「ただいま戻りましたー」
配達所に入ると在籍をしている全員が集まっていたので、何があったんですかと出雲は周囲にいる配達員に話しかけた。
「やっと戻ってきたか。武蔵にある本部から特別依頼が届いた。その依頼はある女性を山岳地帯にある古代遺跡に送り届けることだ」
大柄で筋骨隆々の男性が、依頼が書かれている書類を読みながらこの場にいる全員い話しかけている。その男性はこの事務所の所長である朝霧拓哉である。
拓哉は書類を読み続けると、誰かに行ってもらうと続けて言う。普段ならすぐに誰かが行くと声を上げるのだが、今回に限り誰も声を上げなかった。
「誰もいないのか? いつもならすぐに手を上げる癖に、今回に限って誰も手を上げないのか?」
拓哉が全員に向かって再度言うも、誰も手を上げない。
全員がいる1階は、外の生活音や通りを歩いている人達の話し声が配達所内に聞こえる程に静まっていた。
「本部からってことは特別な依頼ですよね? 危険が伴うんじゃないんですか?」
赤毛の目鼻立ちがハッキリとしている長身の女性が拓哉に話しかけた。その女性は出雲の先輩であり、姉として慕っている音海久遠である。
久遠が拓哉に対してどうなんですかと言っている姿を見て、出雲はよくこの雰囲気の中で言えるなと頭の中で考えていた。
「そうだな。危険がないとは言わない。古代の遺跡だから何が起きるか分からないし、送り届ける女性は俺達が普段お目にかかれない高貴なお方だ。そして、その人の機嫌を損ねたらこの事業は終わるかもしれないし、命の危険と仕事を失う危険が伴う危険な仕事となっている」
「そんなことを聞いたらやりたくないっすよ! なんでそんな仕事を受けるんですか!」
1人の若い男性が声を上げると、周囲の人達も酷いと声を上げ始めてしまう。出雲はこんな仕事を受けたくないと思い、静かにその場を離れようとしていた。
「あんなの受けたら終わる……この場から逃げよう……」
もし失敗をして事業を失った責任を取らされるのは嫌だと思い、音を立てずにその場から離れようとすると拓哉が出雲の名前を大声で呼んだ。
「黒羽出雲! どこに行くんだ!」
拓哉が逃げようとしている出雲に声をかけると、体をビクつかせておやっさんと拓哉に震える声で言う。
「お前はどこに行くんだ? まだ話は終わってないぞ? あ、そうか! 俺の話を聞く前に任務を受けてくれるのか、そうか! なら今回の任務は出雲に決まりだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺はやりませんよ!」
「ここから出て行こうとしたのは任務をするためだよな? そうだよな?」
拓哉に詰められてしまった出雲は何も言い返すことが出来なくなり、その手に一枚の書類が置かれた。
「これが依頼内容で、1時間後に西側にある町の入り口に集合だ。依頼主は茶色のフードを被っているからすぐに分かると思うぞ」
「お、俺嫌ですよ! 何が起きるか分からないじゃないですか!」
出雲が嫌だと言っていると拓哉が出雲の右肩に手を置いて、分かっているだろうと言う。
「逃げようとしたことを不問にしてやるから、行ってこい。みんなもお前が行くことを願っているぞ!」
拓哉の言葉を革切りに、この場にいる全員が出雲に対して頑張れと笑顔で言い始める。それと同時に各々自身が依頼を受ける心配がなくなったので安心しきっており、出雲に全てを押し付けることが出来たという安堵感で満たされていた。
「お前らー! 俺に押し付けて安心してるんじゃねえよ!」
出雲が吼えるも、笑顔で頑張れと言い続けている声が耳に入る。
畜生と言っている出雲に久遠が近づき、頑張ってと声をかけた。
「姉さん……」
「任されたものは仕方ないわ。この依頼をこなせば多くのことが身につくはずよ。精一杯頑張りなさい」
精一杯頑張りなさいと言う久遠に対して、出雲は頑張るよと笑顔を向けた。
「その意気よ! 強引だと私も思うけど、それは逆に出雲を信頼している証でもあるわ。じゃないと本部からの重要は依頼を出雲に任せたりしないわ」
「そうなの?」
「そうよ。任せられる人がいなかったら、所長が行ったり何人かでチームを組んでいくと思うわ。だけどそうしないのは、出雲に成長してもらいたいのと、出雲だから任せられると思ったからでしょうね」
久遠が出雲に説明をしていると、拓哉が期待をしているからなと笑顔で言う。
「分かりました! 俺、頑張ってくるよ!」
「その意気よ! あ、出雲は武器を持ってなかったわよね? 戦闘があるかもしれないから、これをあげるわ。大切に使いなさい」
そう言い、久遠は自身の腰に差していた剣を手渡す。久遠が持っていた剣は、遺跡を探索している人達に届け物をした際に見つけたものだと以前、出雲に話していた。
それほどに希少で大切な武器をもらえるなど思ってもいなかった出雲は、目を見開いて本当にもらっていいのか聞いてしまう。
「その武器って大切にしていたやつじゃないの!? 俺がもらっていいの!?」
「いいのよ。私には他の武器があるし、一世一代の依頼をするのだから、相応の武器を持って臨みなさい」
久遠から受け取った剣を鞘から取り出すと、その剣の色合いが綺麗だと出雲は感じる。
「白色の剣に空色と金色が走ってる……こんなに綺麗な剣だったんだ! 姉さんありがとう!」
「いいのよ。剣術の訓練は前から受けていたわよね? 上手に使いなさいね」
久遠の言葉を聞いて、出雲は大きく頷いて頑張ると再度言った。
だが、頑張ると言った手前言えなかったが、剣術の訓練と聞いてもっと真剣に受けておけばよかったと後悔をしていたのであった。
「剣術訓練は受けていたけど、まだ訓練工程は中盤だよ!? まだ終えてない!」
出雲は久遠に剣術は中途半端だと言うが、それでもちゃんと受けていたなら大丈夫よと言う。真剣に受けていない部分もあるとは言えない雰囲気を感じ取った出雲は、訓練を活かしますと苦笑いをして言うしかなかった。
「さて、そろそろ行かないと時間になっちゃうわよ? 頑張ってきなさい」
「分かった! 行ってきます!」
出雲は腰に剣を差して、この場にいる全員に行ってきますと笑顔で言った。拓哉や久遠に、仲間達全員が頑張ってと出雲を見送った。
「乗せられた気がするけど、姉さんが言っていたように信頼されているからだと思うか……」
配達所から出た出雲は指示された場所に向かうことにした。西口にある町の入り口に移動をすると、そこには誰の姿も見えなかった。
「もうすぐ待ち合わせ時間だけど、誰もいないな。時折行商人が出たり入ったりしているしているくらいだ」
懐中時計を見て待ち合わせ時間を再度確認をすると、ちょうど待ち合わせ時刻になっているのに気が付いた。
出雲は周囲を再度見渡すと、拓哉に言われたフードを被っている人を見つけることが出来た。
「あの人かな? 待ち合わせ時間になるまで隠れていたのかな?」
全身を覆う茶色の服を着てフードを被っている人に近づき、出雲は依頼人の人ですかと声をかけると、フードを被っている人はフードで見えない顔を出雲に向ける。
「配達人ですか?」
マスクか何かで口を覆っているのか、男性か女性か判断が付かない声色をしていると出雲は感じた。
「配達人です。ご依頼を受けて参りました」
「ありがとうございます。私のことはレンとでも呼んでください」
「分かりました、レンさん早速行きましょう」
出雲がレンに言うと、行きましょうとレンも言う。
拓哉に渡された依頼書を頼りに、出雲は山岳地帯を進んでいく。
山岳地帯は鉱石の発掘や、落盤によって人の立ち入りが規制されてしまった場所であり、規制されていない道を進んだ先に工場地帯が建設されている。
二人は規制されていない道を進んでいくと、分かれ道に辿り着く。
「依頼書だと右側ですね。左は国によって規制をされているので進むことは禁止されていますね」
出雲がレンに話しかけ右の道を進もうとすると、レンが左に行きますと言う。
「いやいや! 左は禁止されていますって!」
「それでも、左に進まないと目的は果たせません。行きます!」
出雲に進みますと言い、レンは左側の荒れている道を気を付けながら進み始めていた。
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