心したのか、ユイシュア……【闇剣士】は微笑んだ。
――頼む、××……――
+++
『そろそろ時間ね』
アズール様は何もない空間を見つめ、唐突に口を開いた。
まだみんなと別れてからそれほどの時間は経っていないけれど、彼らは彼らのアヴィレセクター……異世界の力ある存在を写した者たちから、きちんと力を受け取ったのだと女神は笑った。
『朝、君にも力を与えるよ』
「……僕にも、力……?」
僕は訝しげな表情を浮かべて首を傾げる。
『そう。君の“アヴィレセクター”は、私』
「アズール様が……僕の“アヴィレセクター”?」
『うん。私の力を受け取れば、君の生まれ持った属性は変わってしまうけれど……君の大切な人を救うには、きっと必要な力だから』
彼女は僕に優しく笑いかける。そのまなざしに、僕は君の姿を思い浮かべた。
「……夜」
君は今、どこで何をしているのだろうか。……泣いていないだろうか。苦しんで……いないだろうか……。
『受け取って、朝。【創造神】が作り出した“悪魔”よ……』
「…………」
――この力で、夜。君を救えるのなら……――
僕はアズール様の手を、取った。
――貴方たちが……蛹海夜が、『真実』に近づくまで……もう少し、ね……――
薄れゆく意識の中で、僕はあたたかなアズール様の声を、聞いた。
Chapter16.Fin.
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