「朝くん、夜くんの様子はどうですか……?」
そっとドアを開けて入ってきたのは、深雪。後ろには、心配そうな顔をした他の仲間たちもいる。
あれから僕たちは、泣き疲れて眠ってしまった夜を連れてホワイヴの街へと戻ってきた。よほど疲れていたのか、彼は未だに目を覚まさない。
「まだ……寝てるよ」
さらさらとした夜の蒼い髪を撫でて、僕は深雪に答える。
「よるおにいちゃんはまだ、やすむことがひつようだから……そっとしといてあげてね、みんな」
ルーがみんなを見回してそう言う。
この子の言うとおり、夜はきっとまだ心の整理がついていないはずだから、今はただ眠らせてあげよう。
「朝……一体夜の過去に何があったんだ……?」
ぎゅっと彼の細い手を握り締めた僕に、イビアがそう問いかける。
「……ここじゃなんだし……隣の部屋でいいかな?」
もし話してる最中に夜が起きたら、きっとパニックを起こしてしまう。
そう言って、僕たちは隣の部屋へと移動した。
「……話す、って言っても……何から話せばいいのかな……」
「とりあえず夜の過去だろ。大まかでいいからさ」
どうしようか悩んでいると、ソレイユがそう提案してくれた。それに頷いてから、僕は話し出した。
……夜の、痛みに満ちた悲しい過去を。
「……夜は……両親の愛情を知らずに育ったんだ」
+++
夜には双子の兄がいた。……最も、“彼”は死産だったのだけれど。そして夜だけが無事に産まれた。
夜の母親は彼の“兄”を産めなかったことをとても悲しみ、自らを責め続けた。幼い夜を見ては“兄”の面影を重ね、泣き続けた。
それを見かねた父親が、最初に夜に手を上げた。
『お前のせいで母さんが泣くんだ!!』
それは妻を想う夫の優しさ故。……けれど息子を想う父の優しさは、どこにもなかった。
父親は、夜を憎んだ。ひどく理不尽な理由で。
母親に泣かれ、父親に殴られ憎まれ育った夜は、感情をなくした。
いつからか、自分は生まれてきてはいけなかったのだと思うようになった。
悲しみに耐えきれなくなった母親も、ついに夜に手を上げた。
『あんたさえ産まれてこなければ、あの子は……ッ!!』
実際は何も悪くない夜を責めなければ、母親は心を保てなかった。だけどそうなった時、夜の心はどうなるの?
……母親に存在を否定された日、夜は学校の屋上から飛び降りた。それが、最初の自殺未遂だった。さすがの両親もこの時ばかりは焦ったようではあったけれど……そんなものは、今更だった。
それから夜は何度も何度も死のうとした。生きていくことに絶望しながら。壊れた心のまま、夜は生きていた。
周りはそんな彼に無関心で、夜の心に更に傷を作る。時々手を差し伸べてくれる人もいたけれど、彼はすでに他人を信じられなくなっていた。
ボロボロになって、泣くことも叫ぶことも助けを求めることも出来ずに、夜は十七歳まで生きてきた。
+++
「だが……最初に会った時のアイツは、普通に笑ってたぞ?」
「記憶をなくしていたのでしょうか……?」
一通り話し終えた僕に、カイゼルと深雪が問いかける。
「深雪の言うとおり、夜はこの世界に来て過去の記憶をなくした……というか、心の奥に閉じこめたんだ」
僕が『初めて』会った夜は、“無表情のまま僕の手を取った”のだから。
「そう……だったんだ……」
イビアが呟き、みんなが黙る。その重たい静寂を破ったのは、黒翼だった。
「……朝。どうしてお前が夜の過去を知っているんだ?」
それは、核心をついた疑問。みんながハッとしたように僕を見る。
「……夜すら忘れていたことを、どうして……」
彼の言葉に、僕は少し黙ってから口を開いた。『僕たち』の真実を、伝えるために。
手が震える。その真実は、他人にどう思われるのだろう……?
「いつか……みんなには話そうとは思ってたんだ。……こんなに早いとは、思わなかったけど」
少し苦笑いを浮かべて、僕は続ける。
「僕は……夜の、その“死んだ双子の兄”だから」
「……は?」
「どういう、こと……?」
当然の反応をする桜爛とルー。他のみんなも困惑している。
それはそうだ。僕も同じことを誰かから言われたらそんなリアクションをする。
「……そのままの意味だよ。
最も、僕はその“兄”そのものではない。……“兄”の魂、とでも言った方がいいかな?」
+++
母親が“僕”を産めなかったことを後悔し、父親がそれで夜を傷つける。ずっと夜の傍で彼を見守ってきた僕は、それが耐えられなかった。
“僕”のせいで“弟”が苦しんでいる。そう思うと、とても悲しかった。
そんなある日、僕は異世界の女神……アズール様と出逢った。後悔と懺悔、絶望と涙に包まれた世界に留まっていた僕の魂を助けに来てくれたらしい。
だけど、僕は彼女の救いを拒否した。……ただ、夜の傍にいたかったから。しかし彼女は言った。
『こことは違う世界で、君たちは『個人』として出逢い、話すことができる』
そしてこのローズラインでアズール様は僕の肉体を生成し、僕の魂をそれに入れた。
それはヒトならざるモノ。神の気紛れによって生まれた、不自然な存在。
他の異世界では“人形”と呼ばれるそれを、僕は揶揄を込めて“悪魔”と呼んだ。
……この一連の行動が、良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど……――
+++
「……それが、今の僕」
僕の話を聞き終えたみんなは、なんとも言えない表情をした。
余りにも自然の摂理に反している、とは僕自身も重々理解している。……この世界だからこそ存在出来ている、ということも。
「つまり……お前は、死んだ夜の兄貴の魂を宿した存在、みたいなもんか……」
「まあ、そんな感じかな」
レンの言葉に肯定して、僕は少し息を吐く。
……けれど、絶対に聞こえてはならない声が僕たちの耳に届いてしまった。
「お……にい、ちゃん……?」
いつ起きたのだろう、いつの間にか開かれたドアの向こうに、驚いたような……それでいて絶望したような表情をした僕の“弟”が、いた。
「よる……っ!?」
しまった、今の会話を全て聞かれてしまったのだろうか。焦り困惑する僕を置いて、夜は走り去ってしまう。
「夜くんッ!!」
「くそ……今の聞かれたってのかよ!?」
「兎に角、追いかけよう」
「うん!」
深雪が、イビアが、黒翼が、ルーが、真っ先に走り出し、レンが指示を出す。
「ソレイユ、カイゼル、お前らも行け!! ……お前もだ、朝!!」
「行くぞ朝! お前がぼんやりしててどうすんだよ!!」
「お前が一番追いかけるべきだろ!?」
ソレイユとカイゼルに手を引かれ、僕も走り出す。
レンとリウ、桜爛とアレキは夜が戻ってくることを考慮してこの宿で待機をするそうだ。
そんな声を頭の片隅で聞きながら、僕はひどく混乱していた。
僕は夜を追いかけてどうすればいい? 何を話せばいいの……?
ずっと夜を騙してた。ずっと夜に黙ってた。
きっと夜は傷ついた。きっと夜は……。
――……泣き出したのは、僕だろうか、夜だろうか。
(ごめんなさい、ごめんなさい……お兄ちゃん……)
Chapter19.Fin.
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