ハルトカンガエル

られ
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09: 君を!

公開日時: 2024年5月9日(木) 03:00
更新日時: 2025年1月31日(金) 04:28
文字数:2,324

 さてここで晴人はどうするべきだろうか。周りはまだ何が起こったのか測りかねて辺りを見回している。パニックが起きる前にさっさと電車に乗って帰路についてしまうのもいいだろう。あるいは周りにも危険を知らせてやれば親切かもしれない。そうはせずに、あるいは周りには逃げるように促したうえで、その人の流れをかき分けて進む憧れのアレをやった上で、現場に向かい戦うのも大変結構だろう。いったいどうしたら人類の幸福を最大化できるだろう。いったいどうしたら晴人の不幸を最小化できるだろう。

 

(前者はよくわからんが、今すぐ首吊って死ぬのが俺ぁなるべく幸福だな!!)

 

 今更自分の幸せには興味が無いし、かといって他人の幸せを祈るような質ではなかった。では走り出した彼を動かすのが功利主義でないとすれば、一体何なのだろう。

 

「名前を付けるな、名前を付けるな、名前を付けるな、名前を付けるな」

 

 うわごとのように呟く。階段を駆け下り、頭を振る。音が聞こえてきたと思わしき方向にとりあえず走り出す。しばらくすると、から逃げてきたと思わしき人が一方向から何人か走ってくる。

 

(あっちか)

 

 また走り出す────その前にふと思い立つ。警察はこの事態を把握しているのか? もう千秋辺りが飛鳥に連絡を入れただろうか。

 

「梨依奈さんの連絡先を聞いておくべきだったか……」

 

 とりあえず飛鳥に電話をかけ、走り出す。逃げてくる人を頼りに曲がり、進む。コール音が5回鳴るよりも、何かが焦げた嫌な臭いがしてくる方が早かった。飛鳥が電話を取るよりも、左腕から胸にかけてが焼け焦げた死体が転がっているのを見つける方が早かった。

 

(───炎か!!)

 

────その先は地獄絵図だった。辿り着いてみるとそこはスクランブル交差点。そのあちこちに人だったモノが折り重なって小さな炎を灯している。普段華やかな広告を映し出しているビジョンが墜ちて粉々になっている。逃げ惑う人の流れも大きくなってきた。晴人はそれをなんとかいなして進む。1つ大きな流れを越えて前を見ると、100mほど向こう、交差点の中央に一人女が立っているのが見えた。その影がゆっくりと右手を上げて、そして───火球が放たれた。晴人がいなした人の群れに向かって高速で飛んでいく。

 

「止まッ……るか!?」

 

 晴人は咄嗟とっさに足元のアスファルトからありったけの【糸】を引き出す。青い稲妻が左眼からほとばしる。壁のようになった糸がサッカーボール大の火球を受け止めるが、ただちに焼き切れる。───と思ったが、火球は勢いを失って糸と共に消えた。

 

「なんかイケたぁ~……」

 

 晴人は呆然と上を見上げる。てっきりあっさり貫通するかと思った。

 

(そもそもこれは燃えた何かが飛んできてんのか、火だけが飛んできてんのか……いや考えてる場合じゃないな)

 

 女の方へ向き直る。先ほどより少し近づいてきている女は、どうも今は晴人1人を見ているように見えた。実際、その頭上に次々生み出された5つの火球はもれなく晴人目掛けて飛んでくる。

 

「ふええええ」

 

 わざとふざけた声を上げながら走る。これほど距離が離れていれば、放射状に放たれた火球どうしの間は大きく開いていてなんなくかわせる。もう人々は逃げおおせて、スクランブル交差点に立つ影は2人きりだった。そして女の頭上に再び火球が浮かび上がる。

 

(俺一人に構うってことは、やっぱりとにかく能力者を殺してーのか。……そのためにここまで無差別に殺したのか、イカレてやがんの?)

 

 晴人は考える。

 

(やっぱり梨依奈さんが要るな)

 

 これだけ離れていると【糸】を引き出すこともできないし、自分から近づいたところで丸焦げにされるのがオチであるし、晴人の能力で彼女を拘束するのは難しそうだ。

 

(さすがにもう山ほど通報が行ってるだろうし、できるだけ時間稼ぐか……)

 

 迫る火球を躱しつつ糸であしらいつつ、近づいてくる女を待つ。

 

「ん」

 

 女が何か叫んだ気がした。長い茶髪が揺れるのが見える。そして先ほどまでとは比較にならない、無数の火球が絶え間無く晴人に向けて飛んだ。

 

(うーん、死ぬかも)

 

 躱すのは無理がある量だ。とにかく糸の壁を、なるべく厚く、なるべく多く張る。それでもやはり限界が来て、眼前に熱を感じて───それがすぐに消えた。

 

「間に、合った……!!」

 

 気付くと千秋が晴人の腕を掴んで座り込んでいた。これには晴人もぎょっとする。

 

「何、しに……」

 

 千秋は息を切らしながら答える。

 

を助けに来たんだ!! 僕、は……」

 

 咳込んでしまってその後は続かなかった。

 

「───! ──────!!」

 

 状況を飲み込んだらしい女がまた何か叫んで再び火球を放つ。千秋が【透明化】でそれを躱す。

 

「と、とりあえず逃げよう!」

 

 千秋に腕を引かれて近くのビルの陰まで逃げる。

 

「ど、どうしよう……」

 

「梨依奈さんたち、動いてるんかな……」

 

「飛鳥さんに電話したんだけど飛鳥さんは来れないみたいで、でも警察の人も来るとは言ってた!」

 

「うーん、警察の人、だけ、じゃちょっとどうにもならねーんじゃねえかアレ」

 

 梨依奈たちと千秋が合流できればこの間と同じように透明化で近づいてスタンガンで済むかもしれないのだが。

 

(やっぱりこの人採るべきだなあそこは)

 

「出てこい能力者ども! 逃げるなァ!!!」

 

 さらにさらに近づいてきた女が叫んでいるのが聞こえる。少々様子が異常だ。

 

「私はまた殺すぞ!! お前らが逃げたせいでまた死ぬぞ!!」

 

「なんとかしないと……!」

 

「いや別に俺らのせいにはならないだろ……」

 

「……でも晴人くんは逃げなかった、でしょ?」

 

「つっても俺じゃもう時間稼ぎにもならないし、後は───って、おい……」

 

 千秋の方に向き直った晴人が言葉を詰まらせる。千秋の右眼から、涙のように鮮血が流れ筋を作っていた。

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