「さ、もう戻ろう。日も落ちてきたし夜になると危ないし」
「そうね。魔族が人類を襲うために野に放って、野生化した魔物がいつ襲ってくるか分からないしね」
魔物が来たら怖いと言いながら先に行くわと出雲の前を歩き始めた美桜に先に行かないでと叫んだ瞬間、崖の上から狼の魔物が飛び出してきた。
狼の魔物は魔狼と呼ばれており、その種類は多岐に渡る。出雲と美桜の前に現れた魔狼は、一番種類が多いホワイトウルフである。
「美桜が変なことを言うから魔物が来たじゃん! どうするの!」
「私のせいだっていうの!? 絶対違うし! それにホワイトウルフだからそれほど強くはないはずよ!」
腰に差しているレイピアを取り出して戦闘態勢を取り始めている美桜を見た出雲は、戦闘は初めてだと小さな声で呟く。
「あんた戦闘をしたことないの!? 配達人は戦場で戦ったりもするんでしょう!?」
「それは極一部の人達だよ! 俺のいる配達所にも戦う人はいるけど、俺は戦闘をする配達は請け負ってないの!」
戦闘は苦手だと言うと、ホワイトウルフが唸りながら美桜を見ていることに気が付いた。ホワイトウルフは白色の体毛をしており、棘のように硬いことで有名である。 少し触れただけで人間であれば体に刺さってしまう恐れがあるので、戦い際には注意が必要な魔物でもある。
「強くないけど、油断すると死ぬかもしれないから気を付けなさい!」
美桜の言葉を聞いた出雲は、死ぬのは嫌だと叫んでしまう。
「やるしかないか! やるしかないよな!」
出雲も剣を鞘から抜いて構えると、剣術の訓練の時のことを思い返す。
「相手の動きを見て、動くこと。体捌きを意識すること。腕の力で斬るのではなくて、体全体の力で斬ること……教わったことを思い出して戦うんだ!」
「ぶつぶつ言っていないで早く助けなさい!」
教わったことを思い返していると、既にホワイトウルフが美桜に襲い掛かっていた。
(美桜が襲われている! これは1人じゃ危険だ!)
剣を構えながら戦っている姿を見ていると、美桜に怒られてしまう。
「早く助けなさい!」
「分かった!」
その言葉と共に出雲は剣を握る手に力を入れて、ホワイトウルフに斬りかかる。
「俺だって、初めての戦いでも動けるんだ!」
剣を振り下ろすと、ホワイトウルフの硬い体毛によって攻撃が防がれてしまう。
美桜は出雲に向けて役立たずと強めの口調で言うと、右手をホワイトウルフに向けて光槍と叫ぶ。右手から放たれた光槍はホワイトウルフの左半身を抉ることに成功をし、夥しい量の血が地面に流れていた。
「美桜は珍しい光属性を使えるんだね! 1人で勝てるんじゃない?」
「私は基本の属性や派生の属性に適正が無くて、最後の最後にもしやと思ったら光属性を使える才能があったみたいだわ。ていうか、油断はしないことって言ったはずよ!」
(気が強過ぎるな……なんか親に怒られているみたいだ……)
この世界では学校での義務教育課程にて魔法の授業がある。
授業の一環で得手不得手な魔法を調べることがあり、その際に伸ばす魔法や不得手だが訓練によって使えるようにすることも授業の一環として行っている。
出雲は現在その学校に通わずに配達人として働いているが、なぜ通学をせずに魔法を扱えるかというと配達所の人達に魔法を教えてもらったことにより扱えるようになったのである。
「あんたも魔法を使って戦いなさい! 何の魔法が使えるのよ!」
「俺はあまり魔法を使いたくないんだけど……」
出雲は溜息をつくと右手に小さな火球を左手に小さな風球を発生させ、その2つを合わせた出雲は風火球と叫んでホワイトウルフに向けて放った。
出雲の放った風火球はホワイトウルフに当たるとその全身を風と火が覆い、火炎の旋風を発生させる。攻撃を受けたホワイトウルフは悲痛な雄叫びを上げると、全身を火傷してその場に倒れてしまった。
「す、凄いじゃない! 2つも属性を使えるの!?」
美桜は出雲の両肩を掴みながら前後に強く揺らしまくる。
「揺らさないで……気持ち悪くなる……」
揺らされながらやめてくれと言うも、揺らされ続けられてしまう。
「お、俺は魔法の適性が高いみたいで色々使えるだけだよ! 珍しい光属性を扱える美桜の方が凄いって!」
「確かに属性を多数扱える人はいるけど、同じくらいの年齢で2つ扱える人は見たことがないわ」
なおも美桜が話しなさいと言い続けていると、どこからか魔物の雄叫びが再度聞こえてくる。
「そろそろ帰らないとやばいって! 魔物が近くにいるよ!」
「仕方ないわね……帰りましょう!」
美桜の言葉を聞いてやっと帰れると心の中で思いながら先頭を歩き始める。
周囲を見渡して魔物が襲ってこないか警戒をすると共に、美桜が転ばないように小石などを弾いていく。
「俺の後ろを歩いて。そうすれば安全に歩けるよ」
「分かったわ。ちゃんと案内をしてよね」
美桜は先頭を歩く出雲の後ろを静かに歩いていた。
来た時よりも早い時間で帰ることが出来た2人は、東山岳町に夜遅くに到着をする。町の入り口にある商店街で立ち止まると、これからどうするか話し合っていた。
「どうにか魔物に遭遇することなく帰れたね。もう夜11時だけどどこかに泊まるの?」
懐中時計を見ながら考えていると、目の前にいる美桜はどうしようかしらと悩んでいる様子であった。
出雲はその言葉を聞くと、配達所に一緒に行こうと提案をする。
「事務所には仮眠室もあるし、誰かしら必ずいるから安全だよ?」
「本当? 今手持ちがあまりないからそれは嬉しいわ」
出雲は提案に乗った美桜を配達所に案内するために移動を始める。
時折町の説明をしながら道を進むと、それほど時間はかからず配達所に到着をすることが出来た。外から見る限りでは配達所の電気が付いており、誰かがいるのは確実であった。
「本当に誰かがいるのね。安心したわ」
「いるって言ったじゃん!? 嘘つかないよ!?」
何もしないよと小さく呟くと、その声が美桜の耳に入っていたのか右肩を叩かれてしまった。
「早く入るわよ」
その言葉と共に美桜が配達所の扉を開くと、久遠が出雲の名前を呼びながら入り口に小走りで向かってくる。
「出雲! 心配したわよって……篁美桜様!? どうしてここに!?」
久遠が驚いていると、美桜の背後から出雲が姿を見せた。
「ただいま!」
「出雲! 無事でよかったわ!」
久遠は出雲の姿を見ると、その体を抱きしめた。
出雲は突然久遠に抱きしめられてしまったので、心臓の鼓動が跳ね上がってしまった。
「姉さん!? 急にどうしたの!?」
「ちゃんと依頼がこなせているか心配していたの! それで泊りじゃなかったけど、変えてもらって待っていたの」
久遠が心配をしていたと出雲に言うと、出雲はもらった剣が役に立ったよと笑顔で久遠に言う。
「本当!? なら良かったわ……その剣を大切にしてね」
「うん! 姉さんにもらった剣だし、大切に使うよ!」
出雲が左手で腰に差している剣の鞘を触っていると、入り口に立っている美桜が話この場にいる全員に話しかける。
「ここにいると寒いんだけど……中に入ってもいいかしら?」
美桜は両手で自身の体を掴んで寒いわと言っている。
その言葉を聞いた久遠は、申し訳ありませんと言いながら美桜を事務所の中に入れた。美桜が中に入ったのを確認すると、出雲は入り口側にある椅子に座って疲れたと呟きながら窓から外の景色を見ていた。
「もう夜中だしなー。外には誰も歩いていないか……それにしても凄い依頼だったな……」
突然の依頼を受けたり魔物との戦闘があったりと、散々な1日だったと出雲は疲れ切っていた。
「しかし美桜があそこに行く前に先回りをして、書物をを破壊したとしか思えないな……美桜の親族か、はたまた盗賊か依頼された誰かか……」
(初めから美桜があの遺跡に行くことがわかっていて、先回りをして盗んだのか?)
古代遺跡のことを考えながら出雲は誰がしたのか考えるが、一向に答えは出ないので後で考えようと決めた。
「そういや、2人はどこに行ったのかな?」
探すかと小さな声で呟きながら、久遠がが案内をしているであろう配達所内を歩くことにした。
配達所内にある仮眠室など行きそうな場所を探すが、2人の姿は見えない。
「2人はどこにいるんだろう? あそこかな?」
ふと2階にある食堂ではないかと思い、配達所内の奥にある階段を上り始める。
「もしかして食堂で寛いでいるのかな?」
階段を上り食堂への通路を歩いていると、誰かの喋っている声が耳に入る。
「やっぱりここにいたか。何をしているんだろう?」
出雲は食堂の扉を数回ノックすると、食堂の中から久遠の声が聞こえてきた。
「出雲なの? 入っていいわよー」
その声を聞いて入りますと言いながら入ると、食堂内では久遠と美桜がサンドイッチを美味しそうに食べている姿が見えた。
「美味しそうだね。俺の分はないの?」
2人の近くにある椅子に座りながらサンドイッチを食べたいと言うと、久遠は笑顔でサンドイッチを1つ手渡した。
「ありがとう!」
久遠から貰ったサンドイッチを一口食べると、口の中に広がるレタスやハムにマスタードのマッチした味が美味しいと出雲は感じている。
「シャキシャキと音がする食感や、ハムとかの味が美味しい!」
「それはよかった。昼食に作った残りだけど、味が落ちてなくて安心したわ」
「姉さんの手作りなの!? そりゃ美味しいわけだ!」
出雲が喜んで食べていると、うちの料理人より美味しいかもと美桜が小さく呟いていた。その言葉を聞いた久遠はそれは言い過ぎよと微笑しながら、美桜と楽しく話しているようだ。
出雲は微笑している久遠の顔を見ると、あの顔は喜んでいるなと察していた。
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