「やあ、ちょい待ち! そこの彼女!」
人ごみを泳ぐように掻き分けて、ジェイルはすぐさま彼女の姿を捉えた。
裏通り。壁には破れたポスターやら、錆びた階段、落書きが盛んに描かれていた。
彼女は一瞬振り返ったが、足は止めなかった。名前はエリス・シェフラー。十六歳。
男は、彼女の前に回り込んで歩調を合わせながらさらに訊いた。
「さっきのアレ、君は何か知ってるんだろう? あの子供は助かるべきして助かった。あんなの偶然じゃない! そして君は、君はそのワケを何か知っている、違うかい?」
彼女は愁眉を開くと足を止めずに言った。
「私に関わらないで。あれは咄嗟に・・・後で後悔したくなかったから。私、急いでるの、ごめんなさい、さようなら」
「後悔したくなかった? 君に何ができたっていうんだ───ああ、そうだ、俺の名前はジェイル、ジェイル・リグス。ザロギートファミリーで、下働きししている、これ、俺の電話番号だ。君は恐らく───俺の勘だが、何かから逃れようとしている。力を貸すぜ、アルバラード通り三五七ハイムに住んでいる。困ったらいつでも電話してくれ。二十四時間、目玉をおっぴらいて待ってる」
ジェイルはマルボロのたばこケースから、銀紙を引きちぎり、電話番号を走り書きして
彼女の右手に押し付けた。
男は、この出会いは行く行く役に立つ。娘と顔なじみになるべきだ。そう、うだつの上がらない自分に何かのチャンスが巡ってきたと感じた。運命というのは、所詮、人と人との出会いだ。だが、ここでしつこくすれば、彼女は心をけして開かないだろう。ファーストアプローチは、印象を残して、あっさりと身を引く。あとは縁だ。
この先、彼女一人では解決できない事が起こりそうだ、そう信じて、ジェイルは彼女の後姿を、ひらひらと手を振って見送った。
一方エリスは、ナンパに合うのは初めてじゃなかったが、ジェイルが真摯な態度の男に見えた。
受け取った紙切れは捨てようとしたが、電話番号と名前が書かれた紙をそこいらに捨てることに気が引けた。とりあえずポケットにねじこんで後で適当なところで捨てることにする。
エリスは現場からできるだけ早く離れたかった。目撃者も大勢いるし、監視カメラもあっただろう。何とかしなきゃ。
先ほど握っていたスマホをポケットから取り出し、マイクに何やら呟いた。
一、二分後、画面に「Succeeded inerasing」と出た。
その日の夕方と翌日のニュースにこの事故映像はまったく出てこなかった。
映像がない、カメラの故障によるものだとアナウンサーは不可思議そうに報道した。
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