「ほいと」
青い閃光、それに続いて晴人の姿が現れる。ジャージ姿の2人が反応をおこす前に、それぞれの足元から【糸】を引き出し足首を縛る。
「な、これ、え……!?」
長身の方の少年が困惑の声を上げる。
「ヘイにーちゃん、重そうなカバンだな? 代わりに持ってやろうか?」
晴人が眼鏡の方の少年の背中を覗き込みながら言う。
「やめろ! 来るな!」
叫んだ眼鏡の少年の右眼から白い光が滲む。長身が取り落とした手提げ鞄から何か細長い物が飛び出す。
(鎖? ……か? あれ)
それは見た目には白い筋となってひとりでに飛びまわり、少年の足首を縛る【糸】の輪の間に滑りこみ、巻き付いてそのまま捩じ切った。
「うっわ、器用なことで」
続いて隣でもがく長身の足も同じように解放した。
(鎖……状にしたワイヤーかなんかだなアレ)
ワイヤーか鉄糸かピアノ線か、とにかく白っぽくて丈夫な何かで輪を作り、それを繋げていくことで鎖にしているらしい。
(軽くて強靭、能力的にそれでもアリってことね。……なんだそれ)
晴人の【糸】は、壁や床から突然現れるという意味では謎の物体ということになるが、その強度は見た目通りのただの糸程度にしかない。その上、あれだけピンポイントに糸を通すことも難しい。
「キャラ被りどころか上位互換か? めんどくせー」
「おっ、お前、なんなんだよ! こっちの目的わかってやってんのか!?」
眼鏡が喚く。その周りを【鎖】が蛇のようにうごめいている。
「そっすね、たぶんだいたいは」
「俺たちをどうするつもりなんだよ!?」
「えーと、おまわりさんに引き渡す的な? その後どうするのかは知らないけど……」
「……!」
【鎖】が晴人に向かってくる。
(根本はまだカバンの中か。相当長ぇな)
【鎖】の速度はそれほどでもない。それでも、一度足でも掴まれようなら詰みだ。後は首でも締めればいい。
「やるか~」
左肩を回し、腕を前に軽く構える。
「えい」
気の抜けた声と共に腕を引き拳を握る。その左眼から青い火花が散る。
「!?」
教室のあちこちの壁、天井、床───至るところから【糸】がまっすぐ伸び、そのまま突き当たりの壁、床、天井に突き刺さるような形で張った。定員約40名の直方体が糸で満ちる。これがレーザートラップならば歴戦のスパイもお手上げといったところだろう。晴人と2人がそれぞれ立つあたりには一定スペースが確保されているが、そこから相手の方へ歩いて移動するのは叶わなさそうだ。
「はっは、さすがにこの間通すのはムズかろう……そうであってくれ、たのむわ」
少しでも操作を誤れば糸に絡まって進めなくなる、はずだ。実際鎖は少し空いたスペースで首を揺らしたまま立ち往生している。
(デカい方が全てを破壊してくる様子も無し。 ……探偵サマの読み通りだな)
【穴を開ける】能力を適用するには一定の面積が必要。飛鳥の推察だ。つまり、長身の少年の能力は晴人の【糸】には無力。
「おい、どうする!?」
長身が焦った声を上げる。逃げようにも、扉までの道も糸で妨げられている。
「……こっちの道をなんとかして逃げよう」
眼鏡が後ろを振り返る。糸が邪魔とはいえ、出口の方が晴人よりは近い。1本ずつ【鎖】で切っていけばいずれ出られる。
「うわ!」
「ごめんね!」
「は?」
隣で長身の叫び声が、そして直後背後から知らない声が聞こえた。続いて、誰かに後ろから抱きつかれた。
「な、お前、どこから!?」
隣を見ると、長身もまた別の、長髪の男に取り押さえられている。
(あいつ、さっきすれ違った───)
「クソ、お前らアイツの仲間か!!」
「わわ、暴れないで~」
眼鏡を取り押さえ───もとい抱き着いた千秋が喚く。
「千秋くん、『捕まえて』としか言わなかったワタシも悪いけど、それはなんか……ま、いっか、そっちの子はそういう能力じゃないし」
飛鳥が呆れる。長身の手首は既にガムテープのようなもので固く拘束されていた。これで能力の使用は大きく制限される。
「さて、お察しの通り、君たちがさっきノした男と一緒に仕事してた者でね。おとなしくついてきてくれるかな?」
「ふざけんな、てめえ、放せ!」
「うわあーん」
「落ち着いて。 ……千秋くんもね。いい子で来てくれるなら、安全を保証してあげられる。そういう契約だからね。でも抵抗するなら殺す」
「……!」
場がしんと静まる。
「安全を保証……?」
長身が呆然と呟く。
「うん、そう言った。信用できないかもしれないけど、このままでもどうせ詰みしょ?」
「……あるわけない」
眼鏡の少年が小さな声で言った。
「ん?」
「安全なんて、あるわけがない!! あいつがいる限り!!」
そう叫ぶと同時に、床に投げ出された手提げ鞄から人の腕ほどの長さの【鎖】が無数に飛び出した。千秋、そして飛鳥目掛けて真っすぐに向かっていく。
「多いなー!」
飛鳥の右腕に鎖が巻き付く。強く締め付けられる感覚───は一瞬で消えた。かわりに左腕に人の手の感触があった。
「とりあえず向こう、晴人くんの方に行きましょう!」
虚空から声が響く。千秋だ。【透明】になった飛鳥の腕を断ち切り損ねた【鎖】は、所在無さげに宙を浮いている。
「さんきゅ、助かった」
張り巡らされた糸をすり抜け、晴人のいるスペースに向かう。糸を間に置けばひとまず鎖の脅威からは逃れられる、
「よー、想定外の規模っすねこりゃ」
晴人が怠そうに言う。
「ホントだよ、どーなってんだ! あんだけの量をあんだけの精度で……」
「ど、どうしますか……?」
千秋が泣きそうな顔で言う。向こうでは、出口方面の【糸】が無数の【鎖】によって次々と引きちぎられ、青い光となって消えていく。このままでは逃げられるのは時間の問題だ。
「まぁ糸も足せますけど……その場合は体力勝負になるのかな」
能力の使用には多少なりとも体力を消耗する。それは晴人もあちらも同じことだ。糸を張り、それを鎖で断ち切る。これを続けていれば、いつかはどちらかが限界を迎える。
「それに賭けるのはちょっとなー。じゃ普通におっかけるか」
「それが無理って話だったんでしょうに……」
「だよねー、どうしよ」
ケラケラと笑う飛鳥。
「ま、この場は負けだ。ごめんね2人とも」
「そんな───」
「でも大丈夫。実はさっきから着信が入りまくっててだね」
「さっき電話してた人ですか」
「そ。あの人は正真正銘『警察の人』。が、多分ぼくたちには想像もつかない方法でなんとかしてくれる」
「じゃあなんで俺使ったんだよ……」
晴人が溜息を吐く。2人の少年は出口目前だ。一応時間を稼ぐために【糸】を追加で張る。
「ごめんごめん。とりあえず連絡取ってみる」
スマホを持ち上げるその腕を、千秋が抑えた。
「?」
その面持ちは───恐怖で満ちていた。
「そうしたら…………そうしたらあの2人はどうなりますか」
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