「人族がいない魔人族の村に来て、そこで仕事をするなんて現地の人の協力がないと長続きしないわよ?」
「そうだね……一緒におねがい!」
「任されました! 初めからそう言えばいいのよ」
輝く笑顔を向けるレナ。
その顔を見ているとふと、魔人族の村の名前を聞いていないことに気が付いた。
「そういや、この村の名前って何?」
「あ、教えていなかったわね。出雲君が来てから色々なことが起きたものね」
クスクスとレナが笑いながら、村の名前はねと言葉を発する。
「この村はアウラ村って言うのよ。古代の言葉で風の女神って意味らしいわ」
「聞いたことないけど、そういう意味なんだね。ありがとう!」
「いえいえ。そろそろ私は家に帰るわね」
「うん! ありがとう!」
話をしながら食器を片付け終えると、レナを送り届けるために玄関口に向かう。
「送らなくても大丈夫よ。出雲は疲れているでしょうし、今日はもう寝なさいな」
「いいの? ありがとう。気を付けて帰ってね」
「うん! 明日また来るからね! お休みなさい」
「お休み!」
レナは出雲にお休みと返すと、扉を静かに閉じた。
「ふぅ……色々あった1日だったな……竜人と戦って村の名前を聞いて、レナの過去を聞いて……俺はこれからこの村で働いて暮らしていかないといけないし……」
ゆっくりと歩きながら寝室に移動をし、ベットに寝転がると天井を見つめてため息をつく。
「別にここに必ずいないといけないってことはないけど、お金を払わないといけないし……俺はこのままでいいのだろうか?」
自問自答を繰り返しているが、答えは一向で出てこない。
「とりあえずは武器を貰ってからもう一度考えるか。今はここで暮らし続けるかもしれないから、地に足を付けていかないと」
直近の目標を立て終えると、そのまま目を閉じて眠ることにした。
翌日。日の明かりが窓から出雲の顔に降り注ぐと、眩しかったのか静かに目を開けた。
「もう朝か……熟睡しちゃったのか……ん? 何かを切っている音が聞こえる」
寝起きの耳に小刻みにリズムよく何かを切る音が入って来るので、ベットから出てキッチンの方向を見た。
するとそこには朝食を作っているレナの姿が見えた。どこからか持って来ているオーブントースターで食パンを焼いている途中であるようだ。
「起きた? おはよう!」
「おはよう! それなに? そんな機械ここにあったっけ?」
「昨日村に届いたのよ。大きなリュックサックを背負った人達を見なかった?」
大きなリュックサックと聞くと、見た気がするとレナに返事をした。
「定期的に村の商人達が、姿を隠して外の国の文化や技術を村に持ってくるのよ。このオーブントースターも外の国の技術よ」
「そうだったんだ! それであの姿で村に戻ってきていたんだね」
「そうよ。この村の鍛冶職人達を筆頭に、技術部隊の人達が外の技術をもとに独自に発展をさせてこの村は続いているのよ」
レナは食パンを焼き終えると、次に目玉焼きを作り始めるようだ。
「あ、お風呂に入ってないでしょ? ベットの部屋の奥の扉がお風呂場よ。入ってきなさい」
「はーい」
レナに言われた通りに進むと風呂場に出ることが出来た。
そこは小さな風呂場であるが、脱衣所に浴槽も完備されていて十分な広さがある。出雲はとりあえず風呂に入ろうと服を脱ぐと、蛇口を捻ってお湯を出す。
「お湯が体に染みる……気持ちいい……」
お湯を堪能して体を洗っていると、風呂場の扉が何回か叩かれた。
「お風呂入ってるところごめんねー! 朝食の準備が出来たわよー」
「あ、ありがとう! すぐに出るよ!」
その言葉と共に急いで体を洗って風呂から出た。
脱衣所に出るといつの間にか用意をされていたバスタオルで体を拭いていくと、良い匂いが部屋中に漂っているのに気が付いた。
「凄い美味しそうな匂いがするなー。レナは料理上手に作るな」
食べるのが段々と楽しみになると、鼻歌を歌いながら服を着てリビングに移動をする。
「あがったのねー? 椅子に座って食べましょう」
「ありがとう」
その言葉を聞いたレナは机にトーストと目玉焼きにウィンナーを乗せた皿とサラダを盛り付けた皿の2つを置いた。
(凄い美味しそう! どれも良い匂いがするし、朝食にピッタリなメニューだ!)
「さ、食べましょう。すぐに食べないと仕事が迫って来るわよ」
「仕事が迫る? 昨日の今日でそれほど来ないでしょ」
レナの言葉を聞いて窓から外を見ると、既に1人の村人が家の前で待っている姿が見える。
「何でいるの!?」
「私が昨日宣伝しといたわ。私も関わっていると言ったらすぐに利用するって人が大勢いたわ。早速仕事ゲットね! よかったわね!」
「それを早く行ってよ! 早く食べなきゃ!」
大急ぎで朝食を食べると、レナと共に家の前で待っている村人を招き入れることにした。
「ここでいいんですよね?」
「大丈夫ですよ」
家に入った若い村人の男性はまさかレナがいるとは思っていなかったようで、口を開けて驚いてしまう。
「まさかレナ様がいるとは思わなかったです……」
「驚いた? ちゃんと宣伝をした通りよ。私はここの事務として働くから安心していいわよ」
「その言葉を聞いて安心しました。あ、これを村の外にある鉱山で働いている叔父に渡してほしいのです」
そう言って若い村人の男性が、小さな木箱をレナに手渡す。
「この小さな木箱は何ですか?」
「この中には懐中時計が入っているんです。叔父はこの時計を仕事中に見るのですが、早朝に鉱山に向かう際に忘れたようで」
「わかりました。こちらのお届け物を隣にいる黒羽が届けますので、ご安心ください」
黒羽と出雲のことを名字でレナが呼ぶと、ビクっと体を震わせてしまう。
「なに驚いているのよ。仕事なんだから出雲君とはお客様の前では言わないでしょう?」
「あ、そ、そうだよね。突然過ぎて驚いちゃって」
2人の会話を聞いていた若い村人の男性は小さく笑っていた。
村長の娘であるレナがここまで楽しそうに話している姿を見るのが初めてであったからである。
「レナさんがそこまで無邪気に笑って話すのは珍しいですね。村の中なんですからそんな風にしなくてもいいですよ」
「そうですか? やるならちゃんとと思ったんですけど……」
「ありのままの人族の黒羽さんと、レナさんに対応をされた方がみんな喜ぶと思いますよ」
「そうなの? なら普段通りにした方がいいわね……」
一瞬考える素振りを取ったレナは、ごめんねと言って若い村人の男性から受け取った小さな木箱を出雲に手渡した。
「あ、これって中に何が入っているんですか?」
「その箱の中には叔母の形見である腕時計が入っています。叔父は肌身離さずに持っていたはずなのですが、今日に限って忘れてしまったようで。私はこれから仕事があるので私に行けないから配達士を始めたとのことでお願いをしに来ました」
「そうだったのですね。わかりました! これからお届けに行きます!」
「ありがとうございます!」
若い村人の男性は、レナから配達時の受け取りサインのことや諸々の説明を受けて家から出て行った。
「まだ1人だけね。出雲君が配達に行っている間にお客様が来たら配達物を置いておくわね」
「ありがとう! あ、鉱山ってどこにあるの?」
「鉱山は南門から出た先にある山岳地帯にあるわ。地図を持ってくるからここで待っててね」
レナは自身の家から地図を持ってくると言う。
「待ってるよ。急がなくていいからね」
「はーい」
レナが肩下げ鞄を持って家から出て行くと、途端に静かになった。
今まで1人で暮らしていたので、誰かが家にいることが新鮮で楽しいと感じていたのである。
「1人に慣れていたつもりだったけど、誰かがいる家ってのもいいものだな。レナの明るさに救われているのかな」
レナによって今までの自身の考え方や行動に変化が起きていると感じ、初めて久遠と会った際に言われた誰かといる幸せの意味をやっと理解できた気がしていた。
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