ハルトカンガエル

られ
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11: どうにもならなくなったらどうしよう

公開日時: 2023年2月18日(土) 18:00
更新日時: 2025年1月26日(日) 03:56
文字数:4,493

 1年2組の教室は未だ静かなものだった。この教室は使われていないとはいえ、体育祭練習のため生徒は皆校内にいる。それなりに騒ぎ立てもしたのだし、誰かしら様子を見に来てもおかしくなかったのだが、そうはならなかった。誰かが何か聞きつけてなりたまたま荷物を取りになりやってきて、女子が女子を羽交い絞めにしてそこに男子がはさみを突き付けているという光景を目にしていたなら、なにかしら別の結末があったかもしれない。でもそうはならなかったから、その場合起き得た事柄については論じないことにする。

 

「はぁ」

 

 今ここに在るのは、机に座っている雲居晴人と、その側の床にうずくまっている野田翔だ。

 

「……きつい?」

 

 晴人が独り言のように呟く。目線は翔ではなく、体の向き前方にある、たいしたことの書いていない掲示板に向いていた。

 

「…………」

 

 翔は答えない。

 

「俺が気にすることでもねえか……」

 

 校庭で誰か何か叫んでいる。騎馬戦の練習でもやっているのか、どこかの団長が気合でも入れているのか、なんにせよ晴人などは聞くとも聞いていない、ただの青春の音だった。

 

「悪いけどおおかた話聞いてた。またの機会に殺すつもりなら…………まぁ、俺の目の届かないところでやるのをおススメするかな」

 

「…………なんで俺だけ止められなきゃいけねぇんだよ」

 

 野田がポツリと言う。怒りがあらわなというよりはぶっきらぼうな言い方だった。

 

「約束を破ったのはあっちだぞ、俺は、……なんで」

 

「まぁ約束を破っても刑罰は無いですし」

 

「……ツ、そんなの───」

 

「そう、おかしい」

 

 少し声を荒げた翔を晴人が制した。

 

「親交のあるどうしで約束をしたら、破ってどうということがあるわけじゃないとしても守るのが普通、マトモだってのは、まぁある程度共通認識だろ、多分。でも守られなかったとき。マトモじゃないとき。俺たちに出来るのはせいぜいそいつをマトモじゃないと判断して切り捨てることくらいだ。そいつに何か求めることはできない。求めてそれに応えなかったそいつにできることはない」

 

「…………」

 

 切り捨てる。自分を捨てた恋人を、理沙を切り捨てる。そんなことができていたらこんなことになっていないのは明らかだ。

 

「人間関係なんてそんなもんで成り立ってんだ。マトモな相手としかやってられん。どんなに仲が良かったとしても、突然マトモじゃなくなったならそいつは切らなきゃいけない。幸い代わりはいくらでもいる」

 

「……代わりなんて!! 理沙の代わりなんて俺にはいない!!」

 

「そんなのは例外だって言ってるんだよ。お互いが認め合ってその関係でいるのは良い、でも片方が崩れたら、後はもうやっぱり切らなきゃいけない。……そんな不確かなものに依存するのはやっぱり危険なんだろうな」

 

「でも約束した……約束したから…………!!」

 

「そうだな。それでこうなった」

 

「…………」

 

 翔が悔しさで歯を噛みしめる。

 

「……まぁ俺が言うのもどうかと思うけど……こうなったからにはさ、じゃあ諦めて次の人行きましょうと、なれないならそれはそれでしょうがないと思うんだよな。お相手にもう気持ちが無いのをしょうがないとするなら、あんたに未練があるのもしょうがないはずじゃん」

 

 晴人は今度は翔を見ながら言った。別段気を使っているわけでもないが、慎重で、フェアで、そうあろうとする、いつもの口調だった。

 

「だからケリのつけ方としては……殺すってのもアリだと思う。社会的に容認されないから、いろいろ敵に回すけど」

 

 よくも悪くも。

 

「……これからどうする?」

 

 問われた翔は少し顔を上げて、スマホを取り出して、何やら少し操作をして、ポツリと言った。

 

「殺す」

 

「…………そっか」

 

 

「───え」

 

 同時刻、床の下第一資料室。突如理沙が首から血を噴き出して膝から崩れ落ちた。

 

「……!! 理沙ちゃん!!」

 

「きゃああ───!!!」

 

 千秋が駆け寄り倒れてくる体を受け止める。真帆乃が悲鳴を上げる。

 

「しっかりして! なんで、なんで急に───」

 

 ───急な出血。真帆乃には覚えがあった。

 

「もしかして、あの、こないだの時の……!?」

 

 ───そして千秋はそれについてひとつ、晴人から新しい情報を得ていた。

 

「!! 【名前を攻撃する】能力……!!」

 

 ───そして正確には、真帆乃もまた晴人からその話を伝えられていた。

 

「先輩ちょっとどいて!!」

 

「え……」

 

 言われて反射的に上体を逸らす。視界に飛び込んできた真帆乃の右の瞳から、鮮やかな赤の光が尾を引いて広がっていた。

 

 

 

 ───一方また1年2組。階下の騒ぎを知る由も無い晴人は、なおも殺意を示す翔を特に感想も無く見下ろしている。

 

「んー。まぁ難しいと思うけど、まぁ。それならそれで」

 

 机からひょいと降り、教室出口に向かう。これでまだ授業中の時間なのだ。体育祭練習の残りの時間を潰さなくてはならない。翔は最後まで晴人を見ることはなく、座ったまま虚ろな目をしていた。

 

「やれやれだ」

 

 晴人が独り言を吐く。また廊下の窓際、自習スペースで人生の無駄を味わう前に、あるいは2組が空いているならとこちらに荷物を移動させる前に、晴人にはやることがあった。災難だった真帆乃に何か声をかけるというよりは、巻き込まれた理沙に事情を説明するというよりは、千秋に礼を言うのがやらなくてはならないことだった。

 

(いや見方によっては巻き込まれたのは乙倉おとくらか……?)

 

 晴人にとって、今回の構図は『能力者野田翔と、それに操られた乙倉真帆乃』であり、真帆乃に助けを求められた(と判断した)からここまで首を突っ込んだ。翔はたまたまその真帆乃に対する加害者だった男で、理沙はたまたまその男の目的だった女だ。翔はともかく理沙は晴人の目的にはあまり関係が無かった。しかし『フられて復讐に出た野田翔と、その相手大戸理沙』と見れば、真帆乃は完全にとばっちりだ。

 

(でなくてもとばっちりには違いないか。まぁどうでもいいけど……)

 

 第一資料室に着く。2組の真下が人の出入りの少ない教室で助かった。これが職員室なんかだった場合、もっと回りくどい作戦を取る必要があった。もっとも、2人を隔離するのに下に落とすだけで済んだ、なんてことが言えるのは───

 

「あ、晴人くん!」

 

 ───この男のおかげである。『助けて』とだけメッセージを受け取った晴人は、何が起きているのか、能力者が関わっているとしてそれは誰でどんな能力なのか、一切わからない状態だった。どの程度緊迫しているのかもわからない。それでも出来る限りのことをしようと思った。SOSをただひとり自分に向けられて、それが無意味に消えていくのは晴人の主義に反した。なので、不本意ではあったが、でも迷わずに千秋を頼った。不本意ではあったが。透明化した状態で真帆乃とその周りを見て周り、早い段階で翔が錠を持っているのを見つけられたのは幸いだった。作戦は千秋と【糸】で身体を繋いだ晴人が透明化で教室に潜み、機会を見て翔と女子2人を引き離し、そこで千秋が下から教室の床───すなわち下の部屋の天井を透過し、女子2人を救出。あとは晴人が翔をなんとかする。雑で急造な作戦である。連絡やら侵入にも【透明化】能力の都合の良い仕様をふんだんに利用し実現している。

 

「晴人くん、り、理沙ちゃんがま真帆乃ちゃんが!!」

 

「あん……?」

 

 結果見事解決となり、それはニコニコと絡まれると思ったのだが、そしてそれは晴人ができれば千秋の助力を受けたくなかった理由のひとつだったのだが、千秋は思ったより焦っている。

 

(レンタルジャージじゃクッション足りなかったかな……)

 

 女の子2人を校舎1階ぶん落とすというなんとも非紳士的で乱暴な作戦だったので、職員室からありったけの貸し衣類を持ち出し敷き詰めておいた。まさか命には関わらなかろうと判断し強行したが、捻挫くらいはさせてしまったのかもしれない。いまいち理解しないまま部屋の中に入る。

 

「り、理沙ちゃんが急に血出ちゃって、それで真帆乃ちゃんが……!」

 

「急に?」

 

 『急に』、『血』。これだけで、晴人もやはりそれを連想する。

 

「そう、こないだの攻撃……だったみたい。でも今日のはすごくたくさん血が出て……」

 

 そう言う真帆乃の脇には理沙が横になっている。目を閉じていて身動きは見られないが、特に流血や傷も見られない。眠っているようだ。それで晴人は察した。

 

「でも真帆乃ちゃんが、わーーって、で、治っちゃって……!」

 

「はいはい……」

 

「……やっぱり晴人くんは知ってたんだ、真帆乃ちゃんもアレを持ってるって……!」

 

「まぁ、はい」

 

「そっかーーー」

 

 なぜ自分には話さなかったのか、と言いたいわけでもないらしい。2人の秘密だったんだねー、見ちゃってごめんねーとか喚いている。単純に驚いているようである。

 

(秘密なんて大層なもんでもないけど……)

 

 話す必要が無かったから話さなかっただけだ。それに話すにしても本人からでいい。

 

「それはいいとして、また【名前】の能力? ここに来て、1人だけに?」

 

 それも、よりによって他の能力騒ぎの渦中にあった理沙に?

 

「1人かはわからないけど……あちこち騒ぎになってる感じはしないね」

 

 真帆乃が窓から校庭を覗いて言う。

 

「……グル? 冗談だろ?」

 

ぐるって?」

 

「野田と。その【名前】の奴が。」

 

「仲間だったってこと!? 理沙ちゃんを狙って……!?」

 

 理沙が攻撃を受けたのはおそらく翔が『理沙を殺す』と宣言した頃だ。それに翔はその前にスマホを操作していた。【名前】の能力者と連絡を取っていたとしたら?

 

(いやでも飛鳥サンはあの時野田が能力者だと見抜いていなかったはず、ならあの時はまだ……? じゃあその後にあの2人みたいに錠を渡されて、そこで協力関係ができた?)

 

 ありえない話でもないだろうか。しかし事が晴人たちの周りで起きすぎているようにも思える。

 

「もっかい野田にきくしかねぇか……いったん飛鳥サンとも共有しましょう。わけわからんくなってきた」

 

 晴人がそう言い、千秋も頷いた。 ……が真帆乃がすごく不服そうな顔をした。

 

「ちょっと、アスカさんって誰よ! 1組があんなになったのと関係あるんでしょ、私にも教えてよ!」

 

 その通りである。

 

「いや教えるっていうか、お前があの辺から俺に絡まなくなったんだろ…………」

 

 その通りである。

 

「あう、だって…………あ、あんたはねー、難しいことばっか考えてないですぐ助けに来てよ! 今日みたいに!」

 

 ずかずかと晴人に歩み寄りながらまくしたてる真帆乃。

 

「…………ありがと!!」

 

 そのまま行ってしまった。

 

「は、なんだかよくわからんが……やる気あるなら野田見といてや、アイツも消されかねん!」

 

「なにそれそんな大変なことになってんの!? ……わかったわよ!」

 

「なかよしだね~」

 

 千秋が微笑ましそうに言う。

 

「いや別に……」

 

「だって、メモ帳が真帆乃ちゃんのだってすぐわかったんでしょ?」

 

 真帆乃お気に入りのキャラクターもののメモ用紙。確かに真帆乃はそう言っていた。

 

「メモ帳? ああ、メモっていうか……俺に助けを求めるヤツなんてあいつしかいないんで」

 

「…………それ、真帆乃ちゃんには言わない方がいいよ…………」

 

「えぇ……? 他になんかヒントあった?」

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