「でもどうやって探せばいいのかなー」
帰っていく晴人を横目で見送りながら、真帆乃が言った。千秋共々、当然無策の見切り発車である。
「取るところを見た人がいればいいんだけど…………」
「見てたらさすがに報告しますよねー」
「それに、誰か見てるところでは取らないよねきっと」
「たしかに……」
物が盗られた、目撃者はいない。単純な事件で、単純に解決が難しい。刑事事件ともなれば指紋でも取るのかもしれないが、ここは学校だ。
「見てるところでは取らないから、教室を見張っておけばもう取られなくなるかな?」
「そう───かもですねぇ。でも犯人が盗るのをやめちゃったら犯人わからなくなっちゃいますよ? やるなら、待ち伏せ的な?」
「そっかー。取られて困る人がいなくなるなら、それでもいいけど……」
「見張るのもけっこう大変ですよ? 誰がやるんですか」
制服のボタンが盗られているのは基本的に放課後の教室だ。部活に行った生徒が教室に置いていった上着が狙われている。
「僕がやるよ」
「ええー、絶対大変ですよー、放課後毎日ですよ? 全クラス? ムリじゃないですか?」
「うーん……」
「次に狙われる人がわかってれば、待ち伏せもいいかもですけど」
「次……これまでボタンを取られてるのは、みんな女の子なんだよね。なんでだろう」
「それはやっぱり犯人が男だから…………」
「そうなの?」
千秋が目を丸くする。真帆乃はその純真さに当てられ、少し考え直す。
「…………そっか、でも、ボタン、かぁ」
晴人と同じような疑問に行き着く。女子のボタンを盗む意味とは?
(リコーダーとかじゃなくて、ボタンなんだな、そういえば…………)
『盗まれたのがボタンであるなら女子が犯人であることも十分考えられる』というのもなんだか納得しがたいところではあるが、男に絞るわけにもいかないのかもしれない。真帆乃は次に性別以外の共通点を考えてみた。
「2組で盗まれたのはー、女バスが5人と、なぜかわたし。なんですけど他のクラスってどうですか? バスケ部ばっかり盗られてたりしません?」
「バスケ部ばっかり? ……いや、誰が何部かまではわかってないや」
「あ、そういえばさっき雲居くんをからかってきたのも男バスだ…… まさかあいつらのイタズラかー!?」
点と点が繋がった感覚を覚え盛り上がる真帆乃。
「じゃあ、次に狙われるのもバスケ部?」
「絶対そうですよ!」
「んん……でも、それでも何組を見てればいいのかはわからないんじゃないかな……」
「…………たしかに」
盛り下がった。
「7クラス見張るのはさすがにな~、人が来たときだけなら…………いや~、……って、あ!!」
突然真帆乃が目を見開く。
「そうじゃん!」
手をパンと合わせ大声を上げる。盛り上がった。
「先輩、アレがあるじゃないですか!」
「え?」
「雲居くんから聞いたんですよ、あの、ホラ、その~~」
そう言い淀んだ後、背を少し屈め、視線を周りに散らす。放課後それなりに時間の経った教室に人はまばらだが、それでも2人の他に数人は残っている。真帆乃は声を落として囁いた。
「と、透明、の、錠の」
「とうめい? ああ」
人に不思議な力を与える、錠。千秋はその力で自らの体や触れているモノを透明化することができる。透明化された物体は人の眼には一切見えず、また他の物質との干渉を避けることもできる。待ち伏せ監視に対してこれ以上の能力はなかなか無いだろう。
「それならホラ、誰もいないと思った犯人が盗るところを捕まえられるじゃないですか!」
「なるほど……ちょっとだましてるみたいで、もうしわけないけど…………」
「悪いことしてる人にそんなこと言ってちゃダメですよー、見張りにピッタリじゃないですか!」
「そ、そっか……」
「そうですよー、犯人捕まえてアイツに自慢してやりましょ!」
「あはは…………そうだね、じゃあやってみようかな」
「今日早速やってみます? でもここじゃまずいか……」
周りには、勉強に励む女子。全員が全員スマホを片手に駄弁っている男子の一団。真帆乃たちを注視している生徒はいないだろうが、2人して突然姿を消せばやはり気づかれるように思える。
「人のいない教室、探してみようか」
「3クラー、4クラー、5、お」
1年5組の教室が無人になっていた。躊躇なく入っていく真帆乃に、千秋がやや遠慮がちに続く。2組にいたときよりも校庭の声が響いて聞こえた。
「えーっと、じゃあ手、にぎって?」
教室の左後ろ隅、ロッカーの前に立った千秋が左手を差し出す。
「え」
「触ってないと透明にできないんだ」
【透明化】能力の発動条件は千秋に触れること。そこまで考えていなかった真帆乃が顔を赤らめ焦る。
「いや手……じゃなきゃダメですか!? えっとその」
「? ううん、どこでも触っててくれれば大丈夫。制服のとこでも」
差し出していた手を下ろして両腕を広げ、『さぁ』という顔をする千秋。どこでもどうぞの構えだ。
(どこでもって言われましても!!!!)
おそるおそる右手を伸ばし、相当迷って結局肩の上に置いた。
「手疲れちゃわない?」
「だいじょうぶです!!」
食い気味。
「そう? じゃあ」
千秋が制服の胸ポケットから錠を取り出した。埋め込んである黒い石が、蛍光灯の光を吸って煌めく。
「いくよ」
少年の眼から一筋の黒い光が走る。真帆乃の視界から、一瞬にして千秋の姿が消える。ついでにその肩に置いた自分の右手、右腕も。
「おわっ」
「声は聞こえるから、気を付けてね」
何もないところから千秋の声がする。右手には学ランの生地の感覚がそのままある。なんとも奇妙な心地がした。
「わ、わかりました。え、これ今わたし先輩から見えてないんですか?」
「ないよー」
「おお…………」
真帆乃とて能力を見るのは初めてではない。晴人、楓。……そのほかにも何人か。それでもやっぱり、この『何か特殊なことが起こっている感覚』というのは独特だ。
(これで普通に他の人から見えてたらハズいな…………)
人気のない教室の隅で、千秋の肩に手を置いて立っている自分を想像する。
(うーん)
相当間抜けだ。
「じゃあ、とりあえず他の教室には誰かいるか見てみようか?」
千秋がそう言って一歩を踏み出したその時、教室の前方入り口に気配がした。
「そういうことならもうちょっと真面目にやんなきゃだったかなぁ。いやなきゃは無いわ、まぁ。うーん」
(!?)
独り言にしては大きな声でブツブツ言いながら、その男は教室の座席を指さし数え始めた。
「12、123、ここか」
廊下側から2列目、前から3番目。男はその座席に近づき、真帆乃たちに背を向けて立った。
「ふーん」
何やら机の上に手を伸ばした後、しばらくしてから男はそう言ってまた出入口へと歩き出した。
「なら真帆乃のボタンも返さなきゃよかったか…………?」
気配が去り切るかどうかのうちに、真帆乃はその座席に向かって走り出した。千秋から離れたことで能力が解け、空間にその真剣な表情が滲んで現れる。彼がやってきていた机、その上には女子のブレザー。そのボタンは、1つ無くなっていた。
「な、え、晴人、なにやってんの!!?」
無人の5組にやってきたのは、ほかならぬ雲居晴人だった。
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